歴史のお話し。1
歴史を掘り下げてみましょう。
ここで一旦我がアルバイン公爵家のとウィスタリア帝国の事を振り返ろうと思う。
アルバイン公爵はここウィスタリア帝国の三大公爵家と言われているが、実際「公爵」と名のつく家は11家有る。
その中で何故「三大公爵家」なのかと言うと、初代ウィスタリア帝国皇帝の時代まで遡る。
現在、ウィスタリア帝国はエオルドゥア大陸の四分の一を掌握しており、南から南西に掛けては恵み豊かな海に面し、北方は肥沃な大地が拡がり、畜産農業がしっかり発達している。
東に目を向ければ、大型家具や椅子、デスクにぴったりな、ナラ(オーク材)やブナ(ビーチ)等の広葉樹の森があり、古くからウィスタリア帝国では「家具はウィスタリアで!」と世界で言われるぐらいの技術と美しさを有している。
そして首都である帝都は海の幸豊かな南西部にドン!と置かれているのだ。
今でこそ誰もが憧れる「ウィスタリア帝国」であるが、初代皇帝シュテファン・ウィスタリアの頃は、諸外国とのエオルドゥア大陸制覇を掛けた戦争の真っ只中で、人々は日々の生活を繋いで行くことに必死だった。
シュテファン・ウィスタリアは戦術・戦略の天才であり、真っ直ぐで汚れなき野心を持ち、負け知らずの確かな戦略で、他国を圧倒した若き最高軍事指揮官であった。
彼がどこまで求めたかは今は定かでは無いが、天才と何とかは紙一重だったのだ。
詰まるところ、戦術・戦略の天才であっても、戦時中と言えど他国との外交は必要であるにもかかわらず外交下手。
戦争の終わらせ方や、戦後どうするかと言った、戦後の事を考える事もほぼ皆無。
完全なる戦術・戦略の申し子だったのである。
そんなシュテファン・ウィスタリアを陰に日向に支えたのが、兄弟と従兄弟の3人だった。
弟のミヒャエル・ウィスタリアは外交に秀でた逸材で、飴と鞭を巧みに使い分け、欲しい条約を確実にもぎ取って帰って来ていた。
ウィスタリア兄弟は武と智が綺麗に分かれた兄弟だった。
そして、従兄弟で双子のヴェルナーとヴァルターも武と智に秀で、特に部下たちから絶対の信頼を得ていた。
カリスマ性が有り過ぎて雲の上のシュテファン・ウィスタリアと末端の兵士たちを繋ぐ大きな要であり、たとえ一瞬の関わりしか持てなかった兵士達でさえ、駒とは見ず1人の兵士・1人の戦士として扱う姿勢が、最終的に帝国軍を1つに束ねる結果となった。
彼ら3人の活躍があったからこそ、今のウィスタリア帝国の基盤が確立されたのである。
ここから三大公爵家の歴史も始まっていく。
ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
拙い文章ですが、評価いただきありがとうございます。
これからもポツポツ書いていきますので、宜しくお願いします。




