お誕生日、おめでとうございます①
王妃の生誕祭は、国をあげて祝われる。そしてエーリカは正妃であることから、側妃との扱いはまったく異なっている。そもそも、側妃に関しては新聞の一面に載るだけなのだが、正妃は国王に続き長く生誕祭が開催される。
国王ならば一週間、王妃は三日間。
王妃の場合、初日に盛大なパーティーが開催されるのだが、そこには国中の貴族が招待される。王宮を全開放し、王族以外が立ち入れない場所以外は様々な装飾が施され、煌びやかな装飾が、テーブルには様々な料理が置かれ、飲み物も水から果実水、酒類、ジュースと、まさに選り取りみどり状態。
「フェリシア、用意はできましたか?」
ドアがノックされ、ユトゥルナがフェリシアの部屋へと入ってくる。
「はい、お母様。見てください、この髪飾り! ビビアンが選んでくれたんですけど、ドレスにぴったりなんですよ!」
少し興奮気味に話すフェリシア。
艶やかで美しい髪は、今日は複雑な編み込みがされた状態でハーフアップにされている。髪には宝石のついたヘアピンなどが控えめに付けられているが、耳の上あたり。青い蝶を模した髪飾りがあった。
大きさもバランスもちょうど良い。
フェリシアが着用しているドレスは、それぞれの祖父母がデザインを話し合ってくれたもの。色は藍色だが、裾に向かうにつれ淡い水色のグラデーションとなっている。袖は肘上あたりまでで、肩から切り替えのデザインになっており、その部分は上半身の色味と同じ色の総レースの袖。
ハイヒールはまだ足に良くないから、と甲にストラップのあるシンプルなシルバーの靴。もちろん、フェリシアの足の形をしっかり木型で取った特注品だから足にはぴったりとフィットしていた。
失礼がないように、と白のシルクの手袋をはめれば完成……なのだが。
「とっても可愛いわ、フェリシア! でも、ネックレスはいらないの?」
「……うーん……」
本当は着けたかったけれど……と思いつつ、フェリシアは困ったように笑いながら言った。
「今手持ちのものは、お父様とお母様からいただいた一点物です。もし着けていって、よく分からない理由で殿下が怒り、よもやないとは思いたいですが……引きちぎられでもしたら、私、悲しいですわ」
「まぁ……」
「お嬢様……」
ビビアンも、カディルの暴言に関しては知っている。というか、公爵家使用人一同、知っている。
今回は婚約の話を断りに断った挙句のフェリシア晒し、とでも言わんばかりの場だから、と言えばビビアンもユトゥルナも、『あー』と呟いて納得した。
ビビアンの選んでくれた髪飾りだって、祖父母が選んでくれたドレスだって、本当なら大切だから着用なんかしたくなかったけれど、仕方なく……というレベル。もしも、髪飾りを壊されでもしたら。ドレスを無惨に汚されでもしたら何をしてやろうか、と物騒なことを考えつつも出発の時間は迫ってきている。
「ネックレスは……そうね。つけないでおきましょう。もし何か言われたら、お父様かお母様を大声で呼びなさい」
「はい」
仕上げに、ビビアンが黒のレースの手袋を差し出してくれたから、それを着用して本日の装いは完成だ。
さすがに今日は抱っこされていくわけにもいかず、母に手を繋がれ、並んで歩いていく。
公爵家の紋章が入った馬車は既に用意されており、ベナットが正装姿で既に待機していた。
「お父様!」
「おや」
母に促され、フェリシアは元気いっぱいに父を呼ぶ。そうすると、きりりと引き締まっていた表情が少しだけ緩んでこちらへと早足で来てくれた。
「とても可愛らしいお嬢様だ。エスコートのお役目を頂戴してもよろしいかな?」
「はい、もちろん」
穏やかな一家の様子に、見ていた使用人たちはほっこりとした表情になる。愛情たっぷりに育てられ、魔法の教育もその他教育も順調に進んでいると聞く。当主としての資質も問題ないどころか、素晴らしい才を見せたというではないか。
皆に見守られ、親子三人揃って馬車へと乗り込み、ドアが閉められれば使用人一同が揃って見送ってくれる。
ずらりと並び、頭を下げてくれる様子はまさに圧巻、といったところか。
いってきまーす、とフェリシアが馬車の中で言いつつ手を振れば、一足先に頭を上げていた侍女長が嬉しそうに微笑みながら手を振り返してくれていた。
「ふふ」
「ご機嫌だな、フェリシアよ」
「はい、お父様。今日以降、あの王妃様がこれから大人しくしていてくださるようになると思えば……ね?」
