第3章 深まる謎
第3章 深まる謎
石川県警の中に、100人体制を誇る、「ラブホ頭部切断殺人事件本部」が、設置された。石川県警よりすぐりの精鋭部隊である。
しかし、非常に複雑な事件であった事は、間違いが無いのだ。
少し考えてみても分かるのだが、ラブホのユニットバスで、被害者男性の首を切断した事は、既に、確定している。
この、捜査本部で、今までに分かった事実を、抜き出してみた。
1.二人の歩く姿は、金沢駅西口(裏側)周辺の防犯カメラには、一切、映っていない。 なので、二人は、想像ではあるが、ラブホの近くにある有料コインパーキング(ラブホから徒歩1分程度)に車を止めた事は間違いが無い。
ここにも防犯カメラがあるにはあるが、絶対に映らない死角がある事も確認されている。
2.で、殺害現場は、ラブホ「ピンク・シャトー」のユニットバスである事は確定している。
3.しかも、そのラブホのテーブルには、度数の強い洋酒のジンのロックの飲みさしがあったが、そこからマイナートランキライザーのエチゾラム(商品名:デパス)の成分が検出された。エチゾラムは水に溶けやすく無臭で味もほとんどしないのだ(わずかに甘い)。エチゾラムを粉にし投入。このコップには被害者の唾液が勿論、確認された。
4.以上の事から、被害者は、ベンゾジアゼピン系の向精神薬が入って作用の増強した度数の強いジンを飲んで、入室後1時間頃には、既に、寝入っていた可能性がある。
5.で、この寝入った被害者をユニットバスまで引きずって、そこで、頭部を切断した。 相当量の血が流れた筈であるが、問題は、退出時の犯人らしき女性の服装は、入室前のものと同じであって、血痕などは全く映っていなかったのである。この場合、考えられる事は、同じ服に着替えたか、防水レインコートを着ての、切断行為を実施したかである。
すすきの事件では犯人は、レインコートを着て、首を切断した事が判明済みだ。
しかし、あんな程度の大きさのバッグなら、首切断要の糸巻き条型の糸鋸ぐらいなら、入れらるかもしれないが、着替えやレインコートなどは入らない。この事から、共犯者存在説が浮上した。多分、これもまず確定であろう。
6.しかし、当日の当該時間に、そのラブホに泊まっていたのは、その当該一組のみであった。他の部屋には、協力者は誰もいないのである。また、全室オートロックのため、警備員も置いていない。空き室か使用中かは、入店時に、タッチパネルで確認するだけなのである。
7.もう一つだけ、唯一、防犯カメラにも写らずに、当該ラブホの3階に入るには、非常階段から上り、内側から鍵を開けてもらう事だ。しかし、鑑識によれば、その非常階段や非常用ドアは開けられた痕跡が全く無いのだ。
8.また、当該ユニットバスは、部屋の入り口部分にあり、外部に全く面していない。
9.最も不思議なのは、石川県警が誇る特殊秘密防犯カメラには、全く映っていないのである。あたかも、その秘密防犯カメラの位置を事前に知っていたかのようだ。
10.更に、犯人と思われる女性が退出したあと、急激なゲリラ豪雨が降り、ラブホ「ピンク・シャトー」を直撃、1時間に45ミリの大雨である。この事により、ラブホ周辺の痕跡は、綺麗サッパリ洗い流されていた。
10.勿論、加害者と思われる女性の指紋、唾液、その他の証拠は、綺麗さっぱり消されていたのは、当然である。
11.なお、ラブホの窓は、開け閉め可能であった。行為後の独特の匂いを消すために、開閉は既に何百回もされていた。
本来はこのような窓は絶対に開かない構造になっているのだが、日の当たらない部屋のためか構造上の欠陥か、開閉可能だったのだ。しかも、二人が泊まったこの301号室は、道路側から裏側にあり、いかなる防犯カメラにも写らない死角だったのだ。
以上の事を鑑みるに、これは犯行前から、特殊秘密防犯カメラの位置の秘密も、犯行後のゲリラ豪雨も全て計算されていて、この生首切断が決行されたと言う事でもあるのだ。
だが、もしこれが事実なら、実行犯は異常な知能犯だと言う事になる。
しかし、いくら知能犯でも、警察、しかも捜査一課程度の者しか知らない筈の特殊秘密防犯カメラを、完全に避けているのには、何処か、違和感を感じるのだ。
あまりこう言う事は、思いたく無いのだが、まさか、捜査一課内に共犯者や内部協力者がいるので無いのだろうか?
