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不運の女神、譲られました  作者: 白瀬あお
五章 女神はキメようと思います
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頭、痛いよねー……

「更衣室でなーにしてんの、直央」


 部屋の隅にキャンバスを立てかけ、色を乗せるのに励んでいたわたしは、友香の声にふり返った。


「これ? 譲くんのお姉さんの結婚パーティーにウェルカムボードを飾ろうと思って。最後の追いこみ。もうあんまり時間がないんだよね」


 ウェルカムボードの存在を、わたしはプランナーさんに相談して初めて知った。パーティーの受付に飾っておくと出席者にも喜ばれるのだという。

 わたしは意気揚々とパーティーの招待客全員の顔をウェルカムボードに描きこむという計画を立てたはいいものの、ここへきての激務と大河さんに時間を取られるおかげで、思うように進んでいなかったのだ。

 参加者の写真はいろんな口実を作ってかれんさんや譲くん、劇団のひとたちからも集めたというのに。

 五十人の顔をそのひとの特徴がわかるようにかき分けるのは、なかなか至難の業でもある。パーティーまであと一週間を切ってしまった現状、わたしは足りない時間を捻出するために仕事の昼休みを絵を描く時間に充てていた。


「だからって会社でやる?」


 友香が呆れたとばかりに、更衣室の中央に設置されたベンチに腰かける。はい、と野菜ジュースの紙パックとカロリーバーを渡された。「助かる」と受け取ってカロリーバーの包装をく。


「自分がせてきてんの、わかってる? 目元もくまができてるし。花嫁よりあんたがエステに行ったほうがいいんじゃない?」

「それでかー。今日、スカートがやたらと回るなと思った」


 わたしはタイトスカートの腰周りに指を差しこむ。おっと、たしかに隙間ができているな。


「あんたは夢中になると、我が身をおろそかにするとこあるよね。幹事終わったら早く彼氏作んなさいよ。直央の面倒を見てくれる彼氏」

「そんな簡単に作れるものじゃないでしょー」


 わたしは、もそもそとカロリーバーを野菜ジュースで流しこむ。


「だから苑田はお勧め物件だったのに。なんだかんだ言って、直央のこと面倒見てくれたしさあ。マウント女に遠慮してる場合じゃなかったんだよ? わかってる?」

「……だよねえ。なんかいろいろ遅かったかも」


 ぽつりと漏らすと、友香がぎょっとした。


「なに、苑田となにがあったわけ?」

「譲くんは明日には帰ってくる予定だよ」


 カロリーバーを食べ終え、わたしはふたたび絵筆を手にした。まだ休憩時間終了まで二十分はある。


「そうじゃなくて、恋愛的ななにかが進んだわけじゃないの?」

「違うって。こう……いいなあと思ったときには手遅れだったっていう意味で。ううん、手遅れじゃなくたって、わたしから行ったらまず間違いなく不運に巻きこみそうだからこれでよかったのも」


 友香が唐突に訳知り顔で腕を組んだ。


「なるほど。やーっと気づいたわけか。それでせめてこっちは頑張るって? それは張り切るってものだよね」

「友香、鋭い」

「なに言ってんの。体質を気にして臆病になったあげく、自分の気持ちに鈍いのがダメなんでしょ」


 うっ、筆が滑りかけた。危ない。図星すぎて笑うしかないけど。


「返す言葉もなーい」

「直央の気持ちはわかるけどね。恋愛は連敗中だもんね。しかもクズ間瀬に引っかかったら臆病にもなる」

「わたしの周りは手厳しいひとばっか……」

「愛ある助言と言いなさい。でも、相手が付き合ってたって、手遅れにはなんないじゃん。そっちが別れるまで待つとか、取るとか、やりようはあるでしょ」

「恋愛猛者(もさ)……!」


 不穏な言葉を堂々と放つ友香に、怖いを通り越していっそ感心してしまう。師匠だ、師匠。


「取るのはちょっと。譲くん自身がそういうの嫌だと思うし」

「じゃあふたりが別れるのを虎視眈々と狙え。いい? あざとマウント女に好きな男を遠慮してんじゃないわよ。あんたにはガッツがあるでしょ! 待ってるくらい、誰にも迷惑かけないんだから」


