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不運の女神、譲られました  作者: 白瀬あお
二章 女神は不要品を捨てます
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ソールがべろん

 レストラン前の大木の下で撮りたいというマキちゃんに引っ張られ、わたしたちはレストランの玄関ポーチに出た。

 結婚間近のカップルのテンションは常人ではない。マキちゃんとケンくんは、隙あらばぶっちゅう、を繰り返している。当てられるこっちとしては、うちわの二枚や三枚はほしい。でもふしぎと嫌な気分じゃない。まだ振られてから十日も経ってないわたしには、ふたりがひたすらまばゆく見える。いいなあ。マキちゃんも、かれんさんも。

 わたし自身は、まだまだ新人に毛が生えたようなものだから、しばらくは仕事が恋人……なんかうん、その必要もないのに寂しくなってきたからこの辺にしておこう。 

 外に出ると、大木にあしらわれたイルミネーションが、ふたりを祝福するように光を注いでいた。どんな季節でも、夜のイルミネーションは心が躍る。わたしはふと思いついて、マキちゃんに向かってスマートフォンを構えた。

 どうせなら、わたしとじゃなくてケンくんとのツーショットを撮ってあげよう。


「おふたりを先に撮りましょう。そこに並んで」

 ふたりともノリノリで、レストランの玄関ポーチに並ぶ。カメラ機能を起動して構えると、ケンくんが顔の横でピースを作ってマキさんを抱き寄せる。「3、2、1――」

「うわっ?」


 背後からなにかに引っ張られ、わたしはのけぞった。スマホを落としそうになってうしろにたたらを踏むも、地面があるべき場所にはなにもなかった。


「わわっ」


 玄関ポーチの段差の端までいつのまにか下がっていたと気づくまもなく、踏ん張ろうとした足が浮く。パンプスのソールが半分ほど垂れ下がったのが見え――わたしは地面に尻をついた。


「なおっぺ、だいじょーぶ!? ちょ、靴やばい、きゃははは」

「派手にいったなー! 足の裏、見えてるじゃん」


 お腹がよじれそう、と笑うふたりを押しのけて譲くんが無言で近づいてくる。手を出されて、わたしはきょとんとした。「立てって」と急かされる。

 ああなるほど。手を貸してくれたのか。大河さんと付き合っていたときにはなかったことなので、助けの手を出されたのにしばらく気づかなかった。


「ありがと」


 譲くんの手をつかんでなんとか立ちあがった。気恥ずかしいな。意外に、いや意外でもないか、あったかい手だった。

 ふと気配を感じてふり返ると、見知らぬおばあちゃんが背を丸めて立っていた。手に細い糸をつかんでにこにこしている。


「羽織りの裾に糸がついとって、取っといてあげたでな」


 おばあちゃんはそう言って、にこにこと去っていった。


「……」

 わたしははっとしてジャケットの背中を見る。ほつれた糸が出ていたのか。おばあちゃん、せめて声をかけてから引っ張ってほしかった……。

 糸だけ引っ張ったんじゃなくてジャケットごと引っ張ったよね、おばあちゃん。身の危険を感じたよ。

 引っ張られた理由がわかって落ち着いたのもつかのま、今度は右足がすうすうする。


「うそぉ」


 パンプスの底が剥がれていた。予兆もなんにもなかったのに、いまがれなくてもよくない? 情けない声を上げてしまう。

 すると爆笑するマキちゃんたちを無視して、譲くんが真顔で手を出した。


「スマホ貸して」

「ん? うん、はい」


 けげんに思いつつスマホを渡す。譲くんは無表情でマキちゃんたちに向けてスマホを構え、「3、2……」と数えだした。


「ゆずるん、待って待って! ケンくん早く!」

「1……」

「ゆずるんせっかち! ちょ待て、髪が……っ」

「0」


 シャッター音は夜空に無情にも響いた。譲くんはさっさと撮り終えるとすたすたと会場に戻る。


「さっさと打ち合わせする」

「あっ、だね! じゃあマキさんもケンくんもまた……! おめでとうございます! お幸せに」


 ありがとぉ~というハイテンションな返事を背に、わたしは靴のソールで木の床を鞭のように鳴らしながら譲くんを追った。




 プランナーさんは三十二歳のキャリアウーマン風の女性で、わたしがソールをべろんべろんさせて打ち合わせ用の小部屋に入っても笑うそぶりすら見せなかった。さすが。


「苑田様からは、当日のお衣装のみお伺いしております。こちらですね」


パーティーでかれんさんが着る予定のドレスの写真を見せられ、わたしは歓声をあげた。膝下丈の白いドレスは軽やかで、重ねられたシフォンが美しい。ますます妖精感が高まってしまう。この世の人間じゃなくなってくるのでは。天使か。

 笑顔で初対面の人間に結婚パーティーの幹事を強要したひとだとは、誰が思うだろう。


「お花は提携のフローリストがおりますので、そちらとお打ち合わせをお願いします。それから当日のお料理ですが――」


 かれんさんはハワイでハネムーンを兼ねた挙式ののち、帰国をしてから披露宴と二次会の中間みたいなパーティーを行う。俗にいう1.5次会というやつだ。

 幹事を引き受けると決めた日、わたしは帰りに書店に寄って結婚情報誌を片っ端から買った。そしてその情報量の多さにおののいた……が、今もまたおなじおののきに身を震わせるしかない。

 お料理やケーキ、飲み物などといった、わたしにも想像しやすい項目だけじゃない。ナフキンの素材、色。席次表の紙、色、デザイン。椅子の背中にリボンをつけるか否か。ドアの取っ手を飾るか否か。エントランスホールの飾りの種類、高砂席のスタイル。エトセトラ。


 疲労を背負ってレストランを出ると、お酒で火照った顔が春先の夜気にひんやりと撫でられた。


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