2話 だるまさんが転んだ
異世界から日本へ転生してきて1カ月、俺は召喚当初の誤解を解き今ではSSK教団本部に住み込んでいた。本部というかあの召喚が行われた建物が教団唯一にして最高の本部建物らしい。
さすがに日本にいた頃から15年もの時間が流れていたこともあり、昔借りていたアパートは駐車場に、実家はコンビニに変わり果てていた。家族や知人の連絡先も分からず、あったとしても異世界転生やら異世界召喚やらを説明するのが面倒である為ここに世話になることにしたのだ。
この教団での生活を通じて教団員とはほぼ全員と仲良くなったと思う。教団員は30人程で、今では多くの人と名前で呼び合うような仲になっている。まぁ、当然教団に入団はしていないがな。
ちなみに異世界に戻ることは出来るかと聖に聞いたが、何故我々の利益にならない事をわざわざ労力を掛けて行わなければいけないのかと冷たいことを言われた。勝手に俺をこっちに召喚したのはお前らだろうがとも思ったが、召喚されなければ確実に処刑されていたのでこれについては考えないことにした。
雲一つない快晴のある日のこと、
「なあ聖?」
「何ですか、キーンさん?」
「なんでこんなことやり始めたんだっけ?」
「・・・・・・キーンさんが泣きながら私を誘ったからじゃないですか?」
俺達二人は今、教団本部の中庭で遊んでいた。
芝生に横たわりびちびちと跳ね回っている俺とそれを上から真剣な目で覗き込む聖。
何故こんなことをしているのか。それは俺がせっかく日本に帰還したのだから懐かしいことをしたいと思い聖を誘ってしまったのが事の発端だ。
当初聖はそれはそれは鬱陶しそうに「何故私を巻き込むのですか? 一人で土偶作りでも蹴鞠でもやっていればどうですか?」と俺の誘いを断った。だがさすがに一人でそれはハードルが高すぎる。というか、懐かしいことって言っても日本人のDNAに刻まれているであろう歴史上の懐かしいことをしたいって意味じゃねえよ。
だが俺が一度断られた程度で怯む男だと思うなよ。そう思い、挑発やら懇願やら色仕掛けやら色々として見たのだが効果が無かった。まあ俺が腹筋やら鎖骨やらを見せつけても効果がある訳ないか、と思ったけど鎖骨にはちょっと興味を示してたっぽい。こいつもしかして鎖骨フェチか? くそ、他の教団員は皆忙しそうだし俺の相手をしてくれるのはやはり聖しかいない。よし、ここは最終手段泣き落としで行こう。
そして”中途半端は許さない、やるなら全力で”がモットーの俺は周囲がドン引きするレベルで全身全霊を掛けて嘘泣きをした。しばらくすると周囲の人も聖に対して「ちょっとくらい付き合ってあげたら?」と言い始め周囲の目が気になり出してきたのか聖も渋々折れた。
「はぁ、嘘泣きが果てしなく癇に障るのですがあなたの鎖骨に免じて付き合ってあげましょう。ちなみに何をするかは私が決めてもいいのですよね?」
「鎖骨って……。本当に鎖骨が好きなのなお前。 ま、いいか。 もちろんいいぞ! なんだって来いだ!」
そうして俺達のだるまさんが転んだは幕を開けた。
「それじゃあ聖の要望通り、だるまさんが転んだを行いたいと思います、拍手!」
「しーん」
「うわ、この人わざわざ全く盛り上がっていないことをセリフで強調してきたよ……。 ま、まあいいか。よし、じゃ最初は俺が鬼をやるから、聖は俺のいる位置から20mくらい離れてくれ。」
「よし、じゃ始めるぞ。 だーるーまさーんがこーろんだ!」
お決まりのセリフを言い後ろを振り向くと聖がどてっと転んだのが見えた。
「おいおい、もう動いちまったのかよ。聖って意外にこういうの弱いのな。」
「? 何を言っているんですか? 私はキーンさんがだるまさんが転んだと言ったので転んだまでですよ?」
・・・・・・何を言っているのだろうかこの毒舌女は。
「ど、どういうことだ? 何か俺の知っているだるまさんが転んだと聖の知っているだるまさんが転んだには大きな違いがあるように思うんだが。
ちなみに俺の知っているルールは、鬼がだるまさんが転んだと言い終わり後ろを振り向いたら参加者は動いてはいけなくて、最終的に参加者が鬼にタッチ出来たら勝ちって感じだったんだけど。」
「何ですかそのローカルルールは。全く、そんなド田舎限定の過疎ルールを私が知っていると思っていたのですか?
