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不運の女神、譲られました  作者: 白瀬あお
三章 女神に本物の女神(激かわ)あらわる?
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なんでわたし譲くんのお家にいるのかな!

 ふわっと、胸が軽くなった。

 譲くんと伊吹さんの関係がどうなったのかはわからないけれど、お祝いを引き受けたからには最後までやりたい。その気持ちだけはんでもらえたのかな。


「っ……、だって、譲。考えてくれるんじゃなかったの?」

「んなこと言ってない」


 伊吹さんの目元に涙がみるみる溜まっていく。あいだに入ったのは松村さんだ。


「譲、お前は女心のわからないヤローだなあ。健気にお前を助けようとしてるんじゃないか。伊吹ちゃんを泣かしたら、俺たち事業所が黙ってないぞー!」

「仁さん勘弁してください……」


 ああもう、と譲くんが頭を乱暴にかき混ぜる。弱ったといわんばかりの仕草だ。

 伊吹さんはおじさまたちのアイドルとみた。いつのまにか、白髪の混じったおじさまたちが集まり、代わる代わる伊吹さんを慰めていた。普段からひととひとの距離が近いんだろう。本社とはあまりにも違う雰囲気だ。

 でも、この空気は譲くんを悪者にするようでよくない。わたしは集まってきたひとの輪の向こうに下がってしまった友香を呼びつけた。


「友香! 行くよ!」

「は!?」


 輪を突っ切って友香の手を引き、ステージ上に戻る。

 わたしの武器は、ガッツ!


「ここからは営業の女神と、皆さんの福利厚生を担う総務部の市橋が、盛り上げていきますよー……ぎゃっ!?」


 音響担当の男性が渡してくれたマイクを手にしかけ、火傷しそうな熱さに次の瞬間、放り投げた。

 音響担当の社員さんは問題なく握っていたのに、わたしが握ったとたんにみるみる熱くなっていったのだ。

 冷気漂う雰囲気を打開するはずが、お約束の不運モード突入の気配。

 ステージの前に回った譲くんが、ステージに転がったマイクを拾いあげようとする。待って待って、譲くんも火傷してしまう!

 さながら、ノリノリのミュージシャンがマイクスタンドを倒すように、わたしも踊りながら譲くんの目の前からマイクを蹴り飛ばす。

 はかったかのように音楽が始まる。しかたない、マイクなんかなくても唄ってやる!


「では本日の余興にお送りします! 本社女性ユニットによる、カラオケ一曲めは誰もが知ってる大ヒット曲から――」


 それからは事業所の皆さんを巻きこんで、無我夢中で歌って踊った。

 歌の合間に差し入れされるビールを飲み、リクエストに答えてもう一曲、また一曲と歌いあげる。そしてまた差し入れのビール。

 途中、小学二年生くらいの女の子がステージに上がってきたので、女性ボーカルグループの歌を一緒に歌うも、あげると言って渡されたバターポップコーンがわたしの頭に浴びせられる。

 バターの香ばしい匂いの中、日本武道館でのアイドルコンサートにも負けない手拍子と声援が白熱していく。誰かがペンライトならぬペンを振る。そのペンが飛んできておでこに当たる。

 松村さんにあおられて、さらにビールを飲む。

 譲くんがなにか言っていた気もするけど、なにも覚えてない。とうとう飲んでるのか歌ってるのかわからなくなってきて――それからの記憶がない。





 目覚めて最初に視界に飛びこんだのは、天井から下がるバーに一列に並んだ四灯のスポットライトだった。シンプルアンドシック。

 いったいどこのインテリアだ。と疑問が浮かんで視線だけ左右に飛ばす。ブルーグレーで統一された寝室のベッドの隣にはデスクが置かれ、ノートパソコンが畳まれている。足元にはクローゼットと、隣に本と小物を飾ったオープンシェルフ。

