第5章 不可能犯
第5章 不可能犯
さて、この話は、今後、どのように展開して行くのであろうか?普通の推理小説なら、ここで、「読者への挑戦状」と言う事にでもなるのであろうが……。
しかし、更に、石川県警全体を激怒させる事が起こったのである。
何と、ワイドショーでも一番人気を誇る、「情報ワイド:メガネ屋」で、コメンテーターの一人が、石川県警の無能さを、堂々とテレビで話した事だ。しかも全国放送でだ。
これをたまたま県警本部長が見ていたのだ。頭から湯気を昇らせて、捜査一課長を、大声で怒鳴りつけた。
しかし、これほど証拠が無い事件も珍しい。
唯一の証拠と言えそうなのは、ラブホの入り口兼出口の画質の悪い防犯カメラに写った姿のみであって、多分、女性だろうと言う事は分かるのだが、その犯人の物と思われる、指紋や唾液、体液等は全く残っていないのである。
例えば指紋一つとってみても、ラブホへ入店前の女性は、白い上品そうな手袋をしている。これでは、301号室で、それを外さない限り、ドアノブにすら、指紋は付かないのだ。ある意味、恐るべき知能犯だ。
せめて、ガイシャのスマホさえ発見されれば、スマホの履歴復活のプロが警視庁のサイバー犯罪対策課にいるのは分かっているのだが、その肝心のスマホが見つから無いのである。そして、切断された頭部もだ。
ここで、石川県警は、ガイシャが飲んだジンのロック内に、マイナートランキライザーのエチゾラムが使われていた事から、その女性が手に入れたであろう、精神科や心療内科をしらみつぶしに捜査を、強化して再会する事にした。
しかし、捜査開始早々、エチゾラムは、マイナートランキライザーのため、一般の内科でも処方できる事が判明。
こうなると、石川県内の全ての、内科・外科・脳神経外科・心療内科・精神科等の全ての医療機関にに捜査を、かけねばならないのだ。
しかもである。本当に、心療内科や精神科にかからねばならないような重傷の患者は、実は、通院や入院への、周囲のその噂話を恐れて、隣県の富山県への当該医療機関を選択する事が多い事も判明。
だから、このエチゾラムの処方のみをもって、真犯人を特定するのは、これもほぼ不可能なのだ。
過去のビッグ・データを活用して、犯人に結び付く人物の特定は事件直後から行われてはいたが、これもめぼしい者はいない。確かに、女性でも凶悪犯はいるにはいたが、既に刑務所か、拘置所に入ってたのであった。
さて、皆さんに、再度聞く。この話は、今後、どのように展開して行くのであろうか?
これは、決して読者への挑戦状でも無くて、私、この「立花 優」に対する問い掛けでもあるのだ。
ここで、敢えて種明かしする訳でも無いが、第1章から第3章までの、そのほとんどは、この私が「小説家になるぞ」に投稿した小説『人の生首の事件』の、コピペがほとんどである。つまり、この話そのものが、私の書いた小説と現実とが、混在している話なのを理解して頂きたい。
唯一の現実とは、すすきの事件以後2週間後に、この金沢市で「ラブホ頭部切断殺人事件」が起きた事だ。これのみが、この小説の本当の真実なのだ。
だから、北川恭子などの登場人物の名前も、単なる某有名女優達から拝借したに過ぎないのだ。皆さんも直ぐに思い付くであろう女優さんらの名前の引用だ。
……しかし、現実に、首を切断した女性犯人はいた筈で、私の推理が当たっていれば、このようなシリアルキラー(猟奇的殺人犯)は、現実に確かにいたのは、間違いが無いのだ。
だが、この真犯人を、どうやって見付けるかである。
しかし、シリアルキラーの称号も輝かしいアメリカのテッド・バンディも、随分遅くなって判明したのだし、日本でも現在大問題となっている、あの、シャーネーナー事務所の、元社長のシャーネーナー汚川氏の問題(少年への性的虐待問題等)も本人の死後になって、大問題となっているのだ。
では、この北川恭子と言う人物は、勿論、私の小説上の仮名なのだが、今、生きているとして、どうやって見付けるかである。
考えられる唯一のヒントは、中学校や高校生時代に、何らかの、精神的不調を訴えていて、その手の病院にかかっていたのだろうと言う点であろう。
だが、これも難しいのだ。日本の法律によれば、カルテ(診察書類)の保存義務は、当該年度を除いて5年間である。それより前は、残さなくても良い仕組みになっている。
仮にである。実行犯である真犯人の女性が、仮に26歳だったとすれば、早い話が、20歳前のカルテは処分していても、法的には、いかなる問題が無いである。
と言う訳で、第1章から第3章まで出て来る、北川恭子なるシリアルキラーの特定が非常に難しいのだ。この現代の日本の現状が、かいまみえて来るのだ。まず、データーの保存年限が短い。
それにいくら、どんな事情があったにせよ、復讐心のみならガイシャを殺せば良いだけの事であって、何故、鮮血を全身に浴びながらも、生きたままのガイシャの生首を切断するまでの事が、できたのであろう……。
ここに、この北川恭子と言う人物の大いなる謎が出て来るのだ。
普段は、一般人と変わらぬ姿で過ごし、いざとなったら、般若のように豹変する。
これを医学的に名付けるとすれば、反パーソナリティ社会性障害と言う事になるのかもしれないが、反パーソナリティ社会性障害者が、皆、生首切断のような事件を起こす事は、絶対にあり得無いのだ。
もっと、何かの、潜在的な心理状態がある筈だ。
しかし、現代の精神医学では、このように、平温かつ公然と社会に溶け込んでいる人間のあぶり出しは、絶対に不可能なのである。
正に「悪魔」なのだが、外見は、何ら一般人と変わらないのだ。
例えば、札幌のすすきののような猟奇的事件が起こって、初めて、その犯人の猟奇性が天下に露呈されるのだ。
だから、例え、千人体制の捜査体制を轢いても、この北川恭子のような人物を探し出す事は、不可能なのである。
しかも、繰り返し繰り返し述べるのだが、めぼしい証拠は、全く残っていないのだ。
これでは、砂漠の中に落ちている、一粒の砂金を探し出す事と同じ事なのである。
万事休すと、思われた、その時である。