どうも、悪役令嬢になりました
「ついに追い詰めたぞ!この悪女!」
凛とした男性の声に応えるように、わぁわぁと騒ぐ民衆。揃って鍬や鎌などの農具を武器のように構えている。そして、彼らを先導する男性は、剣の切っ先を女性に向けている。まるで、正義の味方の光り輝く王子のようだ。(実際、王子ではあるのだが)
そんな彼に寄り添っているのは、聖女であるイレネ。胸の前で手を握り、何かを必死に祈っているような、どこか不安を滲ませている表情で対峙する令嬢を見ている。
民衆と男性、そして彼に寄り添う女性らと、たった一人で対峙しているのは、フェリシア=フォン=ローヴァイン。
歴史あるローヴァイン公爵家令嬢にして、王太子カディルの婚約者。なお、フェリシア自身を追い詰めているのはその婚約者のカディル張本人である。
フェリシアは容姿端麗にして頭脳明晰、史上最高の王太子妃であるとして教育係たちからの評判もすこぶる高い。ゆくゆくはカディルと結婚して王妃になり、双方思い合い、良き伴侶として国を導いていくのだと言われていた。聡明な夫妻になるであろうと、家臣たちからも、そして現国王夫妻からも、国民からも高く期待されていた。
聖女としてイレネが覚醒するまでは。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
カディル=ラ=リュ=フォン=ベルティエ。
そしてイレネ=フォン=ハイス。
カディルはベルティエ王国の第一王子として生を受けた。イレネはハイス侯爵家長女として生を受けた。
そんな二人は十二歳で入ることが定められている貴族学院で知り合い、互いに切磋琢磨しあって高みを目指している、よきライバルであり友人同士だった。
カディルとフェリシアは双方六歳の頃に婚約を済ませていたし、この頃は仲もよかった。また、カディルとイレネも仲が良かったのだが、恋愛感情ではなかったし、隠れて付き合おうなどとは考えたこともなかった。
自分の立場を理解しているからこそ、互いにわきまえていたのである。
しかし、二人の考えが変わったのはフェリシアの悪い噂を聞いたからである。
『フェリシア様に嫌がらせをされた』、『フェリシア様からパーティーへの立ち入りを禁じられた』、『フェリシア様によって圧力をかけられて家の事業が取り潰しとなった』…など。
これらについて、証言があまりに多かったためにカディルが激怒した。
自分の婚約者であり、王太子妃になろうという令嬢が何たることをしているのか、と。そう思うのは当然のことだし、将来的に国母になるべき令嬢が、イジメのような行為をしているというのがあまりにも自分にはそぐわない存在なのではないかと思い始めた。
その頃からだろうか。
イレネとの距離が、一気に縮まったのは。
聖女としてはまだ覚醒していなかったものの、『友人』という間柄の二人はすぐに今回の件に関して意気投合した。とんでもない令嬢がいたものだ、と…二人揃って頭を抱えた。
だが、フェリシアは学院に通っていない。王太子妃教育を既に終え、王妃自ら王妃教育をしているのだから、学校に通う暇などないくらいに忙しくしているのだ。
恐らく彼女が嫌がらせをしているというのは、あちこちで開かれるパーティーでのことだろう。王妃がフェリシアを大層気に入って連れまわしているし、ローヴァイン公爵家令嬢として招待されることも未だにあるくらい、彼女の評価は高い。王太子と結婚する前に、どうにかして公爵家と繋がりを持ちたいと願っている貴族に、大方呼び出されているパーティーがいくつもあるのだろう、とカディルは推測していた。
なお、この予想は間違ってはいなかったが、悪い噂を聞いたからこそ、カディルはフェリシアに対しての嫌悪感ばかりが日に日に高まっていった。
あれほど評価の高い女性なのに、裏でとんでもなく陰険で悪質なことをしているなんて…と、頭を抱えた。
「カディル、落ち着いて」
「これが落ち着いていられるか!?」
