リポップ・スライム・ギミック
初投稿&短編習作です。
僕はスライムだ。みんながそう呼ぶからスライムなのだろう。
迷宮の奥のじめじめしたところで生まれて、ぽよぽよしていたことは覚えている。
ぽよぽよ。ぷるぷるぷる。ぽよんぽよん―――べぐしゃあっ!!
不意に茶色くて固いモノに潰されて、僕は死んだ。
僕はスライムだ。迷宮で生まれたスライムだ。
だから、死んでも復活する。
迷宮の外で生まれていたらこうはいかない、と友達が教えてくれた。
友達の名前は目玉コウモリ。大きな目玉と鋭い牙と小さな翼をもっている。
つるんとした僕には目も口もない。なくても見えるし食べられるから問題ない。
でも、あの翼はうらやましい。
パタパタと空を飛んだり、天井に張りついて隠れられるから。
その天井で、目玉コウモリは見ていたのだという。
粗末な革の服を着て、鍋の蓋を携えたニンゲンの子供が。
太い木の棒を振り下ろして、僕をべしゃりと叩き潰すところを。
そうやって僕は殺されたらしい。
そして―――それは一度きりのことじゃなかった。
何度も。何度も。何度も。何度も。
べしゃり。ぐしゃり。ぶちゅり。どびゅりっ。
僕は太い木の棒で叩き潰されては、復活して、また殺された。
なんで僕ばっかりと思ったけど、それはどうやら、僕がこの迷宮で一番弱いかららしい。
そして僕を殺すことは、ニンゲンの子供にとって大事なことらしい。
潰されて遠のく意識の中、おかしな音楽に合わせて、踊ってるのを見たことがある。
『れべるあーっぷ♪』とくるくる回って喜んでいたっけ。
ニンゲンの考えることはさっぱりわからない。
僕はスライムだ。
復活しては殺される。その繰り返し。
さすがにちょっとイラっとしてきた。
一番弱いからって、気軽に殺しすぎじゃないかね。ニンゲンよ。
しかも最近は殺し方が雑だ。
木の棒がトゲつき棍棒になったあたりはまだよかった。
『べしゃり』が『ぐしゃあっ!』に変わり、一瞬で爆散するから痛みも感じない。
棒が剣に変わってからは、それはもうひどいものである。
さくっ。しゅぱっ。ざふっ。どしゅっ。
無造作にまっぷたつ。なまじ切れ味がいいから、事切れるまで時間もかかる。
じわじわと溶けて、ゆっくりと消えていく身体。
事もあろうかニンゲンは、そんな僕の身体をまさぐり、色々と持っていくのだ。
古い小銭。キラキラした石。食べたはいいが消化しきれなかった諸々。
それはいい。元々はそこらで死んだニンゲンの持ち物だから。
取り返すという理屈もわからなくはない。
しかし『クエスト素材ゲットだぜー♪』とわけのわからぬことを言いながら、身体の一部を持っていくのは本当にやめてくれないか。
気持ちが悪い。
それに欠けた分を補填しなくてはならないから、復活が遅れるのだよ。
暗い闇の中、身体がないもどかしさに悶え続けるのは苦痛だ。
いっそこのまま、完全に消し去ってくれと何度思ったことか。
けれど、僕は迷宮生まれのスライムだから。
問答無用で復活する。
その仕組みには逆らえない。
嘆いていても始まらない。
ならば―――僕自身が変わるしかない。
弱いから雑に殺される。
だったら、強くなればいい。
僕は身体を鍛えた。
スライムとしては破格のタフネスを身につけた。
―――ざしゅっ&すぱーんっ!<スキル:連続斬りが発動しました>―――
僕は、僕がスライムであることを忘れていたようだ。
どんなに鍛えたところで、スライムはスライム。
ニンゲンのようにおかしな音を鳴らして、踊って、強くなれるわけじゃない。
悔しい。でもどうにもならない。びくんびくんっ。
考え方を変えよう。
ニンゲンが僕の身体からくすねた小銭を使って、強い武器を手にしたように。
僕も強い武器を手に入れるのだ。
さしあたっては、その辺の死体の側に転がっている錆びた剣でいい。
身体を変形させて、ニンゲンの腕のようにして、持ちあげて―――ぐちゃあっ!
