こんにちは、続編の貴方様
「……で、ちょうどいいところ、って何なんですのリルム」
「その人の足止めをしてくれてありがとう、っていうことと、カリュス皇国の言葉が話せるあなたが親友でラッキー、っていう二重の意味よ」
うふふ、とご機嫌な様子でリルムは微笑んでいる。
ちなみに、フェリシアがたまたま会話をした目の前のこの人――ヴェルンハルト=セイル=カリュスは、カリュス皇国の第一皇子にして、次期皇帝になるというとんでもない人。
何でそんな人がこんなところに、という思いもそうなのだが、たまたまヴェルンハルトが入店したこのブティックの店員や店長からすれば、とんでもない人がここに揃っている!!と絶叫したくなるような光景でしかない。
「あ、ああああの、王太女殿下」
「なぁに?」
「ひぇっ! あの、恐れ多くも、殿下がご入店いただきました際より、貸し切りの札を表に出させていただいております!」
「まぁ、ありがとう! とっても柔軟な対応に感謝するわ」
にこにこと微笑んでいるリルムだが、店主はごく一般的な平民のため、今こうして王太女と会話が出来ているということがとてつもなく光栄なことに加え、感覚としては雲をつかんでしまったようなものなのかもしれない。
【なんだ、何を話しているのだ】
【この店を貸し切り状態にしてくれていた、ということですわ。他の客が入ってこないようにと、店主が配慮してくださいました】
【む、そうか。それはすまなかった】
【ヴェルンハルト皇太子殿下、貴方様は……】
【すまない、滅多に皇国から出ないものでこちらの言語はちょうど習得中だったのだ】
【まぁ、そうでございましたか】
すらすらと会話出来ているフェリシアの様子に、リルムは満足そうにしている。リルムの付き人も感心しているし、ビビアンもどこか誇らしげだ。
「ローヴァイン公爵令嬢はさすがですね……!」
「当家のお嬢様ですもの! それに、次期公爵となられるお嬢様は、本当に頑張って様々な国の言語を喋れて、尚且つ読み書きできるように努力なさっておいでなのです!」
「……うちの馬鹿王子と王子妃候補にも、見習ってほしいものだわ……」
はー……と深い溜息をつくリルムの悩みは、ここ最近それがとんでもないウエイトを占めている。
あの二人の素行の悪さ、というか成績の悪さはあちこちで嫌な意味で話題になりやすい。さらにカディルに関してはフェリシアに付きまといを繰り返している未練たらたらなどうしようもない第一王子、と揶揄われている。
一時期、そんなカディルをいつまで王族にしておくのだ、という声もあったが聖女を娶らせることや、彼女と一緒に魔獣退治に行くことを発表したら、それがあっという間に『勇敢な第一王子』に変化するのだから、何とも人は単純なものである。
そういう風に流れを変えたのは、他でもないリルムなのだが。
これでカディルがいかに嫌がろうとも、イレネとの婚約は破棄できないし、破棄や解消を望めばその時点でカディルの価値が暴落する上に下手をすれば王籍から排除されてしまうことは、さすがのカディルも理解しているようだ。
フェリシアの邪魔もせず、イレネという女の取り扱いもこれで問題ない。国のためにもなるから一石二鳥だし、フェリシアからも感謝されるのだからリルムにとってはいいことずくめなのである。
「ねぇ、フェリシアお願い!」
「……わたくし、そもそも今日はお休みを満喫する日でして。ねぇ、ビビアン」
「でもお嬢様、リルム王太女殿下の滅多にないこんなおねだりなのですから、少しは聞いてあげても」
「まぁ、何て素敵な侍女なの……」
この野郎、と思わず感じたもののリルムの言いたいことも何となくまあ理解はできる。
フェリシアとヴェルンハルトの会話を聞いていたリルムは、にこにこと笑いながら、ヴェルンハルトの世話役の補助をフェリシアにお願いしたのだ。
あわよくば、カリュス皇国に嫁げそうなくらい身分の高い頭の良い、それでいてマナーなどをきっちり習得している令嬢の紹介も!!と懇願されたが、ヴェルンハルト自身は嫁探しに来たのではなく、あくまで視察兼旅行な雰囲気で来ている。
前者はともかく後者……とフェリシアが悩んでいると、ふと頭を過る親友。
「…………あ」
「なぁに、フェリシア」
「リルム、ひとまずヴェルンハルト皇太子殿下のお買い物をするのが先よ。そわそわしていらっしゃるわ」
「あらいけない」
殿下、申し訳ございません、と言いながらヴェルンハルトの元へと駆けていったリルムを見送って、フェリシアはこっそり溜息をついた。
「フェリシア様、もしかして」
「そう、いるのよ。婚約者もいない、高位貴族な上にリルムの言うことを全て兼ね備えている人が」
「……ミシェル様」
「……ええ」
フェリシアが入学後、一番最初に仲良くなった、ミシェル=フォン=アベリティス。
アベリティス侯爵家は、このベルティエ王国において歴史ある由緒正しき侯爵家であり、ミシェルの父は王宮にて数少ない上級文官の資格を持ち、宰相の右腕として働いている、誠実が服を着て歩いているような、とてもまじめで良い人なのである。
ミシェルの両親とフェリシアの両親も仲が良いし、家同士の繋がりもできて双方の親はにっこり、な状態なのである。
「いうだけならタダだけど、ミシェル……カリュス皇国の言葉って話せたかしら……」
「国としては離れておりますが、カリュス皇国は大国です。ミシェル様ならば習得している可能性は大いにあります」
