嫌なものは嫌なので
明けましておめでとうございます!
お久しぶりの更新になってしまい、申し訳ございません…!
中庭で寿命を吸いとられたミレアムは、両手両足を拘束された状態で床にそのまま転がされていた。理由は簡単。王妃の手先であることが本人の『ごめんなさい、エーリカ様』といううわ言で発覚したからだ。自白してくれるとは手間が省けて良い、とフェリシアたちは思う。なお、彼女をこの公爵邸に招き入れた張本人は、早々に追放された。
手引きした本人は『知らなかった』の一点張りなのだが、知らなかった=無罪ではない。
ここは公爵家であり、次期当主として既にフェリシアも覚醒している。だからこそこの時期の人材登用には慎重になるべきであった、と侍女長や執事長からは謝罪をされたが、彼らだけは不問とした。何せこれからやることが山ほど出てくるのだ。
貴重な経験を有している人材をほいほいと投げ出すわけにはいかないのだから。
「しかし、次はない」
静かにベナットが使用人全体に告げると、わっと泣き崩れた使用人もいたそうだ。自分たちがもっと気を付けていればお嬢様や旦那様、奥様に不要な心配をさせることもなかったのに、という言葉をフェリシアも聞いていた。
彼らはどこまでも『ローヴァイン公爵家』に仕える使用人だ、そう思う。
もしもフェリシアが目覚めていなければ、こうして使用人たちに声をかけるという場に立ち会わせてもらえなかったかもしれないが、前回と今回はそもそもの立場が違ってきているからこその展開になってきている。
彼らの忠誠心の高さによって、ここは守られていると実感できたフェリシアは父のベナットに促され、一歩前に出た。
「我が娘、フェリシアが『時』の属性に目覚めた。これすなわち、フェリシアが次期当主になるということだ。皆、心して仕えるように」
「はい!」
使用人一同の声が揃い、最上級の礼をもって皆膝をついた。
執事長が一足先に顔をあげ、フェリシアの前までやってくると、また更に深く頭を下げた。
「お嬢様、魔法学の家庭教師の先生から改めて中庭での魔法の素晴らしさに対するお手紙が届いておりますがいかがなさいましょうか」
「私の部屋に届けておいて。先生にお返事を書きたいから、レターセットの準備もお願いするわね。あ、そうだ」
ぱちん、と手を叩いたフェリシアはにっこりと微笑む。
「私の専属メイドの選出をお願いしても良い?ルキノったら、役に立たなかったんだもの」
無邪気にお願いされた内容に、執事長は身体を固くした。
ルキノが倒れたあの日、目覚めたルキノはただ怯え『お嬢様は悪魔だ』、『あんな化け物の世話なんかしていられるか』と散々な罵詈雑言を披露してくれた、と別のメイドから聞いた。
もしもルキノが何か言っていたら教えてくれ、とは言っていたけれどまさかここまであれこれ言いたい放題になるだなんて、想像していなかったのだ。
「できれば、次は私を化け物だなんて言わない人が良いのだけれど」
それを知っているからこそ、フェリシアから次いで出た言葉に使用人たちは痛々しそうな表情を浮かべる。
それは決してルキノに同情をしているものではなく、フェリシアをいたわっているもの。『時』という概念そのものを操作する魔法を目の当たりにしてしまえば、神の奇跡に等しい光景を見ることになるのだが、ルキノが経験したのは全くの別物。
自身の寿命を吸い取られることになるだなんて、彼女は思ってすらなかっただろう。
「お嬢様」
誰が次の専属侍女なのだろう、とフェリシアが思っていると不意に手が挙げられる。
ちらりとベナットを見上げ、続いてユトゥルナを見上げれば揃って頷かれる。どうやら問題ないと判断してくれたらしい。
手を上げた主は、ユトゥルナの世話をサブでしている侍女。
年齢は二十代半ばではあるが、てきぱきとした働きぶりで近いうちにユトゥルナの世話係としてメイン侍女になる予定であるビビアン。
「僭越ながら、私が立候補させていただければと存じます」
手を下ろし、綺麗に礼をしてくれた彼女を見ていると、恐らく大丈夫だろうと思えた。