「きっと、フェリシア様は完璧であるがゆえに他の方の至らないところばかりが目に付いてしまうだけなのよ。彼女は本当に素晴らしい女性じゃない」
「だが…」
「大丈夫、きっと大丈夫よ」
ね、と優しく包み込んでくれるような優しいイレネの声。
フェリシアとは大違いだ、といつしか比べるようになった。
いつもいつも、フェリシアはカディルに対して『しっかりしてください』や、『王太子たるもの、これくらいできていただかなければ困ります』と、役割だけを押し付けてくるようになっていた。
当たり前のことであるはずなのに、カディルはイレネという逃げ場所があったから、嫌なことから逃げ出す癖のようなものが染みついてしまっていた。
父も母も、実の子供であるカディルよりもフェリシアを褒める。これもカディルの劣等感ばかりを刺激することとなった。普通の貴族ならきっとここまで言われなかっただろうに、王族であるがゆえにここまでか、とカディルは鬱憤を溜めていく。
「私も、フェリシア様にお会いすることがあれば、それとなく言ってみるわ」
「…すまない…」
「いいのよ」
ふふ、と笑うイレネとカディルの、手が不意に触れた。
あ、とどちらが先に呟いたのか分からない。
愚痴を言い合う間に、友人関係がいつの間にか進んでいたのかもしれない。意識はせずとも、互いの中で仲間意識が芽生えていた。
「イレネ」
「…なぁに?」
声に、甘さが加わる。
「君が、王太子妃だったらいいのに」
するりと頬を撫でられ、イレネは目を細めた。
「……駄目よ。それは」
「どうして!」
「だって、フェリシア様は本当にすごいもの。もう王太子妃教育を完了させているのよ?…王妃様もお認めになるんだから、それまでは願ってはいけないわ」
そうだよな…と残念そうな声を出すカディルを、イレネは困ったように見つめ、手を伸ばして頭を撫でる。
これまでも多少の触れ合いはあったが、双方意識していたものではないために、今は互いに心臓がうるさいほど鳴っている。
「少しだけ、お互いに調査をしてみましょう。それで、定期的な報告会としてたまに集まりましょう」
「……分かった」
このときは、これで終わった。
何もなかったかのように、イレネとカディルは別れて双方帰宅した。何せ話し合っていたのは学院の自習室。
周囲の生徒からは『変わらず勤勉なお二人だ』と微笑ましく思われている以上、迂闊な触れ合いは禁物だと察した。とはいえ、これまでのような雰囲気でないことを察した生徒も少なからずいるのだが、彼らにはそんなものは目に入っていなかった。
そして、フェリシアの実態調査をしていく中で、ひょんなことからイレネが聖女として覚醒したのだが、彼女はこう呟いた。
「ほんとに異世界だ…」
『この世界は終わりが定められている物語をなぞったもの。そして、私はみんなを幸せにするためにやってきた存在で、イレネの体の中にはずっと存在していた。でも今ようやく意識が混ざって一つになった。彼女も言っている、悪の限りを尽くすフェリシアを倒して、この国そのものを幸せにしましょう!』と、イレネは自信満々に言い切った。
これを聞いたカディルは目の前がぱっと拓けたような感覚になり、イレネの手を取りその考えに賛同したのだった。
聖女として覚醒するための条件は、『心から愛する人に出会うこと』と、迷いなく言った。つまり、とカディルが思っているとイレネは熱の籠った眼差しを向けているではないか。
「……ええ、あなたよ」
うっとりと言われたその言葉を、どれほど待ちわびたことだろうか。
カディルは躊躇なく、イレネの思いを受け入れた。異世界からの聖女という存在も、何もかもを受け入れ、愛することを密やかに神の前で誓った。
「イレネ、フェリシアなぞどうでも良い。俺と、結婚してくれ」
「勿論よ!…ああ…ようやく皆、平和に幸せになれるのね!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
