もう一人のお友達の可能性
入学式の日、ベナットの予想通りにカディルは頬を真っ赤に腫らして登校してきた。
フェリシアは登校早々にミシェルから声をかけてもらい、入学試験の日のお礼を言っていたのだが、頬を真っ赤にしてぶすくれた顔でやってきたカディルを見たミシェルは、ブフッ!と噴き出した。
フェリシアもフェリシアで、必死に笑いを堪えているのだが、如何せん隣にいるミシェルが既に瀕死になりかけながら、声を出さずに爆笑しているものだから、彼女に釣られないようにすることで精一杯。
『笑ったら負けゲーム』のようなものがあれば、ミシェルは一発アウトだなぁ、と思いつつ不機嫌そうにしているカディルに関しては『ザマァミロ』と心の中で呟くだけにしておいた。
ちなみに、入学式の式典が行われる会場だが、クラスによって座る席は変えられている。
フェリシアやミシェルのSクラスの生徒は、一番前。そして次いでAクラス、Bクラス、と続いていく。
なお、カディルの真っ赤に腫れ上がった頬を見れたのは、会場に入ってどうしたものかとフェリシアとミシェルが二人揃って席まで行かずに話し込んでいたから。
カディルの様子を見た瞬間、二人はそそくさと指定されていた席に座り、必死に笑いを堪えていた、というわけだ。
Sクラスは今年はフェリシアを入れて合格とされたのは、五人だけのようだ。あまりの少なさに来賓席からはどよめきが起こる。
更にどよめきが大きくなったのは、カディルがBクラスの列に向かい、座ったことだ。
「王族が……Bクラス?」
「カディル殿下とて、やはり人の子なのですなぁ……」
「きっと、入学試験で緊張してしまったのよ」
「しかし人前に出ることの多い王族が緊張するなどあって良いものか?」
「まだ幼いですし、ねぇ」
ひそひそ、とざわめきが広がるが、これにカディルは勿論ながら良い気はしない。
入学試験の結果について、カディル自ら抗議をあれこれとした、らしい。
学院の試験担当からは呆れきってこう返された。
「では、問題を変えてもう一度やりましょうか?」
カディルは飛びつこうとしたのだが、これを見逃してくれるほどヘンリックは甘くなどない。何故バレたか。至って簡単。保護者であるヘンリックに学院側から連絡が入ったから。
こっそり抜け出して試験を受けようとしたカディルを思いきり殴り飛ばし、『恥さらしが!お前はどうしようもない馬鹿者だな!』と怒鳴りつけたそうだ。
リルムと散々比較され、リルムの優秀さをヘンリックから滾々と聞かされれば、カディルのプライドはズタズタになった。加えて、『馬鹿は馬鹿らしく、これからをどうするか考えろ!』と更に怒鳴られ、涙目ですごすごと部屋に戻ったそうだ。
再試験をチラつかせるなど!と、学院にも王家側から相当な抗議がされたそうだが、学院側もカディルの態度には参っていた。そして、『連日、殿下からあれこれ手段を変えてとある令嬢を引き合いに出し、贔屓するな!と叫ばれ、業務妨害を受けておりましたので。思い知らせたら大人しくなるかと思いましたが?』としれっと返したそうだ。
これらが全て伝聞調なのは、フェリシアがリルムから聞いたことを今、ミシェルにあれこれと暴露しているからである。
「っ、ぶ、ふふっ!!あ、だめ、お腹、痛い、ふっ、くく……!」
「ミシェル嬢、そろそろ入学式が始まりますわ」
「どうしてフェリシア嬢は笑わずにいられ、ぶふっ!」
「私、もうひとしきり笑い転げた後ですから。……っ、ふふ」
「やだ、思い出し笑いしているじゃない」
「そんなに隣で笑われれば……ねぇ?」
小声で交わされてはいるものの、心底楽しそうにしている二人の令嬢には『あらあら、もうお友達になったのかしら』と微笑ましい目が向けられている。
一方、そんな二人の保護者たちは何を話しているのか分かっているようで、二組の夫婦がひたすらに笑いを堪えていた。
「公爵閣下、我が娘を……ご招待、いただき……っ、ふふ」
「ありが、とうございます……っ………」
「いえいえ、こちらこそ娘のフェリシアの良き友が出来て、何より……っ……」
「あなた、笑いをどうにか我慢なさって……!」
楽しくて仕方のないこの二組の保護者を見て、また更に周りは勝手に『ローヴァイン公爵閣下が笑っておられる!』『まぁ、余程アべリティス家と意気投合されたようですわ!』と、好き放題話してくれている。
どうかそのまま、勝手にあれこれ推測していると良い。そう思いながら、べナットは大きく深呼吸をしてから改めてアべリティス夫妻に向き直った。
