聖女様の力のお披露目
演習場として用意された森の中を、ペア同士並んで歩きながら進んでいく。
リルムとフェリシアはのんびりと会話を楽しむ余裕すらあるようだが、他の人たちは『今ここで何かが出てきたらどうしよう』とか、『突然魔物が出てきたらすぐ対応できるんだろうか』とか、色々と考えている。
リルムとフェリシアの背中を見ながら、カディルは隣を歩くイレネに小声で改めて確認をした。
「イレネ、聖女の力、とは具体的に何なのだ」
「魔物の浄化、そして汚れた土地の浄化ですわ。わたくしのこの力をもってすれば、先程フェリシアが言っていたように、騎士団の負担を大きく減らせます」
「それは……確かに」
王立騎士団を悩ませているのが、時折訪れる魔物の大量発生。それに伴う王都、或いは近辺都市への一斉攻撃による民への被害。
それらが解消されるのであれば、イレネの功績はとんでもなく素晴らしいものだ。カディルは密やかにほくそ笑む。
王族としてのこれほどまでない手柄を得られれば、イレネを娶る自分の評価も相当上がるだろう。
これまでの失態が色々あったにせよ、己の母にもきっと良き報告ができる。そして、母が選んでくれていたフェリシアに対しても『お前よりも素晴らしい令嬢なんているんだからな!どうだ、悔しいだろう』と事実を突きつけられる、とカディルは愉しい気持ちがますます膨れ上がった。
「フェリシア」
「はい、殿下」
「やぁね、わたくしが許してるんだから名前で呼びなさいな」
「……では、リルム様」
「様もいらないの」
「まぁ、リルム様が年上であらせられますわ」
「それでも。わたくし、貴女には友として接してもらいたいのよ」
あらま、とフェリシアは思わず目を丸くした。してやったり顔のリルムは、にま、とどこか意地悪い顔で笑っている。
「リルム様はお人が悪いですわ、もう」
「あら、そう? わたくし、友であろうと権力であろうと、何もかも欲しいものは絶対に手に入れるの。フェリシア、貴女はわたくしやお母様に光を与えてくれた。そんな貴女に興味を持つなんて当たり前だし、世界が敵に回ったとしてもわたくしは何があろうと貴女の味方よ。断言してあげる」
リルムの言葉に、思わずフェリシアはぐっと詰まる。
「(それ、は)」
何もしていなくて意味のわからない冤罪をふっかけられたあの日、フェリシア自身が何よりも欲しかった言葉。
訳が分からないままに、ある程度の味方はいたものの、嫌悪の混ざった目で見られて居心地の悪さを感じたあの瞬間、欲しかったのは『絶対の味方』で。父や母は間違いなく自分の味方であることは確かなのだが、それ以外で『味方』が欲しかった。表には決して出さなかったけれど……それを、いとも簡単にリルムは今、くれた。
そうだ、何を迷う必要がある。背後を歩いてきているイレネの聖女としての能力など、とるに足りないことくらい分かっているではないか。
一度目、確かにイレネは聖女として名を馳せていたがあくまでも浄化作業の方が多かったような気がする。興味が無さ過ぎて調査はしていなかったが、風の噂で聞こえてきたものから推測した。
何らかの機会で聖女の力を皆に見せつけることで、脚光を浴びたのであろうと思われるのだが……恐らくお披露目の初めてが、この演習なのたろう。
更に思うのは、フェリシアが実際には『聖女の能力』がどのようなものなのか、きちんと把握していないが故に『魔物の浄化』と聞くとその辺一帯を一気に浄化できるのでは?という期待を抱いてしまうということ。
そうならば、フェリシアとてイレネを雑には扱わない。雑に扱わないだけで、イレネが火の粉をこっちにふりかけてくるのは間違いないから、それを炎として向こうに返すだけだが。
「こら、フェリシア」
「あいた」
ぺち!と額を叩かれてしまい、フェリシアは妙な声を出してしまう。
額をさすりつつリルムの方へと視線をやれば、何やら拗ねているような不満そうな、複雑な顔をしている。
「えぇ、と」
「もう、ひとりの世界に入らないでちょうだいな。で、わたくしの名前は?」
「……」
王族としてではなく、今この瞬間は一人の女の子であるリルムとして、ほらほら、と催促をしてくる。
きっと、この人は信じられる。
それから、イレネへとこれからもっともっと行うであろう最大限の嫌がらせも、この人を巻き込んでしまうかもしれないけれど、ほぼ間違いなくノリノリで協力してくれるに違いないという確信まで持てた。
フェリシアが協力して、あれこれと手引きをしてローヴァイン公爵家として父や母にも動いてもらったからこそ信頼を勝ちえたものではあるが、側妃やリルムの感情まではコントロールしようだなんて、思っていなかった。
