子育て、失敗ですわね
王妃様、正式退場の巻
誕生日パーティーから遠ざけられ、わぁわぁと歓声が広がっている中で、エーリカは休憩用に用意されていた部屋へと案内されていた。
ただし、外から鍵をかけて中から開かないような状態にされていることは、異常極まりなかった。
「嘘……嘘よ……だって、令嬢のあれは、刺青……いいえ、そうだ、きっと、魔力で何かを誤魔化して」
ブツブツと呟くエーリカの目は虚ろだったが、目の前で一斉に満開になった花々を見てしまった以上、認めない訳にはいかない。
フェリシアの覚醒は真なるもので、エーリカ自身が望んだからこそフェリシアはあの群衆の前で己の力を披露してみせた。エーリカの好きな花を満開にして、王宮を華やかなものへと変えてみせた。
一瞬で花が満開になる様子は奇跡そのもので、エーリカが居なくても集まった貴族たちは目の前で見られた光景に歓喜した。素晴らしい!と、このような奇跡が見られるとは!と、皆が口を揃えて興奮しながら叫び、歓声を上げた。
「だっ、て……あの子は、カディル、の」
理想の、お嫁さんなの。
そう続けたかった言葉は、ノックの音によってエーリカの口から出ることは無かった。一体誰が来たのだろう、そう思ったエーリカは『はい』と、声に警戒を乗せて返事をする。
「失礼いたしますわね」
「お前……っ!」
入ってきたのは第一側妃、リーリエ。そして、第一側妃の娘であり、第一王女のリルム。
二人はにこやかに微笑みながら、エーリカへと近付いてくる。何をしにきたのか凡そ予測は出来ているが、だとしても念の為に聞かねばならないだろう
エーリカはゆっくりと深呼吸をし、そして、リーリエへと問いかけた。
「何か、御用?」
「えぇ。これより、王妃様には離宮へと移っていただくこととなりました。こちら、あなたの愛しき陛下の命令にございます」
「……………は?」
「そして、私の娘。リルムに王太女としての教育をすることになりましたので、それらのご報告に参りましたの」
うふふ、と軽やかに笑っているリーリエと、どこか勝ち誇ったようなリルム。
リルムはずっと、エーリカにもカディルにも馬鹿にされてきた。
リルムが先に生まれたにも関わらず、後継者としての教育はカディルが最優先。何から何まで依怙贔屓の嵐で、リルムは悔しくてたまらなかった。けれど、そのカディルが、特大の地雷を自分でセットして自分で踏みつけて爆発させたような、愚か極まりない行為によって、王太子の座には就けなくなってしまったのだ。
自己責任でしかないが、まさかローヴァイン公爵家の後継者候補に手を出すだなんて、誰が想像しただろうか。
公爵家に婚約を断られたことで、王妃の立場が悪くなるとでも思い込んでいたのだろうか。
そんなわけはないのだが、カディルの頭の中では『自分の母に対して害なすもの=悪』とかいう公式でも成り立っているのだろうか。
何にせよ、カディルもエーリカも、怒らせると一番タチが悪い人である国王ヘンリックを怒らせてしまったのだ。もう、信頼回復などできはしない。
「そんな……、そんなわけないわ! 陛下が我が息子を、私のこと、を…そん、そんな……」
「嘘ではありませんし、本当ですわ」
「……っ」
悔しげに歯を食いしばって目の前の母娘を睨みつけるエーリカだが、もうリーリエとリルムは何も怖くない。
国王の決定は、もう何があろうと覆らない。第一王子のやらかしたことは、社交界にも少なからず影響を与える。
同い年の令嬢を殴る、髪を掴んで振り回す、落ちた髪飾りを踏みつけて壊す。これらを、自分の母親の誕生日パーティーの場で、様々な貴族がいる中で、隠れもせず堂々とやってしまったのだから。
誰がこんな王子を王太子にしたいと思うのか。パーティーはお開きになったが、帰っていく貴族たちからは『暴力王子』だったり『マザコン王子』という、エーリカが聞けば卒倒しそうな単語の数々が放たれた。
母親のために、と言いながらフェリシアを襲撃したのだから当たり前ではあるけれど。
「ねぇ、王妃様。何もかもが完璧なあなたも……お子様の教育はお間違えになってしまったのね」
リーリエの言葉にカッとなるけれど、周りから見ればこれが真実でしかない。残念ながら、エーリカが完璧だと信じて疑わなかった己の息子は、よく言えば『母親思い』。悪く言えば『マザコン』なのだ。マザコンも悪くはないが、まさかこんなに早い段階で母を思うがあまり、暴力事件を起こしてしまうことになるとは誰も思うわけがない。
「カディルは、どう、なるの」
「さぁ……少なくとも王太子ではないから……政治的なお役目のご結婚をされるのではないかしら。王族って、そういうものでしょう?」
「あ、ぁ……」
完璧な未来が、待っているはずだった。
カディルの隣にフェリシアが立ち、王太子、王太子妃として二人が国を良き方向に導けるようにエーリカ自ら、更にはヘンリック自らが指導していくとばかり、思っていたのだ。
退位したら二人の様子を見守り、フェリシアが子を授かったら祖母として溢れんばかりの愛情を注ごうと、そう決めていたのに……!
