入学試験②
到着し、フェリシアは護衛騎士を伴って試験会場へと歩いていく。
きっと王妃の誕生日パーティーでの一件を知っている者も多いのだろう。フェリシアが来た途端にひそひそと話し出す声が大きくなった。
「ねぇ、あれ」
「王子殿下に暴力をふるわれた、っていう」
「でも、ちょっとくらい我慢したら良かったじゃないのよねぇ」
「どうせ、我儘を言って殿下を困らせたのよ」
「(聞こえているわよ)」
「お嬢様、処罰しますか」
フェリシアの後ろを歩く護衛騎士から、そっと耳打ちされるが、フェリシアは小さく首を横に振る。
かつては『そのような滅多なこと、言うものではありませんわ』とキツめに諭していたが、そんなお節介はしてやらない。
しないと、もう決めているから。
「いいえ、無駄な労力を割くことはおやめなさい。どうせ、招待されたけれど陛下の御前にてご挨拶もできないような可哀想な方々なんだから」
しれっと言い放ったフェリシアの声は、どうやらひそひそ話をしていた方にも聞こえたようだ。
聞こえるように、小声かどうか、というくらいの音量で言ったのだから、当たり前といえば当たり前だ。
「な、っ」
一人は顔を真っ赤にさせるが、どうやら図星らしい。
王妃の誕生日パーティーに招待されたといっても、国王夫妻にまで挨拶ができる家柄は限られている。高位貴族であることが最たる条件の一つで、フェリシアは当然、その条件を満たしていた。それに加えて、フェリシアはあの時王妃や国王から名指しで力のお披露目をするようにも言われていた。
しかし、それすら知らないのであれば、相当隅っこの方に居たらしい、あるいは参加はしたがその時起こった事件は、一切気にしていなかったか、または自分たちのお喋りに夢中になっていたから気にする余裕すらなかったのか。
「試験会場はどっちかしら」
わなわなと震えている令嬢を丸無視して、フェリシアは試験会場の案内図を見上げている。
実技、筆記それぞれ会場は別。時間帯によって誰がどちらを行うかも決められており、それは受験票に記載されていた。
「お嬢様、どちらが先ですか?」
「筆記からね。だったらあっちの建物かしらね」
「そのようです、向かいましょう」
「ええ、ありがとう」
お礼も言う、従者への気遣いも忘れない、公爵家に仕えるものの名も顔も皆覚えている。
だからこそフェリシアはローヴァイン公爵家で、大変人気だった。
ビビアンを羨ましい!というメイドも最近は多いらしく、彼女から『お嬢様の専属は私の特権ですし!』と誇らしげに言われたことは割と記憶に新しい。
ついでに、他の人にも専属になりたい、専属を増やしてください!と言われたけれどそんなもの増やすつもりもない。ビビアンだけで十分だ。
だからこそ、とも言うべきなのか、今日の試験の護衛担当は相当なバトルが繰り広げられたらしい、とベナットから聞いた。そんな大げさな……とフェリシアは思ったけれど、ユトゥルナにまで『だって、うちの可愛い宝物の護衛係ですもの』と、可愛らしく笑いながら言われてしまった。
てくてくと歩きながら、周囲を見渡す。
さすがは王立学園、という感じの掃除の整いぶり。
ざっと見渡しただけでもゴミは落ちているわけもない。花壇の花もしっかり手入れがされている。ああ、今歩くだけでこんなにも心がウキウキとするのであれば、前もこうして学園に通えれば良かったのに……と、フェリシアはこっそり溜息を吐く。
だが、今回は通える。
早々に力をお披露目したのが大変良かったらしい。
溜息を吐くのは一度だけ、改めて表情を引き締めて歩いていると『おい貴様!』と、聞きたくないけれど聞いたことのある声がした。
従者もフェリシアも、揃って嫌そうな顔をして、声の方向を見れば案の定こちらを指さしているカディルの姿。『お前国王にみっちみちに怒られたんじゃねぇのか』という心の声は、フェリシアも従者も綺麗にハモっている。
「何でお前が!」
「……入学試験を受けに来ておりますので、そりゃまぁ……」
「帰れ!」
「あなたの学園ではございません」
「何だと……!」
フェリシアをぎりぎりと睨みつけるカディルだが、まず間違いなく『フェリシアに余計なことをするな』と国王であるヘンリックからかなりきつく言われているはず。きっとこちらを見つけた瞬間にカッとなったのだろうが、それで王子がつとまるのだろうか。
彼の従者として周りにいる男子生徒も、揃ってフェリシアを睨みつけているが、フェリシアは彼らなんか相手にしていない。
彼らは、フェリシアにとっては魔法を使うための『道具』にすぎない。
一人の男子が、カディルの前にすっと出てきて、こう言った。
「ローヴァイン公爵令嬢、公爵家を継ぐのと王太子妃になること、どちらが重要かあなたは分かっているのか?」
「はぁ……」
「真面目に答えろ!」
だん!と足踏みをする男子生徒なんか怖くない。
むしろ、可哀想だ。