にこにこと笑いながら言うフェリシアの目が、すぅと細められる。
見た目こそ六歳の幼子だが、彼女の中身は十八歳。話すことが物騒だとしても両親は驚かないが、周りの人にはなるべく見せないようにはしている。もし知られて、気持ち悪がられるのも嫌だから。
「お父様、お母様、私、ちゃんと成功させますわ。そして、王妃様には表からご退場いただきましょうね」
「ええ」
「無論」
にこやかだけれど、三人の目には穏やかでは無い光が灯る。
──ここから、始まる。
◇◇◇◇◇◇◇◇
王妃エーリカは、そわそわとしながら会場の椅子で招待客に目を光らせていた。
あの子を、何がなんでも手に入れる。きっとあの子は失敗するのだから。
そうやって内心ほくそ笑んでいると、隣に国王がどっかりと座った。目は笑っていないから、恐らくエーリカを監視するに違いないと、そう思える。
「へ、陛下……何もそのように怖いお顔をなさらずとも……」
「誰が、わたしの機嫌を損ねているのか理解しておらんのか」
絶対零度と呼ぶにふさわしい声音で、淡々と言う。
やるな、と言われたことばかりやらかしてしまうエーリカだが、基本は大変優秀なのだ。しかし家臣たちからもローヴァイン公爵令嬢への態度は、ちょっと……と苦言が上がってきているのだから注視するのは当たり前のことなのだ。
「良いか、令嬢が時属性魔法を成功させれば、もうそなたは令嬢に関わろうとしてはならん」
「……っ、心得て、おります」
嫌だ!そう叫んでしまうことは簡単だが、そうしてしまえば王妃という立場すら危うくなってしまう。絶対にそれだけは嫌だ!と心には決めているから、深呼吸をして、招待客へと手を振る。無論、綺麗な笑顔で。
そうしていると、一際大きなざわめきが上がった。
あぁ、彼らがやって来たのだと容易に想像できる。
ベナット、ユトゥルナという美男美女の夫婦、そして彼らの大切な一人娘であるフェリシア。
三人揃って入場してきたのだが、フェリシアの着用しているドレスにエーリカの怒りが爆発寸前まで一気に駆け上がった。
「(よくも……っ!)」
手にしていた扇が、みしみしと嫌な音を立てている。
どうして贈ったドレスを着てこない!そう叫びたかった。いけない、落ち着け、と必死に言い聞かせながら堂々と歩いてくる三人をじっと見据えていた。
「ほう……やはり、大変に落ち着いた素晴らしい子のようだ。ベナットや夫人の教育の賜物であろうな」
「えぇ……本当に素晴らしいご令嬢だわ……」
「惜しいことだ、目覚めなければ我が王家と是非とも縁繋ぎにしたかったというに」
いいや、そうなるんだ。絶対に!
ドレスを着てくれてはいなかったが、やはり大変愛らしい。もうすぐ、もうすぐだ…と思っていた矢先だった。
公爵一家がまずは国王夫妻に挨拶に来ようとしている道を、いきなりカディルが塞いで、フェリシアに殴りかかったのだ。
「きゃぁぁぁぁ!!!!」
その行動に、近くにいた令嬢が叫び、辺りが騒然となってしまった。
子供とはいえ、カディルは男。
招待客に紛れてギリギリまでタイミングを見計らい、人陰から飛び出したカディルは、思いきり振りかぶってフェリシアの左頬を思いきり殴りつけた。
「フェリシア!」
「何ということを……!」
ベナット、ユトゥルナが怒りに満ちた声を出すが、カディルはそんな二人にお構い無しにフェリシアの髪を鷲掴みにしたのだ。
「い、っ…!」
「お前のせいで母上が叱られたではないか! この疫病神が!」
八つ当たりもいいところだ、そう思ったフェリシアはもう、容赦などしてやるもんかと即座に決めた。
ぶち、と何かが切れた音が、自分の中で、した。
それは、ベナット、ユトゥルナもそうだ。
愛する我が子が殴られた。たとえ一国の王子であろうと許したりなど、してやるものか。
もう一度カディルは振りかぶってフェリシアに殴りかかったが、大振りな腕の動きは読まれるのも容易い。
フェリシアはそれを読み切って、がっちりとカディルの腕を掴んだ。振りほどかれても良い。一度で良い、そう、掴めたら良い。
「大概にしなさいよ……この逆恨み野郎……」
とてつもなく低い、怒りに満ちた声にカディルは一瞬だけ、目を丸くした。
え、と発し、フェリシアを見れば、怒りに満ち満ちた彼女の獰猛な目と、かち合う。
「……つーかまえた」
にぃ、と笑い、そしてフェリシアは『準備』をする。
さぁ王妃様、これから花を咲かせましょう。