それ程の疑いを、捜査一課の係長は持ってしまった。
そこで、自分が絶対の信頼の置ける一警部に、捜査一課内の刑事達のその日のアリバイを、徹底的に調べさせた。しかし、全員、鉄壁のアリバイがあったのである。
ちなみに、冒頭に出て来た、北川恭子と関係を持って、2年前、この捜査一課に異動してきた元巡査で、その後刑事になった竹本雄一は、今年の4月に、生活安全企画課に、異動になっており、もはやこの捜査一課には、陰も形も無かったのである。
なお、一つだけ進展があったとすれば、被害者の男性の身元が判明した事だ。
今、世間を騒がさせている、日本最大級の中古車販売業者のビックリモーターの元店長で、10年前にこの金沢市で独立。
あくどい商売で大いに儲け、羽振りも良いが、特に、女性関係が派手であったと言う。多分30人以上の愛人がいたらしい事が判明。
そこで、県警は、この愛人達を調べようとしたものの、メッセージ送信後、即、データーが消える特殊なメール、あのテレグラムやシグナルに似たSNSを使っており、なおかつ全て源氏名であったらしい。……らしいと言うのは、ガイシャのスマホが見つからないからだが。
これでは、こちら方面からの捜査も、また、難しい事が判明した。
何しろ、メール送信後は、自動的にメールは消えるので、以前の女性の履歴など、調べようが無いのだ。
今回のラブホ事件の場合、その最も重要な、被害者の生首とスマホは、持ち去れていたのだ。通話や連絡記録も、当該スマホが無い以上調べようが無いのだ。
正に、暗中模索の事件であった。
やがて、一ヶ月、やがて二ヶ月、三ヶ月経っても、全く、犯人は捕まらない。
これにシビレを切らして、新聞やテレビは勿論、全国的に有名な週刊誌、SNS上でも、この問題は大々的に報じられ続けた。
しかし、ラブホの防犯カメラに、あまりハッキリ映っていない画像ぐらいが、雄一の証拠であり、当該県警が誇る特殊秘密防犯カメラにも、全く映っていないのだ。
この特殊秘密防犯カメラに写ってさえいれば、例え、マスクやグラサン等を付けていても、最新型のAIである程度の想像人相画像が作れるのだが、何度も言うように、この特殊な防犯カメラには、全く映っていないのだ。……もう、どうしようも無い。
これは、下手をすれば、「迷宮入り」かも、と、捜査一課長、係長も、思い始めた時である。
そこに、一通のパソコンで打った手紙が、捜査一課長に届いた。差出人は、「立花 優」となっている。
手紙の内容は、
「パソコンを開いて、WEB小説投稿サイトの「小説家になるぞ」の中の、私の投稿した小説『人の生首の事件』を読んで見て下さい。私なりの、推理が書いてあります」と書いてあったのだ。
「係長、何だこの「小説家になるぞ」とは?」
「いわゆるWEB小説投稿サイトの一つです。日本最大の会員数を誇ると聞きます」
「いや、こいつが、実は女の犯人の本当の協力者じゃ無いのか?まず、こいつを、任意聴取だ!」
「まず、「小説家になるぞ」を読まれなくてもいいんですか?」と、捜査係長が聞く。
「三文作家の小説なぞ、読む必要も無いわい。直ちに、何処の何奴か調べてくれ」