父と母にも大丈夫だと太鼓判を押されたのだから、更に問題ないのだと思えるから不思議なものだ。
「ビビアン、だったかしら。よろしくね」
「はい」
また深く礼をし、執事長をベナットが呼びつける。きっと諸々の手続きをしてくれるのだろうと分かり、フェリシアはこれからが楽しみになってくる。
ルキノはもういないのだから、前回のようにはならないことが確定している。小さい一歩だけれど、こうして進んでいかねばならないのだから。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「馬鹿にしないで!」
ばちん、と床に手紙を叩きつけ、ぜぇぜぇと荒く呼吸をしながらエーリカは憤怒の表情を浮かべる。
ローヴァイン公爵家から届いた一通の手紙。
ユトゥルナをお茶会に誘ったところ、来てくれはしたものの会話はかなり少なめ。改めて、ユトゥルナ自身の口からも婚約の件は断られる始末。
「……人を舐めるのも、いい加減にしなさいよ……」
決してユトゥルナはエーリカを舐めているわけではない。無理なものは無理だ、と断るしかないのだ。それに、まだカディルは王太子として立太子してないどころか、先日の失言のせいで国王から厳重に注意を受けてしまっている。
極秘のお茶会とはいえ、誰を城に呼ぶかは国王にも知られているうえに、エーリカは予想通りヘンリックに再び叱られてしまったのだ。『まさか、また婚約者云々の話をしていたのではないだろうな』と。
実際その通りで、公爵夫人から攻略してやろうと意気込んでみたものの、結果は全くもっての無意味であり、惨敗だった。
エーリカの思考は根本から間違っていること、また、フェリシア自身が婚約を望んでいないということに加え、後継者としての資格を得ていること。これらを鑑みれば必然的に答えは分かりそうなものなのだが、人一倍執着心が強いが故に、このような事態を招いてしまったのだ。
「……良いわ。まだ、……まだ、わたくしの誕生祭があるんだから……!」
そこで、フェリシアの能力不足を大勢の前で晒してやろう。そうして、フェリシアにも、べナットにも、ユトゥルナにも謝らせてやろう。膝をつき、許しを乞わせてやろう。
失敗する前提で考えているエーリカは、やはり気付かないままに物語は進んでいく。
成功すれば、自身の立場すら危うくなってしまっている賭けをしていて、
勝つ確率が限りなくゼロに近くなっているのだ、という事実に気付くのはきっと、フェリシアが会場の花を満開にしたとき。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あら、何て嫌な色のドレス」
翌日が王妃の誕生パーティーだという日の午後、フェリシアにドレスや装飾品が届けられた。
広げてみると、王妃が愛してやまない色の、赤。
「どうなさいますか、お嬢様……」
どうしたものかとビビアンから問われ、うーん、とさすがのフェリシアも眉をひそめた。
「着ないと王妃様が何と言うか……でも、これは……」
毒々しい、この表現に尽きる。
まずフェリシアはまだ子供で、六歳。鮮やかな赤のドレスが似合わないわけではないのだが、ドレスだけ浮いてしまいそうな程の華美なものだったから、どうしたものかとビビアンと揃って困ってしまった。
「お母様に聞いてみましょうか」
「かしこまりました。すぐの方が良いでしょうか?」
「今日は午後からお出かけ、って聞いているから……うん、そうね。すぐ行ってきてくれる?」
「はい」
失礼いたします、とビビアンは部屋から退出した。
きちんとした態度で接してくれるから、ビビアンとは話していてもとても楽だし報告漏れも今のところはない。
こうしてドレスが届いても、きちんとフェリシア本人に『どうしますか』と聞いてくれたのはありがたい。
これがルキノならばほぼ間違いなく『お嬢様、せっかく王妃様から賜ったドレスなんですから、明日はこれを着ましょう!』と提案されていたに違いないと思う。
まず二人。