幸せに浸る二人は、それから徹底的にフェリシアという存在を排除するために動き始めた。カディル自身、民からの支持がとても高く、『聖女イレネを妻に!悪逆令嬢は追放を!』と彼が声高らかに叫んだものだから、あっという間に民もそれに賛同してしまった。
そして、話は冒頭に戻るのである。
「…悪女、ですか」
「そうだ!」
「死んでしまえ!この悪女!」
「聖女様と王太子様を引き裂く悪め!」
「お前がいるだけで俺たちは不幸になるんだ!」
「…はぁ…そうですか」
だが、糾弾されているはずのフェリシアは平然としている。それに怒ったのはカディルである。
「貴様…っ!」
ギリギリと睨みつけるがどこ吹く風。
「よろしいですよ。婚約破棄でも何でもどうぞ」
しれっと言われた言葉にカディルの頭に血が上った。
「貴様!ローヴァイン公爵家の力があるからと思って舐めるのもいい加減にしろよ!」
「……はぁ」
「フェリシア様!ご自身の罪を認めてください!もうこれ以上、『悪』でいないで!」
涙を流しながらイレネは言うが、フェリシアは変わらない。
そして、彼女は何を叫ばれようとも、罪だという行いを突きつけられても、怯みもしなかった。
イレネとカディルのシナリオでは、フェリシアが泣いて謝るとそう思っていたのに。
全く響いていない。
彼女は何も感じていないかのようにただ、立っている。
ぎり、と表情を歪めたカディルは連れていた騎士に指示を出した。
「この女を牢へ!」
「え…」
騎士たちは戸惑った。
彼らが所属しているのは、王国騎士団。彼らのトップは騎士団長と、国王なのだ。
王太子はあくまで王太子でしかない。そんな彼のいうことを聞いても良いものなのか、と迷いが生じていたのだが、イレネが一歩前に出た。
「カディル様はこれより王となられるお方!その方の命は王命と同じであると心得なさい!」
凛とした声で言われ、渋々ながら騎士たちはフェリシアの元へと向かった。
「すみません…」
「良いわ、別に。あんな人だと見抜けなかった当家にも落ち度はあります」
小声での会話を彼らは知らない。フェリシアを捕らえた、という事実だけが、民を、彼らの支持者を熱狂させたのである。
フェリシアは牢に、フェリシアの使っていた部屋はイレネが。
牢と言っても貴族用のものなのでフェリシア自身苦痛は感じていなかったのだが、ただ鬱陶しかったのは毎日毎日イレネがやって来ることだった。
そして今日も、イレネがやって来た。
「うふふ、可哀想な悪役令嬢様!」
「……」
それでも、フェリシアは無反応である。
殺すなら殺せばいいのに。それくらいの感情しか抱けなかったのだ。
無感情にイレネを見つめるフェリシアに、さすがに苛立ちを感じたらしいイレネは、この日ばかりは我慢できなかったようで、牢の中に入ってきた。
「いつまでもお高く止まっていられると思わないことね!」
「…は?」
「この世界はね、私のための物語なの!」
「……」
頭大丈夫なんだろうか、コイツ。
初めてフェリシアの表情が歪んだが、意図は伝わっていなかったようだ。
フェリシアの表情の歪みを『悔しいから』だと思っているらしいイレネは、勝ち誇ったように続けた。
「私、イレネ=フォン=ハイスはカディルと幸せになるための存在!お前は、それを邪魔する悪役令嬢なの!」
渾身のドヤ顔でそう言い切ったイレネを、じっとフェリシアは観察している。
「そして、お前は唯一無二の『時属性』魔法の使い手なのにそれを使えず断罪されて、明日には殺される運命にある悪役!」
悪役悪役と、人を何だと思っているのだろうと喉元まで出かかったが、『時属性』の言葉にフェリシアは思い当たることがあった。
ローヴァイン公爵家の主は、概念そのものである『時』を操ることができる。
それ故に影なる王家として、このベルティエ王国を支え続けてきた。繁栄させるために、陰ながら力を駆使して。
父も、王国に貢献している。