「……そうよねぇ……」
ミシェルもゆくゆくはベルティエ王国の文官か、と囁かれているが、年齢がネックになってくるかもしれない。
皇太子妃教育はきっと、かなりの年月を要するものだろう。一度目の人生で、フェリシアがそうだったように。
だが、そもそもヴェルンハルトに婚約者はいないのだろうか。カリュス皇国の皇太子ならば、婚約者というか皇太子妃候補はわんさかいそうなものだが、とフェリシアは考え込む。
【フェリシア嬢、ちょっと来てくれるか】
「え……? 【お待ちくださいませ!】」
ヴェルンハルトに呼ばれ、慌てて頭を切り替えてからリルムとヴェルンハルトがいる小物がずらりと並んだコーナーへと向かう。
一体何事か、と首を傾げつつそちらに向かえば、リルムが青と赤、ヴェルンハルトが白と黄色の、それぞれ薔薇の同じデザインの色違いのバレッタを持っている。
「ええと……?」
何となく何を求められているかは想像がつくけれど、と苦笑いを浮かべてフェリシアは二人に問いかける。
【どれが良いか、選べと?】
うん、と二人同時に頷いたのを見て、やはりな、とフェリシアは思いつつじっと見つめる。だが、件の妹姫がどのような人か分からなければ、似合うもへったくれもない。
【ヴェルンハルト皇太子殿下の妹姫様の、……ええと、特徴などは……? あと、お好きな色とか……】
【俺のことは、そのままヴェルンハルト、で良い。殿下もいらないが】
【そういうわけには参りません。……で、妹姫様の特徴やお好きな色、性格などお教えくださいませ】
【そうだなぁ……】
髪飾りを持ったまま、リルムもヴェルンハルトも唸り声をあげている。
女性ならでは、というか、兄に見せる態度と第三者に見せる一面は異なっているだろう、とフェリシアが推測していれば、何故か二人とも別の方向を見つつも同じように微妙な顔をしているではないか。
「え?」
【なんていうか……】
【こう……】
二人が悩んで出した答えは、綺麗にハモっていた。
【【……俺様、的な……】】
「(……妹、よね? 弟ではないのよね……?)」
ん……?と、硬直したフェリシアを見て、恐らく二人がハモった言葉の内容が何かとんでもないことだ、と察したらしいビビアンも店員さんたちも、何だか微妙な表情になってしまった。
【あの……姫様、ですわよ、ね?】
【妹は姫だ、だがな……】
【何というか……ええとね、一言でまとめるのがとても難しい姫様、というか……】
何その姫様、カディル二号とかやめて頂戴ね、と思わずフェリシアが祈ってしまったが、ヴェルンハルトがすぐににかっと歯を見せて笑う。
【安心してくれ、これを身に着けるときは多分大人しくしているときだ!】
「(多分……?)」
「(フェリシアごめんなさいね、本当に癖のある姫様なの……!)」
贈り物なのに……? とか、色々なことが頭の中を巡っていきながらも、ヴェルンハルトをじっと見つめる。
外見的特徴をまず聞けば良かったとは思うが、彼に似合うならば、というところから考えてみた。
【これ……でしょうか】
フェリシアが手にしたのは、白薔薇のバレッタ。
何となく、ヴェルンハルトをイメージもできるし、大国の皇女ならばこの色ではないだろうか、という推測から選んでみせた。
【ほう】
「フェリシア、どうしてこれなの?」
「殿下のイメージがこの色だったのよ。ご兄妹ということなら、雰囲気はどことなく似ていらっしゃるんじゃないかしら、って思ったけれど……おかしかったかしら」
フェリシアが話した内容を、リルムが訳してヴェルンハルトに伝える。
それを聞いたヴェルンハルトは大層ご機嫌になり、うんうん、と何度も頷いている。
【いやぁ、すまなかった。性格を、と言われたから真っ先に俺様、と答えてしまったが、伝え方がとんでもなく悪いのに素敵な選択をありがとう】
聞き方は次から気を付けよう……とフェリシアは思いつつ、ぺこりと頭を下げた。
恐らくこれでヴェルンハルトはリルムと一緒に、王宮へと戻ることだろう。これで休日の続きを堪能できる、と三人揃ってブティックから出て行った姿を、イレネが見ていた。
視察、という名目でこうして街を回ることがあるのだが、まさかフェリシアたちを見つけるなんて、と思わず睨もうとしたのだが、そんなことよりも彼女の視線が向かった先は、ヴェルンハルト。
「……何で……」
聖女はカディルと結ばれる。
それはそれでいい。だって、この『ゲーム』はそういう仕様だから。でも、フェリシアが悪役を貫き通しているせいで、本筋は変わっていないとはいえ、『ストーリー』は大幅に異なっている。
こうなれば、本気で聖女の力を磨いて、フェリシアをどうにか断罪までもっていけるようにしなければ、と物騒なことを考えていた矢先に、思いがけないところで見かけた、と近寄ろうとしたがすぐにやめた。
「どうして……ヴェルンハルト様がいるの……? まさか、リルムが言ってた私たちには関係のないお客様って……ううん、そんなことよりも……!」
「イレネ様、どうされましたか」
「あ、いいえ……」
何でもありません、と首を横に振って視察の続きを行う。
表面上は穏やかに、王子妃候補から叩き落とされるわけにはいかない、とイレネはヒトが変わったように必死に取り組んでいたのだが、その思いが、今、壊れそうになるのを感じた。
「何で続編のキャラが……メイン攻略対象がいるの……!」
ああ駄目だ、あの女を『敵』に回してから、何もかもが狂ってしまった――。