どうやら僕の身体は武器を扱うようにはできていないらしい。
きんにく?とかいうものがないと、武器を振るうことはできないようだ。
つけ加えると、ぷるぷるボディは滑りがよすぎて、鎧もすっぽ抜けてしまう。
絶望した。それはもうひどく絶望した。
絶望しすぎてぼーっとしてたら、いつの間にか、また殺されていた。
かき集めてきた武器や鎧は『レアドロップだー♪』と持って行かれた。ぐぬぬ。
もっしゃもっしゃ。もっしゃもっしゃ。
見るからに健康に悪そうな色をしたコケをもりもりと食べる。
分解吸収していくたびに毒々しいパワーが満ちていくぞ。ふははは。
そう―――武器が持てないのなら、僕自身が武器になればいい。
目指すは、触れただけでニンゲンをコロリと倒せる猛毒ボディだ。
何度か許容量を間違えてポックリ逝ったが、そのおかげで毒耐性もついた。
今ではこうして身体全体が毒々しい色に染まってもへっちゃらだ。
試し斬りもしてみた。
アイツとはまた別のニンゲン。粗末な革の服と木の棒をもったヤツだ。
アイツと比べたらずっとノロマな一撃をひらりとかわし、体当たりをキメてやった。
たちまち顔が毒々しい色に染まったソイツは、赤く点滅しながらよろよろ逃げ出したものの、すぐに力尽きて倒れた。もう、ぴくりとも動かない。
「お手柄であったぞ、スライムよ」
でろでろでろ、と不気味な音楽が鳴って、角を生やしたおっかない人が現れた。
見たことはないけれどすぐにわかった。
この人は魔王さまだ。この迷宮の主でスライムである僕を生みだした御方だ。
「幼体とはいえ勇者の輩に相違あるまい。最弱の身で仕留めるとはまさに大手柄!」
ぷるぷる、と僕は恐縮した。
最弱だと確定したことは悲しかったけれど。
「その毒々しさ。もはや只のスライムとは呼べまいて」
ランクアップだ―――魔王さまが宣言すると、僕の身体が黒いオーラに包まれた。
踊るようにくるくると回り始める。
そうか! アイツもこうやって強くなっていたのか!
オーラが消えて回転も止まる。
「名付けよう―――今日からお前は『DQNスライム』だ!」
うわぁ……。
名前はともかくとして。
クラスアップしたオレは、間違いなく強くなっていた。
身のこなしも素早くなったし、岩石男のパンチだって受け止められる。
暴れオオカミに噛みつかれても、逆に毒で返り討ちだし。
身体を収縮させて毒液を放てば、飛んでいる禿ハーピーだってイチコロだ。
ふっふっふっふ。
勝てる。勝てるぞ。間違いなく勝てる。
来るなら来い、ニンゲンよ!
―――ぶしゅうっ!<スキル:毒液が命中。勇者は毒におかされた!>―――
―――ぴろりろぴー☆<僧侶のスキル:キュアが発動。勇者は回復した!>―――
―――めらめらぼぉーッ!<魔法使いのスキル:メギラテが発動!>―――
非道い。あんまりだ。
スライム相手に三人がかりとか。
大人げないにもほどがあるだろう。ニンゲンよ。
しかもなにアレ? 魔法? それも攻守兼ね備えてるとか。
毒消去とか卑怯だろ!? 火炎魔法とかやめろよ!?
じゅーって蒸発しちゃうだろ! 近づけないんだっつーの!
しかも。しかもだぜ―――もう一人、奥に控えていたよな。
でっかいリュックを背負ったおっさん。そう、お前だよ。
見てたんだぜ、オレは。
あんたがリュックから、毒消し草やらポーションを取り出すのをなァ!
ダメじゃん。毒無意味じゃん。詰んでるじゃん。
嗚呼―――泣きたい。
べきゅり。ざきゅり。ざりざり。ごぎゅりっ。
身体の中身がえぐられる。
激しい痛みとダメージで、たちまち復活しそうになる。
でも、踏ん張って耐える。
萎えそうな心に鞭を打って、取り込んだ体内の魔剣へと圧をかけていく。
最初は、錆びた剣ですらまともに消化できなかった。
毒を使っての腐食を覚えてからは、鋼鉄の武器すら取り込めるようになった。
魔法のかかった武器は今でも厄介だ。
吸魔石を大量に呑み込んで蓄積し、そこに送りこんで減衰させてから溶かす。
恒常的に繰り返すうちに、今では器官として確立している。
禿ハーピーでいうところの”砂肝”というヤツだな。
取り込んだ魔力を自由に使えるようになったのは嬉しい誤算だ。
消化できずにいる激レア魔剣たちの能力も、そのおかげで扱える。
鉱物を過剰吸収したボディは、今やドラゴンの鱗よりも硬く、巨人よりも力強い。
準備はとっくに出来ている。
ゴーストたちに頼んでレアモンスターの噂もバラまいた。
来いよ。さあ来い。早く来い。
他のニンゲンをいくら殺したって、オレは満足できないんだ。
オレはアイツを殺したいんだ!
「ねえ聞いた? アップデートで追加されたレアボスの噂」
「知ってる知ってる―――ギガメタリックスライムだっけ」
「一階層の隠し通路の向こうにいるらしいぜ」
「URの魔剣とか鎧、めっちゃドロップするらしい」
「経験値もウマイんだろ? なあ、ひと狩りいこうぜ!」
「簡単に言うなよ。あのレベルだと単独パーティじゃ無理ゲーだ」
「臨時キャラバン募集しようぜ! 50人規模でいいか?」
「上限100人でいいだろ。明日は日曜だから揃うと思うぜ」
「MVP以外のドロップ品は競売だな。相場調べとけよ」
「しゃーっ! 俺様のスライム特化剣+10が火を噴くZE!」
「なんでそんなネタ武器を製造してんだよ……」
「あ、モリモトさんにも声かけ―――今日もオフラインかあ」
「あいつ最近ソシャゲに浮気してるからな。なんか女の子育成するヤツ」
「あー。そっちに課金始めちゃったかあ。沼なのにねぇ……」
「このまま引退しちゃうかもね。飽きたって言ってたし」
「引退するなら装備とか譲ってくれないかなあ」
早く来い―――勇者”モリモト”よ!!
ふはっ!ふはははっ!!ふははははははははははははははっ!!!
<END>
最後まで読んでくださってありがとうございました。