そして、次に貢献するのはフェリシアのはずだったが、フェリシアの父が『時属性』に覚醒したのは前当主の死があってこそであったがために、覚醒条件が不明となってしまった。
本来であれば先代から受け継がれる継承方法。しかし、時として『時属性』が複数存在したこともあるから、何かがトリガーになることは間違いないはずだ、とフェリシアの父も、フェリシアも考えていた。
「可哀想なフェリシア様!掌に刻印も浮き出ていない、哀れな役立たず!」
はて、と思い出した。
掌に浮き出る時計の刻印。父にもある。
だが、フェリシアにもあるのだ。
手首に。
ローヴァイン公爵家に伝わる秘文に『後継者には手首に刻印が、当主には掌に刻印が』とあるのだが、どうやらイレネは『掌にのみある』と思い込んでいるらしい。
そういえば、この世界は終わりが決まっていて…とか何とかいっていたらしい、とフェリシアが思い当たった。
「私はこのゲームでのヒロイン、イレネ=フォン=ハイス!お前は時を操る悪魔のような悪役令嬢なんだから!」
「何を……言ってるの…?」
本当に頭がおかしいのか、あるいはそうではないのか判断しかねていたが、イレネがフェリシアとの距離を詰めてずい、と顔を押し付けてきた。
「『時属性』覚醒の条件はあるようでないわ。ゲームの中のお前は、最初から覚醒していたんだもん。でも、まぁ攻略本の小話には『強すぎる想い』が必要だ、って書いてたから、何か強く願えば使えるようになるんじゃなぁい?」
ケラケラと嗤うイレネ。
「あと何だっけ、『時属性』魔法を使う代償は寿命なのよね!」
だから、ローヴァイン公爵家当主は短命なのか。
フェリシアの頭の中で、パズルのピースが嵌まっていく。
ぱちり、ぱちり、と音を立てながら完成していく。
「でもアンタは覚醒してない!!お可哀想な悪役令嬢様!!」
あっははは!!と笑っているイレネの手首を反射的にフェリシアは掴んだ。
「…っ、え?」
思ってもいない行動に、イレネは硬直した。
「ありがとう、教えてくれて」
フェリシアはいつの間にか俯いていたので、表情は見えない。
「そして、代替案までくれてありがとう」
更にお礼を言うフェリシアの声音に、イレネはここで初めて違和感を覚えた。
「…は?」
戸惑い、腕を振り払おうとしたけれど、離れない。
「じゃあ、やり直すわ」
「え?」
「貴女がおっしゃったのよ。『強すぎる想い』が必要って」
「……え?」
ゆるりと顔を上げたフェリシアは、心の底からの笑顔を浮かべていた。
「だから、やり直すの」
「ま、って」
「目覚めのきっかけをくれた貴女は紛れもなく聖女ね」
穏やかだが、狂気を含んだ笑みに圧倒され、声がきちんと出てこない。
ひゅ、と喉が鳴った。
「わたくしがサポートしなければ半人前の殿下を支えることも、『次』はしないわ」
フェリシアの決意はとても強い。
「お父様を簡単に死なせてなるものですか」
想いは、強い。
「当家の存在なくして王太子ではないのに、どうしてお前とカディル様が、次代の国王夫妻に成り得ると思う?」
「……え?」
イレネは勘違いしていたままだった。
「わたくしが婚約者だから、カディル様は王太子なのよ?」
代々、ローヴァイン公爵家は王家と強い結びつきがあった。
そのことは知っているけれど、単に後見として都合がいいからだと、そう思っていたしカディルもそう信じていたのに。
「なら、もうやめましょう」
「まって」
そんなことされたら、崩れる。
フェリシアが悪役令嬢だからこそ成り立っているゲームなのに!と甲高い声が聞こえるが、知ったことではない。
「祝詞は知っているの、わたくし。あとは『トリガー』が必要だったのだけれど…」
「は…?」
「もう、揃った」
ぎち、と音がしそうなほどに強く掴まれた手首が悲鳴をあげるが、離すこともできないままでイレネはその場にへたり込んだ。
「目覚めよ、時の力。
我、ローヴァインの名を、血を、有する正当なる後継者、血統者なり。