フェリシアが公爵家の跡取り教育を進めるように後押ししたのは、他でもない国王本人。カディルも知らないわけではないはずだが、その生徒の言葉にうんうん、と頷いている。
そうか、こんな馬鹿に囲まれていたから前もあんな風になったのかぁ、とフェリシアはどこか遠い目をしながら考えつつ、余裕をもって到着はしているがさっさと試験会場に行きたい、これが本音。
「駄目よ、うっかりした行動をとるとお父様に迷惑がかかっちゃうわ」
フェリシアの背後の従者が剣に手をかけようとしていたのを、先に言葉で止める。すみません、という素直な謝罪が聞こえたのでフェリシアはそれ以上何も言わない。
この馬鹿を黙らせるには、とちょっとだけ考えてから、にっこりと微笑んでみせた。
「公爵家を継ぐことに関して、能力を認めてくれたのは国王陛下ですが……どうしてあなたにそれを問われなければいけないのかしら?」
「そ、それは」
「カディル殿下、このことは我が父を通じてご報告いたしますわね。……国王陛下に」
「な」
ここまで言い返されるなんて思っていなかったのだろう。男子で行く手を塞ぎ、大声で怒鳴りつけたり、思いきり詰め寄ればフェリシアが怯むと思っていたに違いない。
だが、フェリシアを舐めてもらっては困る。見た目と精神年齢は反比例している。ついでに、魔法の使い方もしっかり覚えた状態で今、ここにいる。
加えて、ちょうどいい『道具』まで揃っているのだから、遠慮もなにもしない。
「それに、ここには貴族の子息、令嬢であれば皆、入学いたしますでしょう?私がいることが、どうしてそんなに不思議なのか……よくわかりませんわね」
フェリシアは一歩、自分と相対している男子生徒との距離を詰める。
「女子一人に対して男子複数で威圧するだなんて」
フェリシアは、その男子生徒の肩に手を置いた。勿論、刻印がある方の手を。
「複数でしか何もできない、って言ってるみたいで、とぉっても……」
そして、『吸い取った』。
「滑稽よ?」
フェリシアの迫力と威圧、ついでに寿命を吸い取ったことで、その男子生徒はへたりと座り込む。ほんの少しだけ吸い取ったのだから気合で耐えろよ、と内心で罵倒し、フェリシアは遠慮なくカディルご一行の体の時間を止めた。
「なんだ!」
「体が!動かない!」
「何なんだよ、何だよこれぇ!」
混乱するのも無理はないが、いちいち騒がないでほしい。うるさいったらありゃしない、とフェリシアは呆れたような目を彼らに向け、そして通り過ぎていく。
「おい待て!お前、俺の婚約者に戻るというなら何もかもを許してやろうと思ったのに!」
「え?」
何故か自信満々なカディルの言葉に、フェリシアが心底嫌そうな顔をして足を止める。
「嫌ですけど」
そして、それだけ言い残してさっさと歩きだそうとしたところに、試験会場の担当教師が走ってきた。
「何の騒ぎですか!」
その場の少し異様な光景に、教師はフェリシア、カディル側双方に視線をやりつつ問いかける。
面倒だけどさっさと答えるか、とフェリシアが口を開こうとしたところで、別の女子生徒がすっと手を上げた。
「先生、殿下とその周りの方々がローヴァイン公爵令嬢をそこで無理矢理引き留めたのです。令嬢は悪くありませんし、会場に行こうとしているだけです」
「……え?」
綺麗な、良く通る声。
誰だろう、とフェリシアの振り返った先にいた女子生徒は、にっこりとフェリシアに微笑みかけていた。
「ですから、令嬢は何も悪くありませんわ」
「そうでしたか」
状況を確認している教師に怪しまれないよう、フェリシアはカディルたちにかけていた魔法をさっと解除する。
「わぁっ!」
いきなり動くようになった体に戸惑っている男子生徒たちは、教師から『何をしているんですか!』と叱られているが、彼らの自業自得。
ざまぁみろ、とフェリシアは歩き出そうとしたが、自分をかばってくれた令嬢にはお礼を言わねば、と彼女の方に小走りで駆け寄った。
「ありがとうございます。……ええと」
「ミシェル=フォン=アベリティス、と申します」
「アベリティス家の……本当に、ありがとうございました」
「いいえ、誰も動きそうにありませんでしたので……余計なお世話にはなりませんでしたか?」
「ちっとも。とっても、助かりました」
うふふ、と互いに微笑み合う。
アベリティス侯爵家令嬢か、とフェリシアはしっかりと記憶する。
そういえば、『前回』の側妃候補に家名があったような気がする……と記憶を呼び起こしながらも、あまり長く引き留めてはミシェルにも失礼だ、と判断した。
「アベリティス侯爵令嬢、もう少しお話ししたいけれど試験が始まります。今度、改めてお礼をしたいので、当家にご招待してもよろしいでしょうか?」
「まぁ……是非!」
嬉しそうに微笑んでくれたミシェルとは、軽く手を振って離れる。
どうやら彼女は実技が先のようだ。
帰ったら招待状を早々に出そう!とフェリシアは心に決め、従者を引き連れてそのまま試験会場へと足早に向かったのだった。