「はー……いや、申し訳ない。リルム王太女殿下から聞かされた内容があまりに面白くて、ついお二方にもお話してしまいまして」
「いいえ、しかし良かったのですか?我らに……その」
「問題ないと、王太女殿下の仰せです」
にっこり、と擬音がつきそうなほどに綺麗に笑っているユトゥルナの迫力には、アべリティス夫妻はこくこくと首を縦に振っていた。
しかしどこまでカディルがやらかしているのか、考えるだけでも恐ろしいものだ……と思う一方、リルムが話していた『適当な家にカディルを婿にやる』ということも気にかかる。
恐らくアべリティス家ではないだろう。
ではどこなのだろうか、と思うけれど恐らく有力候補はイレネがいるハイス侯爵家あたりか。
そう予想していると、いつの間にか入学式開催にあたり、『ご着席ください』とアナウンスが流れる。
どうやら今日は国王は来ていないようだ。通常であれば、王族が入学したのだから国王から挨拶があるのが慣例なのだが……と、フェリシアが思い、辺りを窺う。
どうやらそれは他の人も同じだったようで、保護者は更に顕著な反応を示していた。
「(さて、どうなることやら)」
フェリシアの目的となる、学院への入学はもう叶った。
そして恐らく、隣にいるミシェルとは良き友になれそうだ。もうこれだけでもだいぶ満足はしている。
「(あらいやだ、イレネ嬢のことを忘れていたわ)」
祝辞が読み上げられたり、来賓の紹介があったり、学院長からの入学祝いの言葉と、入学してからの注意事項が申し伝えられたりと、座ったまま話を聞くことが多い。
結局国王は来ないのだろうな、と会場全体が諦めかけた時、『国王陛下の代理として、お言葉を頂戴いたします』という突然のアナウンスが流れたではないか。
「え?」
「フェリシア嬢、聞いておりました?」
「いいえ、何も……」
一体誰が、と思った矢先に壇上に上がったのは見たことのある女子生徒。
「リルム王太女殿下……?!」
ざわ、と会場にどよめきが広がった。
国王の代理、ということは……と、そのどよめきは収まることを知らない。
この場ではカディルも騒ぐことは出来ず、席で呆然と壇上に上がったリルムを見ていた。
「皆様、ご入学おめでとうございます。本来であれば、陛下御自ら御言葉を頂戴する予定ではございましたが、急なご公務によりわたくしに代理を、と……先程連絡が入りました」
在校生は本来、今日は休みのはずだ。
入学生の父兄が大量にやって来るし、教科書を買い揃えたりもしなければならない。
賑やかになるのだから授業どころではなくなるから、入学式のあるこの日に関しては、在校生に関しては特別休校となっている。
異例ともいえる事態に、保護者席はザワついていたが、王太女の言葉なのだからと慌てたように静かになった。
リルムはつっかえることなどなく、スラスラと、読み上げるものもないままに言葉を紡いでいく。
そうして、『最後に』と付け加えて一瞬だけフェリシアに視線を向けた。
「学院では、上級生とペアを組んでの実習なども行われます。相性もあるとは思いますが、その時は年齢差関係なく、良きペアを組み、充実した実習となるよう在校生一同、新入生の皆様のサポートをさせいただきたく存じます」
「(あら)」
フェリシアの願いが通じたようで、少しだけ嬉しくなる。
リルムは思っていたよりもフェリシアとの相性が良く、会話をしていてもテンポが心地よかったのだ。
同じ学院なのだから、仲良くしたい。そして、カディルなんかよりも遥かに優秀なリルムだからこそ、何かあればローヴァインとして役にも立ちたい。そう思わせる風格を持ち得た、素晴らしき王太女。
「これから皆様は、とても忙しい学院生活を送ることになるでしょう。ですが、他では体験できない貴重な経験も多いはずです。皆様が有意義な学院生活を送れますよう、在校生として協力させていただきます。……国王陛下からのお言葉でなかったこと、お詫び申し上げると同時に、皆様のご入学を心より、歓迎いたします」
そう締めくくると、会場全体にわぁっ!と歓声が広がった。
勿論、フェリシアやミシェルも大きな拍手を送る。
リルムはフェリシアに対して軽くウインクを送ってから壇上を後にしたのであった。
「あれが……王太女、殿下」
Bクラスの並びに座っていたイレネは、ぽつりと呟く。更に無意識でこう続けた。
「おかしい。違う」