我、欲する。汝の力を。
この力、欲望のためではなく、救うための力として振るうことをここに誓約するものなり」
何のために力を欲するか。
誰のための力とするのか。
『強すぎる想い』が指すのは、これ。
誰のための何のための想い・願いなのか。
理を捻じ曲げるのだから、それなりの対価が無論必要なのだ。
それが、『寿命』だった。
時を捻じ曲げて、王家のために、民の幸せのために、そう思い、尽くしてきた。
それなのに、今、まさかこんな風に踏みにじられるだなんて思ってなかった。
フェリシアの体を、金色のオーラが覆い、手のひらに熱が集まる。
そうか、これなのですねとフェリシアは納得し、続いて願いを口にした。
「…やり直すわ。最初から」
「な、!?」
「わたくしが殿下と出会う前から。何もかもひっくり返して、やり直す。お父様も短命で死なせたりしない」
「ま、まちなさいよ!私はどうなるの!?」
「知らないわ、貴女なんて」
イレネはフェリシアを睨みつけたが、どこ吹く風。
フェリシアは淡々と言葉を続けた。
「お前の中に聖女の意識がずっとあったなら、さっさと覚醒してカディル様と婚約でも何でもどうぞ?」
「アンタが!悪役がいてこそのストーリーなのに!?」
「……知らないわ、そんなもの」
フェリシアを起点として、魔法陣がどんどん広がっていく。
「悪役令嬢を断罪して!聖女と王子様が結ばれて初めて皆が平和に!幸せになるんだから!」
「おとぎ話に巻き込まないでほしいわね」
いつしかそれは、国全体に広がっていった。
どこまで影響が出るのだろうか。イレネはイレネの思う物語を遂行しなければ幸せになれないと信じているようだが。フェリシアは巻き込まれてやるつもりなど、無い。
「再始動、開始」
心に浮かんだ言葉を、告げる。
同時に、イレネからとてつもない勢いで魔力が吸い上げられていく。
「きゃああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
足りなくなると、次に吸われるのは。
「やめて!!!やめてったら!!!!」
「対価は、寿命なのでしょう?でも」
にこり、とフェリシアは笑った。
「わたくし自身のものでなくても良いじゃない」
イレネの顔色が、一気に悪くなる。
そうだ、確かに攻略本には書いていた。『対価は寿命』と。
でも、それが『時属性を使う本人の寿命』とは一言も書いていない。
「あ、ああ、あぁ…」
イレネの顔にどんどんと絶望が広がっていく。
だが、許してやるほどフェリシアは優しくはない。
「悪役令嬢…ええ、そうね、そうしましょう。わたくし、やり直すなら悪役を見事演じてみせましょうとも!」
「は!?」
「貴女はわたくしを悪役にしたいようだから、なって差し上げますわ。そして、どうぞわたくしに立ち向かってみてくださいな」
ずるずると体から力が抜ける。
目も霞んできたし、うまく喋れそうにもない。
「貴族としての立ち居振る舞いを教えただけで悪役認定されるような世界なぞ、こちらから願い下げよ」
おかしい、これではまるで、とイレネは思った。
「そっちが望んだのだから、今更取り消しはきかないわ」
『本物の悪役令嬢』を、生み出してしまった。
そう思い、イレネの意識が途切れた。
どうやら寿命を吸いきる前に時間逆行の魔法は完成したらしい。
「神様、感謝いたします。そしてこの聖女にも感謝を」
ぽい、とイレネの体を投げ捨てるかのように離して、フェリシアは目を閉じた。
「コレのおかげで、わたくしはやり直しという新たな道を、方法を選べました。もう次は、失敗などしないわ」
そして、時は巻き戻る。
フェリシアが望んだとおり、カディルとの婚約の前まで。
父も、母も、揃って戻る。
次は、王太子妃なんかになってなどやらない。
幸せになるなら勝手になれば良い。フェリシアが犠牲になど、なってやらないと心に決めて、『次の物語』は、幕を開けたのであった。