巻きこまれました
直央が目をまん丸にして固まるから、俺はもしかして言葉を間違えたかとうろたえた。
「ゆ、ゆずっ、譲くん」
「なに?」
「近い……!」
直央の頬が真っ赤だ。そのくせあたふたとベンチの端に逃げようとする。
俺はむっとして、直央の頬を両手で挟んだ。やっぱり熱い。
「ゆぐるるん!」
譲くん、と言ったんだろうな。俺が頬を挟んだせいで、口元がひしゃげている。
「ん」
「あわいかっ……」
「悪い、なに言ってんのかわかんない」
頬に当てた手の力をゆるめると、直央が水から上がった人間のように「ぷは」と息を吐いた。
「だから近いって言ったの」
律儀に言い直すのが可笑しい。ちょっと怒った風なのも。
「あのさ、こういうときはまず返事じゃねーの?」
限界まで顔を火照らせた直央は、面白い顔をしていた。目があちこちをさまよって、きょろきょろしている。
「そ、そうだよね。なんかもう、いかにさりげなく伝えるかって考えるばかりで、ほかのことはなんにも考えてなかったから」
「いいから、返事」
「ひゃい」
「ひゃいって、噛んだ?」
「噛んだ」
直央が悔しそうに唇を噛む。
挟んだ手で直央の顔を引き寄せて唇をついばんだ。また直央の目が見開かれる。目ん玉落ちそうだな。
「こんなのでもよければ、いくらでも……」
もごもごと直央が言う。いつもの威勢はどこへ行ったんだか。
直央の肩越しに、ベンチの脇に置いた紙袋が目に入った。描き上がりまであと一歩のウェルカムボードに、すずらんの花。
不運の女神? とんでもない。
「直央がいい。なんかいつまででも笑ってられそ」
幸運に、巻きこまれたな。それも特大の。ああもう、離したくねー。
「譲くん!? 笑ってくれるのは嬉しいけど、お笑い要員ではないからね?」
幸運の女神がさらになにか言おうとする前に、俺はその口をふたたび塞いだ。
(了)