ルキノは将来的にフェリシアのためにならない。むしろ、フェリシアを貶める側。
そしてミレアム。言うまでもなく王妃が公爵家に潜り込ませたネズミ。
これらを早々に対処出来たことは、とても良いスタートだったし、翌日の王妃の誕生パーティーでは王妃そのものを遠ざけられる良いチャンスなのだ。
「失敗なんか、しないわ」
手のひらの刻印は誰からも寿命を吸い取っておらず、前回ミレアムの寿命を吸い取った時のものを全て使ったからすっからかん状態。ただ、時計の文字盤のような刻印があるだけ。
「さて、どうやってパーティーで自分を削らずに魔法を使おうかしら」
王宮でのパーティー、特に王妃の誕生パーティーともなれば様々な貴族が招待される。
そこに吸い取っても問題ないくらいの人はいただろうか、と考えていたが、『あ』とつい口に出てしまった。
「そっか、殿下がいるのよね」
どうせフェリシアに絡んでくること間違いなしの、カディルの存在をすっかり忘れていた。
絡んだところで、また国王に叱られてしまう可能性があることは彼は考えもしないだろう。
「絡んできたら有効活用しましょうか」
うんうん、と頷いていると部屋の扉がノックされた。
ビビアンが退出してからさほど時間は経っていないが、一体誰だろうと思いながらも『はぁい』と返事をするフェリシア。
「フェリシア、よろしくて?」
「お母様!」
大好きな母の声に、思わずぱっと顔が綻んでしまう。
いそいそとドアに歩み寄って開くと、ビビアンと並んでいるユトゥルナの姿があり、にっこりと微笑みかけた。
「お母様、いらっしゃいませ!」
「………あらぁ………」
フェリシアを躊躇無く抱き上げたユトゥルナだったが、トルソーにあったドレスを見てとてつもなく苦い顔をする。社交界でも指折りの美貌を持っている母のあんな顔は初めて見た、というのはビビアンとフェリシア、揃った意見であるが言われている当の本人の顔はしばらくの間苦いままだった。
「……どの面下げて贈ってきたのかしら、あの王妃」
「お、お母様」
「奥様、お嬢様の情操教育に大変悪うございます」
「……いやだ、わたくしったら」
ごほん、と咳払いをしてから気を取り直して……とはいかない。
恐らく巻き戻る前ならば王妃がいくら嫌いであっても『いち貴族』としては、贈られたドレスを着用して行っただろう。だが、今となってはそれはそれ、これはこれなのだ。
「フェリシア、これ、着なくても良いわ。『王妃様の誕生日のために仕立てたドレスで来たかったのです!』と、可愛らしく言えば問題なくってよ」
それでええんか、とビビアンとフェリシアの心の声は重なったものの、恐らくそれが妥当なところだろう。
トルソーごと赤のドレスはそっと仕舞われる。実際、フェリシアのためにあつらえた、それも袖を通していないドレスはここ最近恐ろしい勢いで増えているのだから。
「別に王妃様のためではないけれど、わたくしと旦那様、そして我が一族がフェリシア可愛さにあれこれ仕立てまくっているのだから、むしろそれを着てもらいたいという親心もありますからね。断ったのにいつまでもねちっこい王妃だこと」
ビビアンの前で素をさらけ出しまくっているけれど、特に問題ないらしい。フェリシア自身も素の状態の母を見たのは初めてだが、きっとこれが『日常』なのだろう。
「さ、ビビアン。わたくしの可愛いフェリシアに相応しい髪飾りを選んであげてちょうだい。フェリシアはお母様と一緒にドレスを選びましょうね」
「はい、お母様。ビビアンもよろしくね」
「かしこまりました、お嬢様」
女三人、揃ってフェリシアの部屋を後にして衣装部屋へと足取り軽く向かう。
そこにあるのは、フェリシアを想い、フェリシアに似合うようにと公爵家の親戚やユトゥルナ、べナットから贈られたとてつもない量のドレスたち。
見た瞬間、フェリシアはぱっと顔を輝かせてあれこれと試着をしたり、自分の体にあてたりと楽しみはじめた。
なお、盛り上がりすぎて次第に衣装部屋に滞在するメイドが増えたことにより、メイド長から皆揃って雷を食らったのは、最早いうまでもない。