 友香がぴしりと断言する。

 ふたりで顔を見合わせ……噴きだした。上手くいく見込みなんかまったくないのに、友香の言葉のおかげで心が軽くなった。

 そうだよね。ふたりがどうなるかということと、わたしの気持ちは別だ。わたしの気持ちを大事にしないと。


「で、ドレスのサイズは大丈夫なの? それだけ痩せると、見栄えしなくならない?」

「……ドレス……ドレス? ……忘れてた!」


 わたしははっとして勢いよく立ちあがった。

 仮にもパーティーに参加するというのに、当日の服装についてなにも考えていなかった。そういえば靴を買おうと決めていたことさえ、パーティーの準備やなにやらですっかり頭の隅に押しやられていた。

 譲くんの大事な家族の大切な時間に、仕事のスーツでなんて行けやしない。


「友香、ありがと……! 買う、すぐ買う。明日買う! ってああー!」


 招待客の顔から絵の具がはみ出てしまい、わたしはつかのま魂を抜かれた気分になった。だめだだめだ、と慌てて水を塗り色を吸いとる。これってもしかして不運? ……じゃないよね、ただのうっかりだ。気をつけなくては。


 わたしはリカバリーにいそしみつつ、脳内のやることリストの最上段にドレスの購入を加える。


 ところがただのうっかりなんて、これから起きることに比べればほんお序の口だった。





済まなそうな顔でバックヤードから戻ってきた店員を見た瞬間、だめだったか……と膝から力が抜けそうになった。真っ白な床にぼんやりと輪郭りんかくが映るのが目に入って、ぐっと踏ん張る。


「申し訳ありません、お客様。こちらのサイズだけ、在庫が切れておりまして……」


 首を横に振って礼を言い、わたしはレディースファッションのショップを出る。

 嫌な予感がすると思ったら、またこれだ。

 パーティー直前の土曜日、わたしは張り切って街に繰りだしていた。もちろん、パーティー用のドレスを購入するためだ。

 ところが、よく仕事着でお世話になっているショップに向かうと、その店は今日に限って臨時休業だった。

 しかたなく訪れたのがさっきのショップだけれど、冒頭の言葉どおりわたしのサイズだけが見つからず。

 いやいや、まだ二軒めだ。まだなんとかなるはず。わたしは駅ビルを出て街をさまよう。


 ――そして。

 その次のショップで「これなら」と思って手に取ろうとしたドレスは、横から伸びてきた別の客の手にさらわれ。

 四軒めでは、「まあいけそう」と思ったドレスをお会計する直前、紙コップに入ったコーヒーを手にした客にぶつかられてドレスに染みがつき。

 五軒めでは、そもそもパーティードレスだけがすべて売り切れた直後だという謎の現象に遭い……。

 まずい。このままではドレスを手に入れられないまま一日が終わってしまう。

 靴はなんとかなっても、ドレスはスーツで代用できない。手持ちの服では華やかさがどうしても足りない。アクセサリーで盛ることも考えたけれど、それにしたってわたしの服はカジュアル寄りで、どうにも場違い感が出てしまう。

 わたしは花から花へと飛び交う蜂のごとき素早さでショップからショップへと渡り歩く。

 ドレスに合わせるためにと思って履いたエナメルのパンプスのなかで足が悲鳴を上げても、音を上げることは許されないのだ。


「――お客様、これなんかいかがでしょう? 春のお式にぴったりですし、お客様の白いお肌にも映えますよ」


 青みの強いピンクの、透け感のあるセットアップを進められ、わたしは唸りつつ頭の中で自分との打ち合わせを開始した。

 甘々ピンクを着る歳でもないと訴えるわたしと、でもこれを逃したら着られるパーティードレスなんて見つからないかもしれないと危惧きぐするわたし。

 ――でも、パステルピンクってイタくない? 二十代前半ならともかく。

 ――なに言ってるの、えり好みしてる場合じゃないよ、直央。白じゃなければよしとしなさいよ。

 脳内会議は難航を極め、わたしは折衷せっちゅう案でお取り置きをお願いした。このあとめぼしい服が見つからなければ、最後にこの店に戻ればいい。


「お待ちしてまーす!」


 元気が取り柄だろうなという感じの若い店員に苦笑して次の店へとハンティングに向かう。ひとつ「保険」があると思えば、これまでよりはいくらか気分がましだけれど、それでももっと年齢なりの落ち着きとか色気とかがほしいという欲求にあらがえない。

