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不運の女神、譲られました  作者: 白瀬あお
五章 女神はキメようと思います
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すやすや寝ちゃだめでしょう!?

 つい大きな声を出してしまい、わたしははっと店内を見回した。よかった、おしゃべりに興じているひとばかりで誰にも注意を向けられずに済んだみたい。

 ってなにも解決してない!

 問題はすでにケーキも食事も最終の発注を終えているということ。今さら変更はできない。

 そのほかだってそう。ひとつひとつ、かれんさんに確認をとって、予定された会費でお花もペーパーアイテムも決めてきた。

 それを今さらひっくり返す!?

 だというのにどれだけ訴えても、キノコ幹事には一向に伝わってる感じがしない。頭の中までキノコなんじゃ……? いや、それは失礼か。


「かれんさんは絶対喜ぶと思うんだよねー。かれんさん、ああ見えて毒のある遊びが好きだからさあ」


 わかる、と思わず同意してしまった。外見は可憐なのに、中身は図太ずぶとい(いい意味で)。そんなかれんさんなら、きっと喜んでくれるはず。譲くんがこれまでに選んでくれた装飾もケーキも、一癖あるものばかりだったし。

 できないとは言いたくない。


 わたしだって、かれんさんが喜ぶなら全力で叶えたい気持ちはおなじなんだから。


「ああもう、わかりました!」


 話し合いの時間が惜しい。クイズをやるなら回答用の道具だっているし、景品も用意しなければならない。

 わたしは紙コップに残っていたカプチーノをひと息に飲み干し、タァン! とテーブルに叩きつけた。口元にはフォームドミルクの髭ができていたが、今はそれどころじゃない。うそです、それはちゃんとぬぐっておこう。社会人だからね。

 お金のやりくりは、行動しながら考えることにした。とにかく時間がない。


 その瞬間、ドレスのことなどはるか彼方に飛んでいった。


 紙コップをゴミ箱というゴールに無事シュートし、肩をそびやかして店を出る。

 わたしはドレスを求める蜂から、クイズの道具と景品を求めて街を徘徊するゾンビへと、またたくまにジョブチェンジした。


 景品をなんとか揃え、クイズをできる状態にして家に帰ったのは夜も更けた九時過ぎだった。

 わたし、よくやったよね。相づちをしてくれるひともいないので、靴を脱ぎながら自分で自分を褒める。

 ともあれ、最低限の用意はできたのでほっとした。当日の時間配分を変えたいという話も、プランナーさんには申し入れ済みだ。

 ドレスについても、友香という最終兵器を発動させた。


【友香、なんかいいパーティードレス持ってない? あったら貸して! 買いにいったけど惨敗した】

【そんな予感してた。オッケー、直央に合いそうなやつ用意しとく】


 持つべきものは頼りになる同僚だ。友香はスレンダーだけれど、最近痩せたと評判? のわたしならたぶんなんとかなるはず。


「わたし偉い。不運にも負けず」


 雨にも負けず、風にも負けず。の心意気よ。

 さて、とわたしは買ってきたデパートのお惣菜とビールを片手に、パソコンを立ち上げた。さすがに夕食を作る気概までは持てなかったので。

 譲くんが作ってくれた進行表を組み直す。うん、なんとかなりそう……! 歓談の時間が少なくなってしまったけれど、余興で出席者同士が交流できるなら大丈夫かな。再度チェックして、プランナーさんに送信する。


 すべてを終えてからふたたびスマホを確認したけれど、相変わらず通知はなかった。

 幹事のグループチャットも、既読の数が幹事の数と合わない。未読は譲くんだろう。

 心配になり、わたしは航空会社のホームページを確認した。譲くんの乗った便は無事に到着していて、ほっとした。でも、とまたむくむくと心配が膨らんできた。

 飛行機は無事についても、その後のトラブルに巻きこまれている可能性はゼロじゃない。というかまさか飛行機に乗ってない、なんてことは……ないよね?