 そっけないといえばそっけないけれど、居心地は悪くなさそう。


「いやいや、ここどこ……?」


 頭が内側からハンマーで叩きつけられたように鈍く痛む。胸もむかむかして気持ち悪い。

 わたしは痛む頭を押さえて体を起こした。ダブルサイズの広いベッドが軋んだ。

 コンコン、と扉をノックされたのはそのときだった。


「はいっ?」

 焦って声が裏返る。わたしのほかにも誰かいたのか。思わずかけ布団を胸元に引き寄せた。

「起きた? 体調はどう」

 開いたドアから顔を覗かせたのは。

「ひっ、譲くん……!? なんでここに」

「いやここ、俺ん家だし」

 目を白黒させると、譲くんの眉間に皺が寄った。

「覚えてないんだ」

「そ、それは……とんだご無礼を。なんでわたし譲くんのお家にいるのかな!」

「引くわ。酔っ払いなんか連れて帰るんじゃなかった。とりあえず、メシ食えそう?」

 胸のむかむかも頭の痛みも吹っ飛んだ。

「食べます!」

「じゃ、作るわ。シャワーとか使っていいから。あ、ちなみに昨日もバター落としたいっつってシャワー使ってるから」


 譲くんの頭が引っこみ、わたしははたと考えた。

 つまりわたしは、昨日のお祭りで酔っ払い、譲くんに持ち帰られたということだろうか。いやまさかそんな。ねえ。……そろりと布団をめくる。


「へあっ!?」


 ダメだ、情報を処理しきれない。なんでスウェットを着てるんだっけ? それも男物ということは譲くんのか。わたしは慌てて布団をぜんぶいだ。

 履いてる。ジャージのハーフパンツと……うん、下着もちゃん装着している。脱いだ様子はない。めくるめくつやっぽい展開には……なってないな。

 わたしは胸を撫でおろし、おそるおそる寝室を出てシャワーを借りた。

 体はすっきりしたものの、頭はまだぜんぜん働く様子がない。すっぴんだなーとは思ったけれど、焦る気持ちすら分厚い膜がかかった感じというか。


「おはようございます……シャワーありがとう……あとベッドもすみません……」

「はよ。コーヒー派? 紅茶派?」

 譲くんがカウンターキッチンから顔を出す。絵面に脳の処理が追いつかない。

「ミルクたっぷりコーヒー派……」

「ミルクねーわ」

「じゃあミルクティー……」

「ミルクないって言ってんだけど」


 だめだ、ぽんこつすぎる。どこから尋ねていいかも決められない。

 わたしはコーヒーをブラックで受けとり、カウンターテーブルについた。譲くんはいつもと変わんないなあ。

 続いて、分厚いトーストと目玉焼きが運ばれてくる。トーストはこんがりきつね色に焼けていて、香ばしい匂いにお腹が鳴った。

 目玉焼きも、透明な膜に守られた黄身が淡雪みたいな白身の真ん中で輝いている。思わずフォークの先でつつきたくなる絶妙な焼き加減だ。


「譲くん、料理するんだね」

「これくらい普通でしょ」

「いやいや、めちゃ美味しそうだよ!? いただきます……あ、美味しい、癒される……」

「どこの温泉旅館だよ」


 譲くんは目で笑うと、バターをたっぷり塗ったトーストにかぶりついた。さく、といい音がする。なんだろうこの、ほのぼのとした朝は。どこからバグった?

 そう思いつつ、ついわたしもほのぼのとした雰囲気に流されてしまう。


「でもお花見しそびれたなあ。せっかく呼んでもらったのに。満開の桜、見たかった」

「んなら、このあと行く? 近くに大きい公園があんの。そこ桜の名所だから」


 トーストの最後のひとかけらを飲みこんだわたしは、盛大に頭を縦に振った。


「行きたい! けど譲くん、貴重なお休みなんでしょ? 松村さんが、有休直前だから休日出勤ばっかりで休めてないって言ってた……ような……」


 カラオケの合間に聞いたような気もするけれど、うろ覚えだ。語尾をごまかしながらブラックコーヒーをすする。

 二日酔いの頭にコーヒーはなかなか強烈だ。だんだん目が冴えてきた。


「俺も、たまにはのんびり花見でもして休憩したい」


 それなら、とわたしは食い気味に賛成した。


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