 参加者は新郎新婦を見にくるのであって、司会を見にくるわけじゃないのにだ。

 ほら、ひょっとすると譲くんが「おっ」と思ってくれるかもしれないし?


「って、それはないか」


 わたしはスマホをなんとなしに確認する。今日いちにちで何度見たかしれない。けれど、今もスマホはなんの通知も寄越さなかった。

 こっそり肩を落とす。譲くんは今日には帰ってくるはずなのに。連絡をくれるかもなんて甘かったかな。

 でもどうなんだろう。譲くんが伊吹さんとヨリを戻したなら、わたしに連絡を寄越すのも……それはそれでもやりそう。

 気を取り直し、わたしは引き続き鷹の目でパーティードレスを探した。

 けれど、どこへいっても目的は果たせず、ということですごすごとさっきのショップへ戻ってきた。

 大丈夫、わたしにはここの服がある。


「あーっ、お客様すみませーん。実はあのセットアップ、別の店員が取り置きに気づかないまま売ってしまいまして……!」

「うっそ……」

「ごめんなさーい!」


 平謝りするテンション爆上がり店員にも文句を言う気力もなし。全敗。膝をつかなかっただけ褒めてほしい。

 張り切るとすぐこれだ。これでもかとばかり不運が続くと、呪われているのかと思いたくなる。

 物心ついたときから不運体質と付き合ってきたけれど、今ほど歯噛みしたときはないかも。

 一瞬、二股を目撃した場面が頭をよぎったものの、あれは自分の体質よりも大河さんを呪うやつ。


 不運に打ちひしがれていると、ポン、とメッセージアプリの通知音が鳴った。

 グループチャットのほうにファイルが一件送信されている。もしかして、と逸る気持ちでアプリを立ちあげたけれど、送信者はわたしが待ちわびていた相手とは別の人間だった。

 送信者はクサビラさん。お願いしてあったプロフィールムービーだ。

 わたしは近くのコーヒーチェーンでコーヒーを片手にイヤホンをしてそのムービーを再生させる。


「え……ちょっとちょっと……これ、聞いてないよ……?」


 プロフィールムービーといえば、新郎新婦の来歴を紹介するもの、だと思う。そこには笑いあり感動ありのドラマがあるはずだ。そうであってほしい。

 しかしそのプロフィールムービーは、随所ずいしょでぶちぶちとブラックアウトする。

 わたしは居ても立っても居られず、クサビラさんに電話をかけた。お店のなかなのにごめんなさい。すぐ終わりますから!


「ムービーを確認したんですが、なんでこれファイルが切れてるんですか……?」

「あーそれ? えっとねー、合間にリアル演技を入れようと思うんだよね。でもって、そこにクイズを挟んだら面白いと思わない? 余興にもなるし、会場じゅうが一体感に包まれると思うんだよ!」

「一体感……はいいんですが、クイズって」

「だーかーらー、プロフィールに絡めたクイズをやるんだって。で、新郎新婦に答えを演じてもらうわけ。いいと思わない?」


 頭が痛くなってきた。アイデアはいいと思う。盛り上がるだろうとも思う。けれど、このムービー……。


「クイズや演じる時間を考えたら、進行表から大幅に書き換えないといけないじゃないですか」

「そんなのちょちょっとほかを寄せたら入るっしょ! あとこのクイズの景品を用意してくんない? そのほうがぜったいウケるから」

「予算だって、もうほとんど使いきってるんですけど」

「そんなん、ケーキのランク落としたら余裕っしょー。俺らはケーキなんか食わないんだし、ランク落としたって誰も気づかないって」


「そういう問題じゃありません!」


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