「頑固ですわよね、……リルム」
ふ、と力を抜いてフェリシアが根負けし、困ったような笑顔を浮かべてみせると、リルムは嬉しそうに笑う。
「ふふ、わたくし粘り強いんだから」
「負けましたわ」
二人の会話が聞こえた生徒たち、特に高位貴族の跡取りとして育てられている生徒は、フェリシアとリルムの会話を聞いてから思う。
――この二人につけば、安泰だと。
第一王子であるカディルもそれなりには支持があるのだが、如何せん幼少時の暴力沙汰が尾を引いているのが痛すぎる。学院でも醜態を晒しているから、誰につくのかを見極めなければ、と思っていたところのリルムとフェリシアの会話。
だったら、今のうちに誰についたら良いのかを見極めなければならないのだが、ちょうど今まさに、見極めができた。
「さぁて、この辺りから魔物が出始める頃合なのだけれど」
きょろきょろと辺りを見渡すリルムは、後ろをついてきているイレネとカディルをついでにちらりと観察した。
「……あの子たち、本当に大丈夫なんでしょうね」
「どうにかするのではないでしょうか。何せ……」
ちらり、とフェリシアもリルムの視線を追いかけ、後ろをついてきているイレネとカディルを見る。そして、クスリと嗤った。
「とても自信がおありになる『聖女』様、なのですから」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
少しだけ森の奥に進んだころ、リルムがふと足を止める。
「……おかしいわね」
「リルム?」
「静かすぎる。鳥の声も、他の動物の鳴き声も何もしないわ」
「……」
言われてみれば、とフェリシアも違和感を覚えた。
フェリシアたちが先頭を歩いていたため、必然的に皆立ち止まるのだが、カディルとイレネだけは止まることなく歩みを進める。
「カディル、止まりなさい!」
「お前の言うことなど、誰が聞くか!俺には聖女がついているんだからな!」
フン、と鼻息荒く進んでいくカディルはリルムの制止など聞くわけもない。止められたら反抗して進む速度を上げてしまったくらいだ。
「まずい……!」
カディルの進行方向には、先生から立ち入り禁止とされている区間がある。
これ以上先に進んで、万が一があれば先生たちに迷惑がかかってしまう。隠れてついてきている先生がいるのは上級生たちは知っているものの、カディルたちは知らない。だって、彼らは所謂飛び入り参加でしかないのだから。
「カディル、待ちなさい!カディル!」
リルムの制止を聞かないカディルは、遠慮なく奥へと進む。だが、進んだ先にあったのは『何も無い』ではなく、『地獄への入口』にも等しい魔物の群れであった。
「お前の言うことなんか聞かないと、言っ……て……」
カディルの言葉は、じわりと小さくなっていく。
こんな魔物が、こんな場所にいるわけがない。そうやって己に言い聞かせても体が、いいや、足を動かすことができない。
ぞろりと揃った魔物たちは、カディルを視界に入れるとにた、と笑う。気持ちの悪いそれに、カディルはへたり込んでしまうが、イレネがカディルをかばうように前に出てきた。
「カディル様、お任せくださいませ!」
そうだ、聖女の力があると、カディルは顔を輝かせる。他の生徒たちも淡い期待を抱き、聖女がどれだけの力を披露してくれるのかと一斉に注目した。
「あなたたちはここにいてはいけないの! だから……!」
イレネは手を合わせ、祈りの体勢に入ってぎゅっと目を閉じた。幸いにも魔物は、イレネが何をするのか様子見のように警戒心丸出しで睨みつけているから、今が聖女の力の一端を見せる絶好の機会だ。
「【解放の祈り】を……」
イレネの体から、光が放たれ、魔物を包んでいく。魔物は一瞬『?』のような反応をしたかと思えば、悲鳴をあげることもなく魔物の形がなくなっていき、後には核石がころり、と落ちてきた。
ふぅ、と息を吐いてイレネは渾身のどや顔で生徒たちの方を振り返った。だが、その瞬間。
ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
恐らく魔物のボスであろうひときわ巨大な個体が、声に魔力をのせて吠えた。
「ひっ!」
「うわぁっ!」
イレネとカディル、二人から悲鳴があがったのを合図にするように他の生徒たちからも悲鳴が次々に上がっていく。
しかし、フェリシアは動じることなく冷静に魔物を見据えている。
「(何だ、この程度の力か……)」
心底つまらなさそうに溜息を吐いて、フェリシアが一歩前に出た。それにぎょっとしたリルムが止めようとするが、にこりと微笑んでこう告げた。
「大丈夫よ、リルム。わたくしなら、ね」