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【5/16~ コミカライズ連載開始!】悪役令嬢になりましたが、何か?【完結済】  作者: みなと
学園編

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32/67

結果

「待ちなさい!フェリシア、待って!」

「大丈夫よ、リルム」


 ──だから、そこにいてね。

 フェリシアはそう告げて、安心させるように微笑んだ。


 どうやら今のイレネの力では雑魚は一掃できるものの、ボスクラスとなればまだ無理なようだ。

 あれだけ大口叩いたのだから、ボスもろとも消してくれるぐらいの力があると、ほんの少しだけ期待したというのに。


「全くもって、期待はずれだわ」


 立ち位置は必然的にフェリシアがカディルやイレネを庇うように、そしてフェリシアは真っ直ぐにボスの魔獣へと視線をやる。


『いいかい、フェリシア。魔物に対峙したら怯んではいけないよ』


 ベナットの言葉がフェリシアの頭をよぎった。


『あいつらは、怯んだものを獲物として認識する。そうなったら向こうはとても強くなる』

『どうして?』

『獲物には容赦なんて、いらないだろう?』


 実践になって、幼い頃父と交わした会話の意味が分かった。

 イレネもカディルも、他の生徒も魔獣に対して怯えてしまっている。だから、雑魚はもういないからともかく、ボスは『こいつらは自分に怯えている、だからこいつらは自分より弱い』と認識したらしい。


「お利口さんですわねぇ、ある意味」


 だが、こんなものに怯むフェリシアであるわけがない。

 戻る前、フェリシアはカディルに言われるがまま、父と二人で魔獣退治にも参加していた。

 魔獣の死骸を解体し、心臓部から魔石だって取り出したこともあるから、内臓を抉り出すことくらいどうってことはないし、血塗れになることも厭わない。それが、当たり前だったから。


「……さて、どのように料理しようかしら」

「ちょ、ちょっと! あなたなんかが、あんなに大きな魔獣をどうにか出来るわけないでしょう!?」

「そうだぞ、虚勢をはらずに逃げろ!!」

「あら……」


 背後から聞こえてきたイレネとカディルの言葉は、フェリシアを苛立たせるだけのものだった。


「人の背後で腰を抜かしているだけの人たちの言葉なぞ、誰が素直に聞けましょうか」

「なっ!」

「う、うるさいですわ!! 人が心配してあげているというのに!!」

「誰も頼んでおりません。だいたい、貴女が自信満々に聖女の力がどうのこうの、と仰るから同行させてあげただけの存在のくせに」


 言い終わる前に、フェリシアの『時』の力が発動する。


 魔獣の足元の影が変化し、鎖となり魔獣の体をぐるぐる巻きにしてからぎち、と拘束してしまった。

 振りほどこうとしても、『時』という概念を実体化させ鎖として動きを止めるべく具現化した代物。それが何なのか理解もできないだろうし、引きちぎることが出来るわけもない。

