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【5/16~ コミカライズ連載開始!】悪役令嬢になりましたが、何か?【完結済】  作者: みなと
幼少期

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満開の中庭

 父にお願いした通り、魔法の授業は中庭で行われることとなった。

 そして更に、執事長にもこっそりとお願いをしておいた。昨日遭遇したミレアムに中庭を案内してあげて、と。時間帯もばっちり指示してある。

 後は、ミレアムがうまいことこちらの誘いに乗っかってくれれば良いだけだが、恐らくこれもうまくいくだろう。一度目の状況と同じようにしてやればいいのだから。


「確か……あの時もそうだった。魔法の授業を外でやっていて、たまたま私がふらついてしまったところをミレアムが助けてくれて……」


 公爵家令嬢として厳しく躾られていたフェリシアが触れた、家族以外からの初めての優しさだったもの。たとえ偽りだったとしても、嬉しかった。だから、信じたのに。


「……心を、許してなどやらない」


 前は、必死だった。

 王太子であるカディルに認められたかった。

 王妃からも、国王からも認められたかった。


 何より、家のお荷物だと言われたくなかったから、必死に努力を重ねた。


 その結果が、アレだ。


 もういっそ殺せ、さっさと処刑でも何でもしてくれ。そう思っていたけれど、とてつもない贈り物をイレネがくれたのだから、最大限、有効活用しなくてはならない。


 カディルもお勉強はできた。政務に関しても恐らくは問題なくできるだろうが、如何せん性格が最悪すぎた。フェリシアにとっては、単なる暴君野郎にすぎなかった。


 イレネが『聖女』として目覚めたときも、幼なじみだから祝ってやらねば!と鼻息荒く言っていたが、恐らくは愛し合っている大切な存在を祝うためだったのだろう。王宮の大ホールで聖女の就任祝いをするだなんて、前代未聞だと王妃から散々叱られてしまった。フェリシアが。