嘆いても、エーリカが望んでいた未来が訪れることはない。
がっくりと項垂れたエーリカを、リーリエとリルムはじいっと見つめる。
自分の周りを優れたもので彩りたい。ただし『優れているかどうか』の判断基準は、あくまでもエーリカ自身の美意識からするもの。
それに、もうそんなことを考えなくてもいい。
離宮に移るということは、もう王妃宮には戻れないということ。王妃としての役割は、リーリエが行うのだろう。リーリエに目立った功績はないが、民からの支持はとても厚い。
また、リーリエの実家である伯爵家は、勤勉な者が大変に多く、王宮で働いている者も数名いる。忠義にも厚い。そうなれば必然的に王の目にも止まりやすくなる。これからは尚更、だろう。
「今までご苦労様でございました。そうだ、陛下からのご伝言です。『離宮に行ってもカディルには会わせてやろう』とのことです」
「………………っ!」
エーリカは喜んだ。
良かった、これはきっと最後の温情なのだ!そう思って感激し、ぶわりと涙が溢れそうになったが、続いたリーリエの言葉に浮かんだ涙も引っ込んでしまうこととなる。
「『会っても構わないが、二人きりでは会わせない。ロクでもない考えを植え付けられる訳にはいかないから』とも」
「ぁ…………」
全部、壊れた。エーリカの思い描いていた煌びやかで約束された成功も、何もかも。
「(私が、欲張った、せい?)」
後悔をしたところで、何もかも遅い。それに、後悔をしたからといって、時間が戻るわけでもないのだから。
「では、さようなら。エーリカ様」
「さようなら、おばさま。私が立派な女王になれるよう、お祈りください。……親戚、なのですから」
たっぷりと、リルムは嫌味を乗せてからエーリカへとトドメを刺した。
「九年、長かったわ。あなたに言われた嫌味の数々、何もかも覚えているんだから」
そしてリルムは『それとね』と続けた。
「表面上はどうにかして仲良くしていたけれど、無理。私、おばさまのこと、心底軽蔑しかしていなかったの」
エーリカは馬鹿にしたつもりはなかった。しかし、無自覚の悪意とは恐ろしいもので、心無い言葉ばかりをリルムへと思いきりぶつけていた。
言われた方の心にはいつまでも突き刺さる恐ろしい刃。抜けることはあっても、傷が完全に癒えることはありはしない。
「良かった、あんな粗暴者が王太子にならなくて。陛下には感謝しなくては。被害者のローヴァイン公爵令嬢にも……ねぇ」
冷えきった眼差しでリルムは我慢していたがゆえに、今まで言うことのなかった本音を思いきりぶつけた。
可愛がっていたつもりだったけれど、それはエーリカの一方的な思いにすぎなかった、ということが今こうして、証明されてしまったのだった。
「それではさようなら、エーリカおばさま。次に会うのは、いつになることでしょうね」
リルムは綺麗なカーテシーを披露し、リーリエと共に去っていく。
行かないで、と手を伸ばしても届くことはなく、扉はぱたん、と閉められたのであった。