 時間停止の概念をたっぷりと詰め込んだ漆黒の鎖で締め上げてやれば、魔物からはまるで『離してください』と言わんばかりの悲しげな悲鳴が上がってくる。


「今更、後悔しても遅いのよ」


 動けないくらいで情けない声を出さないでもらいたい。

 魔物のくせに、と思う反面でフェリシアはちょうど良かった、とも思う。


 あの時『吸い取った』力を全て使わずとも、コイツを葬れる。

 力は温存しておいて、恐らくこの森にいるであろう雑魚を、塵の如く一掃してやらねば。


「フェリシア!」


 リルムの心配そうな声が聞こえる。大丈夫、何も心配なんかいらないの。だから、そこで見ていて。

 そして、聖女様も、人の言うことを素直に聞きすぎる王子様も、そこで見ているだけの存在になればいい。


「大丈夫よ、リルム。わたくし、ほんの少しだけ強いの」


 振り返り、微笑みかけてから改めて魔獣へと向き直った。

 ──そして。


「さようなら」


 ちょうどいい実験体さん、と誰に聞かせるでもなく小さな声で呟いて、フェリシアはゆっくりと手のひらを魔獣へと向け、魔法を発動させた。


 地属性の力を練り上げた土の槍、水属性の力を少しだけ変化させた氷塊、それぞれで心臓を貫き、頭を思いきり潰す。

 更に、魔獣の足元からは炎の柱をあげさせ、高火力で一気に燃やしながら風属性魔法で威力を更に増やしていく。

 炎の竜巻、ともいえるくらいの規模のそれは、あっという間に魔獣を焼き尽くして殺してしまった。

 燃やし尽くしたあと、かつん、と音がしてフェリシアの足元へと魔獣の核が転がってきた。


「……ね、大丈夫だったでしょう?」


 拘束してからの怒涛の攻撃。

 悲鳴すらあげさせず、土の槍で心臓を貫き、氷塊で頭を潰した。更に余計なギミックがあってはならないだろうという心配りゆえか、跡形も残らせず炎で焼き尽くす。

 徹底した魔獣への、完璧ともいえる対応。


「……公爵からも、太鼓判を押されるわけね」


 はぁ、とリルムはようやく安心したように息を吐いて、フェリシアのことをぎゅうっと抱き締めた。


「でも、わたくしのお友だちをあんな危ない目にあわせるだなんて……!」

「何を言っているの、リルム。お友だちであると同時にわたくしは貴女に仕えることになる貴族。貴女の憂いはわたくしが晴らすわ」

「フェリシア……!」


 忠誠心の高さと、友としての心。

 二つを兼ね備えたフェリシアの言葉の、なんと心強いことか、とリルムは感動してしまう。

 しかし、そもそも論として言うならば、カディルが制止を振り切ってずんずん前に進んでいってしまったことが、魔獣の怒りを買った原因なのだ。

 人にも魔獣にも、テリトリーというものはある。

 それを侵されれば怒るのも当然のことだし、こちらへ刃を向ける理由にもなるのだから。


 だが、イレネの力はある程度であればとても有益なものとなりそうだ、とリルムは判断した。

 フェリシアの体を一旦離してから、ぽつりと、何の気なしに呟く。


「魔獣のボスまで倒せるくらいの聖なる力では、なかったのね……」

「……っ!!」


 カッとなるイレネだが、その通りなので反論できない。

 雑魚なら一掃してしまえたのだが、あんな巨大な、それも魔獣を率いる存在まで出てくるだなんて思ってもみなかった。

 そう告げたところで、『何があるのか分からないのだから、皆迂闊に近寄らないのよ』と正論しか飛んでこないだろう。


「で、ですが!」


 声を張り上げたイレネに、その場の全員が注目した。


「雑魚だけ、とはいえ皆様のお役に立てたのは事実ではありませんか!」

「そうだ!」


 カディルも、そして他の生徒たちもこれには賛成だと言わんばかりにわぁっと歓声を上げる。

 次の瞬間に放たれた冷静なフェリシアの言葉に、黙ることしかできなくなってしまったのだが。


「ボスまで一掃できれば、もっと便利ですわ。言い換えれば、ボスまでは倒せないから正規軍、あるいは冒険者に協力を要請しなければいけない、ということ。勿論イレネ嬢は前線にいる、という前提のもとのお話ですけれど」

「……え?」


 しぃん、と静まり返る場に、イレネの間抜けな声がやけに大きく響いた。


「……あなた、何処からその浄化能力を使う気でいたの?」

「そ、それは」

「まさかとは思うけれど、安全な場所からとか言わないわよね? どの程度距離を取れるものなの? 射程範囲は?」


 怒涛の勢いで問いかけてくるフェリシアに、イレネはしどろもどろになってしまう。

 こんなはずでないのだ。

 浄化能力を持つ自分を崇めてほしいから、わざわざ見せたというのにこの結果だなんて!とイレネは悔しそうに表情を歪める。


「便利ではあるけれど、どこでどうやって使うのか、威力はどのくらいなのか、まで正確に把握されてから出陣することをオススメいたしますわ。でなければ、無駄な労力を割くことになってしまいますからね」


 どこまでも冷静なフェリシアの声に、沸き立っていた生徒たちも『確かに……』『やるなら群れごと一掃、の方が良いよな……』『結局は追加の人手がいるんだろう?』などと、あちこちでこそこそと話し始めた。

 まずい、と思ったイレネだが、フェリシアの追撃の手は止まらない。


「その力、他に使える人はいないの?」

「いるわけないでしょう!? 何のための聖女だと思っているのよ!」

「……だったら、尚のこと要領よくやらないと、何もかもが無駄なことになってしまうのだけれど、理解はしていて?」

「自分が少し強いからって調子に乗らないで!」

「例えば、複数箇所で魔獣の発生が起こった場合、どうやって対処するの?」


 あっけらかんとした問いに、全員がまた静まり返った。

 イレネ本人でさえもぽかんとしている。


「一箇所ずつ、『今からここに出ますよー』だなんて親切丁寧に忠告しながら出てくるものでもないのに、効率よく立ち回らないと貴女のいる意味って、なぁに?」


 無邪気なトドメに、今度こそイレネは黙り込んでしまった。


「あぁ失礼、貴女の力を疑っているとかではないの。さっき見せてもらったから。でもね、魔獣がいつでも貴女の思い通りに動いてくれると、どうしてそう思えるのかな、っていう素朴な疑問と、今後の対応策を考えなければいけないでしょう?」


 ねぇ、と念押するフェリシアの言うことはごもっとも。

 役に立てたかと思えば完膚なきまでに叩きのめす勢いで反論され、イレネはへたりとその場に座り込むことしか出来ず、ただ、信じられないものを見るかのようにフェリシアを見上げることしか出来なくなってしまったのだった。

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