 何でだ、と当時は理不尽すぎる叱られ方に対して、大層腹が立ったものだけれど、今となってはもうどうでもいい。

 そして、『聖女』の力も何もかも、それら全てもどうでもいいこと。


「さぁ、行きましょう」


 全力で、中庭を花いっぱいの満開にしよう。

 季節も何もかも関係ない。枯れた花すらもう一度咲かせよう。ミレアムに残すのは、王妃への報告程度の力だけ。それ以外は根こそぎ奪い去って、時限爆弾を仕掛けてやろう。

 こちらを思い通りにしようとすればどうなるのか、贔屓の夫人がその命を落としてから思い知ればいい。少しずつ、少しずつ、王妃を絶望に導いていこう。


 昼食を終えたフェリシアは、教本を持って中庭へと向かう。


「こんにちは、先生。我儘を言ってしまって、申し訳ございません」

「こんにちは、フェリシア嬢。いいえ、構いませんよ。何でも、王妃様のお誕生日の席で魔法を披露されるのだとか」

「あら、もうご存知でしたか!」


 まぁ!と大袈裟に驚いてみせると、魔法担当の家庭教師はにこやかに頷いた。


「えぇ。ローヴァイン公爵閣下があちこちで言いふらして……おっと、つい」

「お父様ったら……」


 ぷく、と頬を膨らませれば、年相応にしか見えない。そして、この家庭教師にはある程度フェリシアはこういった顔を見せていたのだから違和感はないだろう。

『時』属性に目覚めたばかりの公爵令嬢を演じるのは多少なりとも骨が折れるが、そんな些細なこと、構わない。


「おや、今日は見学人が少しいらっしゃるようですね。大丈夫ですか、フェリシア嬢」

「え?……えぇ、問題ございませんわ」


 予想通り、執事長がミレアムを従えて中庭にやってきている。ちらり、と視線を上げれば公爵の執務室からはベナットがほんの少しだけ不安そうにこちらを見てくれている。

 大丈夫ですわ、お父様。そう、心の中で呟くとそれが通じたのか分からないけれど、ベナットの目元が少しだけ緩んだ気がした。


「それでは、まず……」

「先生、そこでそのまま、見ていてくださいな。あ、教科書お願いしますわね!」

「え? あの、フェリシア嬢!」

「参ります」


 持っていた教本をはい、と家庭教師に手渡し……というか、ほぼ一方的に押し付けるようにし、少し距離を取る。

 執事長も、案内されてきたミレアムも、予想通り足を止めてくれている。

 さぁ、ここからだ。フェリシアは誰にも見えないようにほくそ笑んで、パッと両腕を広げた。

 フェリシアを起点として、半径一メートル程の特殊な魔法文字が刻まれている魔法陣が広がる。

 使うのは、ストック済の力から。足りなくなったらきっと己の寿命を使うけれど予想通りならその前に──。


「術式、展開」


 言うが早いか、刻印の刻まれている掌から力がずるりと抜ける感覚がした。

 ぱあっ、と光が溢れ、庭園全体を包み込んでいく。

 きらきらと、黄金の魔法粒子が散り、まるで星に包まれているような眩ささえ感じられる。


「な、なんだ!」


 執事長の驚いた声が聞こえ、隣のミレアムはぽかんとした顔をしている。ここまでも予想通り。


「さぁ、綺麗に咲いてちょうだい! そして、枯れた花たちも力をあげるわ。咲きほこるための力を!」


 フェリシアの言葉通り、あちらこちらでありとあらゆる種類の花がふわりふわりと咲き始めていく。


「これが……」


 ミレアムは、王妃から簡単に話を聞いていた。ローヴァイン公爵家令嬢が、『時』属性に目覚めたこと。

 しかし、彼女は第一王子であるカディルの婚約者として誰よりも相応しく気高い、美しい令嬢だ、と。『時』属性に目覚めようとも、あの子は王太子妃筆頭候補なのだから、どうにかして心変わりをさせなさい。そう聞いていたけれど、あれだけ幼いにも関わらず、的確にあちらこちらの花を咲かせている姿にはとてつもない将来性を感じてしまう。

 ごく、と息を呑んだが、注意深く見ていたフェリシアの足元が、ほんの少しだけ揺れた。


 危ない!とそう思い、慌てて駆け寄る。

 それが、フェリシアの一番の狙い。


「お嬢様!」

「ダメです! 今のお嬢様に触れてはなりません!」

「いいえ! お嬢様のお体が何よりも優先されるべきことでしょう?!」


 家庭教師が危惧したのは、フェリシアが展開している魔法陣への影響と、今まさに広がっていく魔法に対して悪影響が出ないかどうか、だ。

 きっとフェリシアのやることに関しては何も問題などないことくらい、確信している。力を制御することだって幼いながらも公爵が良しとしているのだから、何ら問題ないはずだ。

 無条件にそこまでの信頼を寄せていたのだが、ミレアムの行動はそんな彼の思いとは真逆のこと。


 ()()()()()()()()()()、そう叫ぼうとした時に、事は起きた。


 ミレアムは、ずんずんとフェリシアに遠慮なく駆け寄り、がっちりと彼女の体を抱き締めたのだ。

 執事長もこれには焦るが、魔法展開中に迂闊なことをすれば術者が危ない。ほんの少しでも魔法の心得があればそれくらい分かりそうなものだが、ミレアムが無鉄砲なのかなんなのか、と苛立ちが募っていく。


 しかし、抱き締められている当の本人は薄ら笑顔を浮かべているではないか。


「……お嬢様」


 あぁ、大丈夫だ。何の問題もないのだ。そう思えるような圧倒的な安心感が、幼い少女にはあった。


「……うふふ、捕まえたわ」


 そして魔法陣の中。

 フェリシアは愉しげに笑って、ぎゅう、とミレアムを抱き締め返した。


「え?」


 抱き締められた方は、きょとんとしている。


「良かった、予想通りの動きをしてくれて。……本当に、良かったわ」

「お、おじょう、さま」

「それから、あなたのこと、私知ってるわ」


 紡がれる内容は小さな声で。そして、ぐっ、とフェリシアの腕に力が込められた。


「王妃様がここへ侵入させたネズミさん。栄えある養分となってちょうだいね」

「…………………え?」


 訳が分からない、そう思い一度体を離そうとしたが叶わず、どくり、と大きく心臓が跳ねた。


「ぁ、え」


 声に力が入らず、はくはくと口を開け閉めすることしかできない。


「逃げられないでしょう?王妃様から派遣されてきたネズミさん。ねぇ、今どのようなお気持ち?」


 くすくすと笑うフェリシアは、これまでと別人のような迫力を有している。

 だって、彼女はたかが六歳の令嬢ではないか。時属性に目覚めたからといって、たかが子供なのだからどうにでもできる。そうやって王妃に唆され、この公爵邸に苦労して侵入したというのに。それなのに、目的の一つも果たせないまま、今、いったい何がどうなっているというのか。


