第4章 自称小説家
第4章 自称小説家
さて、ここは、石川県警本部の取調室である。窓には鉄格子が入っているし、周囲の壁には、取調中に暴れたであろう、各種犯罪者の爪痕や血の跡もコビリ付いている。取調室のテーブルの上はボコボコになっている。取り調べの様子の大体が想像できる。
「小説家になるぞ」の運営に聞いて私のパソコンを特定。石川県警から、任意聴取を受けていた。
「まさか、ペンネームと本名とが同じとは、立花さんも中々の人間ですな。しかも、この小説を読ませて貰ったが、結構、この事件の核心を付いておられる。
と言う事はですね、貴方が、この「ラブホ頭部切断殺人事件」の本当の共犯者じゃないんですか?」と、取り調べの刑事が、狡猾そうな目と声で、囁きかける。
「いや、この私の愚作、『人の生首の事件』は、新聞、テレビ、週刊誌、SNS上の書き込み等から、私が勝手に推理して書いたものです。現実に、「小説家になるぞ」のポイント数なんか、わずか20ポイントしか無いじゃないですか?それだけ、読者からの注目も少ないのですよ。
外の有名な作家達なら、一万ポイントはおろか数十万ポイントも貰い、書籍化や、あるいは漫画の原作、いわゆるコミック化にまでなっています」
「では、何故、貴方は、自分自体が疑われるかも知れないのに、捜査一課長宛に、自分の小説の、宣伝用の手紙を書いたのです?」
「それは、この話が、万一、新聞にでも取り上げられれば、読者数、いわゆる「小説家になるぞ」ではPV数と言いますがが、飛躍的に伸びると思ったからですよ……」
「PV数って、そんなに大事なんですか?」
「PV数とは、「小説家になるぞ」で、この小説を飛んだか、目を通してくれた人の数です。人によっては、数十万PVの作家さんもいますのでね……」
「しかし、この貴方の小説は、まるで真実を描いているようにも思えますが……特に、石川県警が金沢市民に極秘で設置した特殊秘密防犯カメラの件を、どうして知っているのです?」
「馬鹿を言ったら駄目ですよ!
これは、金沢市民なら皆、薄々、知っていますよ。
北陸新幹線開設後、都会型の犯罪が増えると思い、極秘で設置したと言うのは、都市伝説のように、金沢市民の間に広がっています。
但し、何処に設置したかは、石川県警の捜査一課内で見るにも、特殊なパスワードが必要ですがね」
「そこなんですよ。貴方は、あまりに内部情報に詳しい。これは、可笑しいではありませんか?」
「なあに、種明かしをすれば、私の甥っ子が、この石川県警に入庁しています。今は、科学捜査研究所の係長で、立花良一と言う者です。
ちなみに、この特殊秘密防犯カメラの設置位置や、その録画情報を見れる課は、捜査一課だけでは有りません。例えば、外に、生活安全企画課や科学捜査研究所のある程度以上の地位の者は、そのパスワードで、その設置位置や録画内容を直接見る事ができます。
私の甥っ子も、この事件のために設置された「ラブホ頭部切断殺人事件本部」の一員ですよ。で、彼なりに、色々調べてみたそうですが、このラブホ「ピンク・シャトー」の301号室は、普通の防犯カメラも含めて、最も死角になる部屋なのだそうです。
石川県警が誇る特殊秘密防犯カメラにも、当然に、完全な死角です。
こうなると、後は、実は推理のみで解決するしかない。
で、私は、この事件は、共犯者がいる、その共犯者は、下手をすれば、この石川県警の中に潜り込んでいるのでは?
と、そう言う思いで、この下手な小説『人の生首の事件』を書いたのです。
この小説の中でも述べていますが、犯人の女性実行犯は、その色気を用いて、石川県警の中から協力者を得たのでは無いか?
とすれば、その協力者は、結構若い者か、逆に、中年でスケベ親爺で肩書きもそこそこの人間ではないかと推理したのですよ。まあ、最初の第1章では、巡回中の若い警官としてますがね……」
「では、立花さんの考えでは、あの生首の消滅事件は、301号室の窓に、傷の残らない特殊な滑車を使っての、ビニール袋に入った生首と、着替えの入ったカバンとの入れ替えが、その大きなトリックだと、あの小説に書いてある通りだと言われるのですね?」
「そうです。しかもここでの最大の問題は、翌朝のゲリラ豪雨で、ラブホ301号室の真下に、もしかしたら、あの事件当時には、わずかに飛び散っていたかも知れない血痕などが、全て、綺麗さっぱり流されてしまった事です。
そして、事件から既に、三ケ月以上も過ぎています。今から、ソコを調査しても、如何なる痕跡も見つから無いでしょうね。残念ながら……」
「では、最後に効きますが、その生首やガイシャのスマホは、今、何処にあると思いますか?」
「私の推理、いや感が当たれば、コンクリート詰めのドラム缶か何かで、日本海の海底にあると思います。あるいは、白山麓の麓の山林の何処かに埋められていると思います」
「では、その頭部等の発見はできると思いますか?」
「いや、真犯人を捕らえなくては永久に出て来ないでしょうね。残念ながらね……」
「と、言われますと?」
「多分ですが、証拠があまりに少な過ぎます。多分、迷宮入りでしょうね」
この取り調べの話を聞いた、捜査一課長は激怒。
「その自称小説家を、別件で逮捕して、徹底的に締め上げたら、どうなんだ?」
しかし、これは、要するに「冤罪」を敢えて作り出すにも近い発言だ。
「課長。お言葉を返すようですが、あの自称小説家は、身障4級で、左半身はほぼ麻痺状態に近いですし、年齢も70歳前です。車の運転も何とかギリギリです。
あの体では、この事件に、仮にそれなりにアドバイスは出耒たにしても、遺体の頭部の受け取り等は、不可能でしょう。
それに、普段は、毎日家自宅にいて、近所に住む高齢の母親の介護をしています。近所の人が、毎日、朝・昼・晩、その母親の元に通っているのを見ています。
母親は、要介護者で寝たきりです。そのような状態では、下手な小説を書く事はできても、今回の事件への関与は、不可能では無いでしょうか?」
「うーん、確かになあ……」少し、冷静になった、捜査一課長は、己の発言の無理さを理解した。
しかし、このままでは、この私「立花 優」の予言した通り、この事件は、永久に解決しないのである。
マスコミ等には、更に県警の無能をあざ笑うような、記事が増えて行ったのである。
このまま、万事、休すなのだろうか?
それとも、一発逆点の、秘策があるのでもあろうか?