 修正した進行表を、幹事のグループチャットでも共有するけれど、やっぱり既読の数は足らないまま。

 心配が胸の内側いっぱいまで膨らんでしまい、わたしはとうとう譲くん宛てに「着いた?」とメッセージを送った。

 大丈夫だよね? とスマホを握りしめるが強張る。

 ややあって着信音が響くと同時に、わたしはスマホを耳に押し当てた。譲くんの「もしもし」というたった四文字の言葉に、全身から強張りが抜けていく。


「やっと成田を出られた。……姉さんのなんとかギフトってのも俺が持たされた……」


 ちゃんと譲くんだ。自然と顔がほころんだ。

 なんとかギフトっていうのはプチギフトだな、きっと。かれんさんは、パーティーの参加者に渡すちょっとしたお土産を、ハワイで買ってくると言っていたから。

 いつもどこか気怠さのある声だけど、それにしても今日の譲くんの声は思った以上に疲労に満ちている。


「お疲れさま。ちゃんと日本に帰ってきてたんだね。十七時着の便って聞いてたから、無事に着いたかなって心配してた」

「あー……あれ、また巻きこまれた……フィリピンからの……バックパッカー……今やっと電車……」


 話が間延びして、途切れ途切れになっていく。声もぼんやりと気が抜けたものに変わって。眠気に抗っているのがありありと伝わってきた。


「譲くん? 寝ちゃまずいって。乗り換えあるんでしょ?」

「じゃあ、なんか目の覚めるような話して……ホラー以外で……眠い……確実に終点いくわ……」


 わたしはパソコンのモニターの右下に目をやった。二十一時半。

 寝過ごして終点までいってしまったら、乗り換えてつくばに戻るころには深夜だろう。接続が悪かったら、つくばへの終電を逃してしまうかも。

 プチギフトだって、五十人分となればそれなりにかさばるだろう。つくばまで持ち帰って、また当日持ってこないといけないのは大変では?


「もし終点までいっちゃったら、うちにきたらいいよ。荷物もうちに置いたらちょうどいいし。場所覚えてる?」

「そうする……」


 それきり、譲くんの返事が途切れた。譲くん? と呼びかけてもなにもない。通話したまま寝落ちしてしまったらしい。


 わたしは届かないと知りながら、小声で「お疲れさまでした」と笑って通話を切った。




 スマホをテーブルに置き、譲くんが無事に帰ってきた安堵にしみじみと浸ったわたしは、はっとわれに帰った。

 よくもあんな風に堂々と誘えたよね。自宅に、男性を。

 そうする、ってつまりなに? 譲くんがここに来るってこと? うそ、なんで。

 間違いなくわたし自身が誘ったからだけれども。なんてことをしちゃったんだ。やばい。部屋の掃除!

 わたしは部屋を見渡して頭をかかえた。できることなら悶絶して転がりたいほどだけど、残念ながらそのスペースさえ今はない。だってこのところ残業続きだったし! ご飯を食べるだけで精いっぱいだったんだってば。