 ミレアムは、何が何だか分かっていなかった。いいや、彼女は分かりたくなかったのかもしれない。こんな子供に、まさか王妃の企みがどこからかばれているだなんて、あるわけがない。


「ねぇ、見て頂戴? ほら、お花が綺麗に満開になっているでしょう?」


 考え事をしていたら命取りになる。そう思ったところで既に遅かった。

 限界を超えるか超えないか、ギリギリのラインまでフェリシアはミレアムの寿命を吸い上げることに成功していた。

 恐らく、彼女がまともに動けるのはあと一か月そこら。計算したわけではないけれど、フェリシアは本能的にそれをやってのけた。


「さすがに、我が家の庭園すべての花を満開にさせるとなると……結構な力が必要だったみたい。ありがとう、ネズミさん。私の力についてはしっかりご理解いただけた?」

「…………ぅ、」

「一気に吸いすぎたかしら。でも、仕方ないわよね。王妃様の誕生日までもう時間がないんだもの。練習しておかないとちゃんと花を咲かせられないじゃない」


 化け物、と罵ってしまいたかった。しかし誰が信じてくれるというのだろうか。

 たかが六歳の子供に、()()を根こそぎ吸い取られたから、動けなくなっている。しかも口もきけなくなってしまっている、だなんて格好悪くて仕方ない。

 ミレアムは代々王家に仕える影の侍女としてのプライドもあったから、なおさら、こんなことは報告できなかった。報告するとすれば、間違いなくローヴァイン公爵家令嬢は『時』属性に目覚めているということ、加えて、魔力コントロールが子供にしてはとんでもなく上手で……いや、上手すぎてしまうことだろうか。

 エーリカはきっと、魔力コントロールの拙さを理由にフェリシアを王宮へと攫ってしまう気満々だったのかもしれないが、その目論見は外れてしまった。

 おまけとして、本人は気づいていないがミレアムの寿命はもう限りなく少ない。おおよそ一か月もすれば朝を迎えられずに天へと召されるだろう。

 この力の吸い上げに関する強弱について、フェリシアは天性の才能を発揮した。何も考えずにやれば、間違いなくミレアムは死んでいただろう。

 フェリシアは『そんなの面白くないし、王妃へのけん制にもならない』と思ったからこそ、手の内の人間を一人ずつ手折っていこう、そう思ったからこそ全てを吸い上げることはしなかった。

 ほんの少しだけ。本当に、微々たるところだけ、カス程度を残して、すべて吸い上げた。

 枯れた花は再び咲き、蕾は大輪の花を咲かせる。蕾になりかけていたものは急速に成長して、花開かせた。

 これを、公爵家全体で行ったのだ。

 最初は中庭だけにとどめようとしたけれど、あまりにもミレアムが予想通りに動くものだから面白くなってしまった。と、いうのがフェリシアの言い分であるのだが。


「……はい、でーきた」


 フェリシアが手を離せば、ミレアムは格好悪くもその場にどさりと落ちてしまう。

 展開していた魔法陣を収束させ、消してから家庭教師へと向き直った。


「先生、いかがですか?」


 さぁ、と風が吹いて花弁が宙を舞う。

 その中に立ち、悠然と微笑むフェリシアがあまりに美しく、そして堂々たるもので。家庭教師は、そして執事長もその場に膝をついて、深々と頭を垂れた。


「お見事にございます」

「ありがとうございます。あら、執事長まで」

「しかと、未来の公爵様の資質を目に焼き付けられたこと、次代への自慢といたします。フェリシア様」


 あらあら、と笑いながらフェリシアは白目をむいて転がっているミレアムを指さした。


「執事長、コレ、片づけておいてちょうだい。それから、彼女が当家に関わるきっかけとなったルートを洗い出して。……こちら、王妃様のネズミさんだから、起きるまでは何もしてはダメよ」


 だって、とフェリシアは続ける。


「王妃様には、私と殿下の婚約を諦めてもらう必要があるの。そのために、ネズミさんには王妃様の元へと帰り着いていただかなくてはいけないから」


 微笑んで、にこやかに告げてから家庭教師へと向き直った。


「先生も、どうかそのように」


 そういうと、示し合せたわけではないだろうけれど、二人から同時に『かしこまりました』と返される。

 よかった、この屋敷に元からいる人やフェリシアについていてくれている人は、余計なことはしなさそうだ。安心してから、フェリシアは見守ってくれていた父・ベナットににこやかに手を振ったのだった。

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