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不運の女神、譲られました  作者: 白瀬あお
四章 女神は気づいてしまいました
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順調すぎて怖い

 譲くんが伊吹さんとよりを戻そうが、大河さんと伊吹さんがどうなろうが、まずはかれんさんのパーティーだ。

 それだけは、わたしが請け負ったんだから。


「――はい、ではこれで最終確認完了ですね」

「よろしくお願いします。あとこれが当日の進行表の最終版です」


 わたしは譲くんが作ってくれた進行表を、プランナーさんに渡す。

 土曜日の昼前、わたしはパーティー会場のレストランにふたたび足を運び、プランナーさんと最終打ち合わせをしていた。

 今日は譲くんは休日出勤らしく、打ち合わせはわたしひとりだ。譲くんには同行できなくて悪い、と謝られたけれど、激務の合間を縫って進行表を作成してくれている。

 わたしのほうがレストランには近いのだから、これくらいはわたしがやらないとね。


「ところで、こちら苑田様のご友人様からお送りいただいたのですが、こちらではお預かりできかねまして」


 いったん席を立ったプランナーさんが持ってきたのは、両手に抱えるほどに膨らんだバルーンと、その中に飾られたウサギのぬいぐるみだ。ふわふわのウサギは「Happy Wedding」と書かれたプレートをかかげている。


「かわいい……!」


 誰かが誰かの幸せを心から祝って、願っている。その気持ちが、プレゼントにこめられている。


「わかりました。いったんわたしが持って帰りますね。当日は朝から搬入できるんでしょうか?」

「もちろんです。当日は小牧様、苑田様両名の貸し切りとなっておりますので、ご自由にご利用ください。夜はレストランの営業をしますので、十六時には退出をお願いしますが、それまではどうぞゆっくりおくつろぎください」

「ありがとうございます」


 用意された紙袋に入れたバルーンを大事に抱え、わたしはレストランを出た。

 ひとがひとを思う気持ちが形になって、誰かの心をあたためる。関係のないわたしまで、笑顔をもらった。

 気持ちを壊さないように、大事に守って持ち帰る。わたしのキメどきは残念だからいつも天の神様に邪魔されるけれど、せめてひとのキメどきには力を貸せるように。

 わたしはマンションに戻ると、描きかけのキャンバスの横にバルーンを並べる。それからキャンバスのかけ布を取り、筆を握る。ウェルカムボードには、仕事の合間にちまちまと描き続けた招待客のラフスケッチと、中央にかれんさんと旦那様の笑顔。わたしはそこに色を足していく。


 天の神様、女神からのお願いです。

 譲くんとその家族が笑顔でありますように。いつまでも幸せでありますように。この気持ちだけは、邪魔しないでください。

 どうか、想う気持ちが届きますように。





 定時退勤日の水曜日を超えた翌木曜日って、週のなかでいちばん精神的にキツい曜日だと思う。

 二十二時。今日も今日とて残業をなんとかこなしたわたしは、玄関でパンプスを放り投げた。どうにかコンビニの買い物袋をローテーブルに置き、よたよたとソファにダイブする。


「疲れた……」


 ソファの弾力が優しくわたしを包みこんでくれる。しかしこのままではコンビニで温めてもらったラーメンが伸びる。もう一週間ほど、自炊していない。誰かがわたしのために作ってくれるあったかいご飯が食べたい。

 いよいよ展示会が目前に迫り、わたしは各所との調整に追われていた。来場者への配布物の作成、当日のプレゼンターの手配、機器の搬入調整……挙げればきりがない。営業のときも何度か展示会要員として駆りだされた機会はあったけれど、裏での業務がこれほど大量だとは新たな発見だ。

 わたしはソファにうつ伏せのままもぞもぞとジャケットを脱ぎストッキングを脱ぎ、スカートのファスナーをゆるめる。しばらく怠惰な姿を自分に許してから、気合いを入れて立ちあがった。スウェットに裾の伸びたカットソーを着て、夕食につく。

 深夜の部屋にずるる……とラーメンをすする音が響く。その音に、わたしが鼻をすする音が被さる。


「うっ……ううっ……」


 涙が止まらない。わたしは、パソコンで結婚式の動画を見ていた。

 近ごろは、一般のひとでも自身の式の様子を投稿しているものなのだ。このところ、わたしは家でご飯を食べながらそれらの動画を見るのが習慣になっていた。

 画面では今、ちょうど新婦が両親への手紙を読んでいるところだった。新婦の父親が臆面もなく泣き崩れている。わたしも泣き崩れそうだ。

 わたしはティッシュで鼻を噛みつつ、ラーメンをすする。ティッシュが鼻水とマスカラのコンビネーションをキメた。


「はあ……感動した……かれんさんも綺麗なんだろうなあ……」


 泣いたせいで目元がひりひりする。わたしはスマホを取りあげ、写真フォルダを開けた。スクロールしながら写真を眺める。

 そこには、春の陽気と美しさを閉じこめたような満開の桜の写真もあった。

 つくばの公園でお花見をしたときのものだ。実は桜をバックにこっそり譲くんを撮った一枚も、ある。


「あー、もうすぐ二週間になるっけ」


 譲くんとはつくばで会って以来、会ってない。

 幹事の件で連絡は取り合っているものの、ほかの二名を含めたグループチャット上でのことだ。わたしたちの接点は幹事というところにしかないので、用件もないのに連絡をするのは気が引けるし。

 明日には挙式に参列するためにハワイへ旅立つ譲くんは、いまごろ迫りくる納期に向けて最後の追いこみをかけているかもしれない。


 でも、用件がないのはいいこととも言える。

 というか、ここまでが順調すぎてちょっと怖い。わたしのことだから、絶対になにかしら起きるはずだ、と思っていたから。

 今のところ小さなハプニングはあっても概ねうまくいっている。順調ならそれがいちばん。

 わたしは鼻をずるずる言わせながらラーメンを食べ終え、今度は鼻歌まじりで今日も立てかけてあったキャンバスに向かう。


 あとから思えば、このときのわたしは油断していた。油断なんかしなくても、不運というのは突然やってくるものだけれど。

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