 寝室のベッドには、会社に着ていこうとしてやめた着替え候補たちが散乱する。

 キッチン隅のゴミ箱の縁からは、コンビニの惣菜容器がいくつも顔を出す。

 目を皿にせずとも、床に髪の毛が落ちているのだって気づく。

 キャンバスを立てかけたイーゼルのそばには、水彩絵の具が出しっぱなしだ。ローテーブルの上は、未開封のダイレクトメール類の山。そして開封済みの缶ビール。

 極めて女子力の低い光景に、わたしの酔いは一瞬で覚めた。

 掃除機……はこんな深夜にかけられないから、小走りでワイパーをかける。

 目についたゴミは片っ端からゴミ袋に入れていく。

 キャンバスには布をかけ(これはサプライズだからね)、絵の具はまとめてクッキーの空き缶へ。

 ベッドに放り投げたままの洋服はクローゼットに押しこむ。

 クロゼットの中の収納ボックスから新しいシーツを出し、シーツを取り替える。来客用のタオル類も取りだす。


 ゴミ出しを終えたその足でシャワーを浴びる。そこはね、ほら。やっぱり女心というものがあるからね。手を抜けないときというものはある。

 譲くんには伊吹さんがいる。なにか起こるはずもないってわかっているけれど。

 ……っていうかわたし、彼女に悪いことをしたのでは!? さあっと青ざめた。恋人が別の女性の家に泊まったなんて、修羅場の未来が見える。まずい。伊吹さんが怒るのはいいとして(よくないけど)、譲くんが傷つくのは嫌だな。今からでもお断りする?

 などといまさら悶々と悩みだしたとき、インターホンが鳴った。

 こうなったらしかたがない。もし伊吹さんに追及されたら、幹事仲間として荷物を預かるだけだ、ということにしよう。嘘じゃないし。わたしは心の内で言い訳をして早足で玄関へ向かう。ドアを開ける。


「来たわ」


 カーゴパンツにナイロンパーカを羽織った譲くんが、キャリーケースのほかに大きな土産物袋を提げて立っていた。

 髪の毛がぼさぼさだ。目もうつろ。ゆらゆら揺れているようにも見える。

 よれよれという言葉がぴったりだ。

 それでもちゃんと、譲くんだった。重たい前髪に隠れかけた優しい目も、ぶっきらぼうな話しかたをする口元も。なにからなにまで、譲くんだ。久しぶりだなあ。


「どうぞ、譲くん。――お帰りなさい」


 譲くんが驚いた風に目を見開く。

 ほとんどまぶたが落ちそうだった目に一瞬、光が戻って。


「帰ってきたって感じしたわ。……ただいま、直央」


 そう言った直後、譲くんの体が揺れ、わたしの肩にもたれかかった。





 もたれかかった譲くんを手で押し留め、どうにかダイニングキッチンまで歩いてもらう。


「シャワーにする? それとももう寝る?」

「寝る……」


 譲くんは言いながらソファにダイブした。コンパクトなふたりがけのソファの端から、譲くんの足がだらりとはみ出した。


「ベッド使って……! ソファじゃ疲れが取れないって」

「むり……起きれない」

「ハワイってそんなに疲れるんだっけ……?」


 一週間は向こうにいたのだから疲れるのは当然として、時差ぼけとも違うような。


「バックパッカーがスマホ……忘れて……機内……俺が……なんか引き取るはめに……パスポートも捨てたとかふざけたこと言うから……探して……」

「うん、わかったからもういいよ? お疲れさま」


 ほんとうはまったく意味がわからない。でもなんとなく、バックパッカーの災難に巻きこまれたんだろうなというのは伝わってきた。譲くんはバックパッカーを放り出せずに一緒に対応したんだろう。

 わたしは寝室のクロゼットから毛布を運んできて、譲くんにかける。


「わたしは明日、ビッグサイトに出勤するけど、譲くんはゆっくりしてくれていいからね」

「んー……展示会?」


 譲くんがかすかに目を開ける。


「そう。明日が準備の日だから」

「んー……頑張れ、直央。もっかいあれやって」

「あれ?」

「お帰りっていう」


 そんなに気に入ったのか。日本が恋しかったのかな。

 ソファの背もたれに向かい合うようにして横になった譲くんの前髪が、譲くんの目にかかる。あっというまにまぶたが落ちたみたいだ。

 眠気でぼんやりした声は、いつもより甘ったるい。胸の奥がうずくなあ、もう。


「お帰りなさい、譲くん」


 わたしは譲くんの目にかかった髪を払おうと手を伸ばす。そのときだった。頭をかがめたわたしの首裏に、譲くんの手が伸びてきて。


「――ただいま」


 息をのむ。


 鼓動が派手な音を打ち鳴らす。

 心臓が破裂しそう。


 ただいま、じゃないよ譲くん。

 頬にキスしておいて、すやすや寝ちゃだめでしょう!?

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