2話
カガミ。それは僕らが2Xに進級した時に、校長から直直に知らされた存在。
「カガミを駆除し、抹殺すること」
それが僕らの使命であり目標だ。
校則といっても言いかもしれないこの決まりは、2Xの生徒に課せられた義務でもある。
言い換えれば、2Xに在籍し続けるためには、カガミ駆除に協力しなければならないのだ。
「そんで、カガミが次に現れんのはどこだ?」
気だるそうに机の上に足をかけて座っていた、桐島大地が唐突に質問した。
瞬間、ざわめいていた教室の空気に緊張が走る。
「いい質問だな。桐島。とにもかくにもアイツの居場所を特定しなきゃ話になんないしな。――陣内。わかるか?」
遠路に名指しされた生徒・陣内有人は、ニヤニヤと口元に笑みを作りながらつぶやく。彼はいつも笑っているのだ。
「う…うん。カガミの居場所だよね、わかる、わかるよ」
教室の隅に座っていた標準よりはるかに小柄な陣内は、いつものように口元を左手で隠すようにあてがう。正面からでは判りづらいが、左親指の第一関節をせわしなく噛んでいるのだ。
「カ…カガミは今ね、あの、あの何処かの道…どどこかな…自販機がある…ニコニコ歯科医院……駐車場の隅…あ…」
小さな驚き声をあげた陣内は、それまで小刻みに揺れていた体をピタリと制止させ、焦点の合っていなかった瞳を徐々に絞り
――教室の中空、一点を見つめた。
「カガミが大きくなってる…」
「何!?」
ボソリと呟いた陣内の言葉に、教室がいろめきたった。
「どういうこと!?陣内君!」
ともすれば奇行にみえる陣内の行動を固唾を飲んで見守っていた生徒たちが、ガタガタと席を立った。
「落ち着け皆!馬宮どこ行くんだ!?」
クラス委員長遠路の声に、教室を出ようとしていた馬宮が振り返る
「決まってんじゃない!今からカガミ狩ってくる!」「おいっ待て…場所わかんないだろっ」
怒鳴る遠路の声に、馬宮の声が被さる。
「ニコニコ歯科医院ってうちの近所なのっ!」
言うが早いか走り去る馬宮の後を追うように幾人かの生徒たちが駆け出す。
「おい!お前ら待てって!!」
怒鳴る遠路の声は、ガランとした教室に虚しく響き渡った。
嵐が去ったような静けさに一拍おいて、
「本当、指揮とるの下手ね。遠路って」
教室に残っていた箕輪が腕組みをしながらため息まじりに呟いた。
「うるせっ箕輪。こうなることは折り込み済みなんだよ。なぁ陣内」
ガシガシと頭をかきながら遠路が陣内をみやる。
「う…うん。遠路くんに言われた通り、さっきのは小さい方のカガミの居場所だから…でも…」
「なんだ?」
「大きい方のカガミは…さっきよりもずっと大きくなってるよ。…今までに、ないくらい」おどおどとした陣内の物言いに教室に残っていた生徒――遠路、箕輪、陣内、桐島が目を見開いた。
「まだ成長してんのか!?楠木!」
完全に傍観者を決めこんでいた僕に全員の視線が集中する。
やっと僕の発言できそうな議案に移ったようだ。
とはいえ、こんな注目のされ方はあまり好きじゃないが仕方ない…。
「そんな大声ださないでよ。カガミが大きくなるのは当たり前じゃないか」
僕は至って冷静に遠路を見つめ返す。
「だって前回馬宮がぶった切って“処理”したじゃねぇか!」
心底理解不能という体で僕の前まで来た遠路の疑問に、のんびりとした桐島の声が答えた。
「バカじゃねぇのか。前回取り逃した残りの半分がデカくなってんのに決まってんだろ」
相変わらず机に足を乗っけたまま、耳裏を面倒くさそうにかく桐島は、僕の方をちらりと見る。
…ジャラジャラとつけたピアスが重そうだ。
「…ちょっと話を整理させてもらっていい?」
教壇にもたれかかっていた箕輪がため息交じりに提案した。
「全くあんた達はホント、論点をそらすことが得意だね」
そう言って、思いの外整った指先でチョークを持った。
――さぁ、本当のHRの始まりだ。