いいですか? 耳の穴かっぽじって良く聞いてくださいね。鬼にタッチすれば勝利というのは同じですが、鬼がだるまさんが〇〇! と言い終わり後ろを振り向いたら参加者はその〇〇に該当する行動をだるまさんになりきってしなければならない、これがだるまさんが転んだワールドスタンダードルールです。」
何てこった。俺が今まで信じてきただるまさんが転んだは紛い物だったとでも言うのか。これまで生きてきた世界を根底から覆された気分だ……。
いやそんな訳ないよな? どう考えても聖の言うワールドスタンダードルールの方がローカルルールだ。こんなルール聞いたことないし。
そう考えている間も聖はすごい得意げな顔で胸を張っている。が、張る胸が貧相なのか少しの膨らみも認めることは出来ない。聖は19歳だぞ? それなのに少しの膨らみも見えないって……。そうだな、だるまさんが転んだについては実年齢15歳精神年齢35歳の見た目は少年、頭脳は中年のこの俺が折れてやろう。
「そうだったのか。すまないな、今の説明でルールは把握したから気を取り直してもう一回行こうか。次は聖が鬼で頼む。」
「はい、分かりました。それではいきますね? だーるーまーさーんーが工事中!」
そう来たか、急いで工事中に相応しい行動をしなければ。
「ドガガガガガガ、ドガガガガガガガ、カチン、カチン、カンカンカン、ガガガガガガ」
俺は効果音を口で言いながらブルドーザーを運転しているようなパントマイムをする。
ど、どうだ? 咄嗟の割には中々上手くできたんじゃないか?
「ふむ、まあ及第点と言ったところですかね? まだまだ粗削りな部分は有るものの、才能は認めざるを得ませんね。一つ言わせてもらうならだるまさんはだるまさんなのでブルドーザーが運転できません。少しリアルティ―に欠けていましたね。」
聖は今までに見たことのないくらい真剣な表情をしてそう評する。た、確かにだるまさんはブルドーザーを操縦できない! ちっ、俺のミスだ。次は気を付けていこう。でも、だったら俺はどうするのが最適だったのだろうか。だるまさんが工事現場で出来ることって何だ? 監督とかかな? いや工事中ですの看板とかでも良かったのかも。中々奥が深いな、だるまさんが転んだワールドスタンダードルール。
「では次です。 だーるまさーんがーが殺し屋!」
「よお、あんたに恨みはないがこっちも仕事なんでな。悪く思うなよ。なぁに、拳銃で頭をぶち抜くから痛みも感じねぇさ。
あ、やべ! 俺だるまだから拳銃持てないじゃん! くそ、こうなったら……、こちらだるまアルファ緊急事態が発生した。任務を遂行するためにも力を貸してくれ。」
「分かったぜ相棒(裏声)」
「ったく、帰ったら一杯おごれよ(出来る限りの低い声)」
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20分経過
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「よし皆集まったな! 突撃だー。あいつを俺達だるまの重みで圧死させるんだ。GO! GO! GO! GO!
任務・・・・・・完了。」
俺はとうとうやったんだ。このだるまさんが殺し屋であるという理不尽なお題を達成するために幾多もの困難を乗り越え、そして俺ことだるまアルファはやり遂げた! いやー達成感がすごい。きっと聖もこの華麗なだるまさん捌きに惚れるに違いない。
「長すぎです! 何ですか今の小芝居は。最終的には仲間が20人くらい集まってしまっていたじゃありませんか。一人一人のキャラが濃すぎますし、だるまシグマの過去編に入った時なんて軽く寝てしまいそうになりましたよ。これは先程の才能を認めるというのも取り消しですね。
もう帰っていいですか? 私自分と戦うのに相応しい人と出ないとだるまさんが転んだをしたくないので。」
なんかめちゃくちゃ不評だった。そしてかなりご機嫌が斜めだ。ま、そりゃそうだよなこのお題のせいで30分くらい俺の即興演劇を見させられ続けたわけだし。だが、ここで見放されるのはすごく嫌だ。
「ま、待ってくれ。確かに俺は今失敗をしたかもしれない。だけど次! 次こそは聖も納得するだるまさんが転んだを見せつけてやる。だから、だから俺にもう一度チャンスをくれ!」
「ふぅ、仕方ありませんね。最後の一回です。これでキーンさんが私を納得させるだるまさんが転んだを見せてくれたら私が戦うに相応しいライバルであると認めてあげましょう。」
「ありがとう! 絶対に聖が驚くようなだるまさんが転んだを披露してやる。」
「では行きますよ? だぁ~る~ま~さ~んーがーお魚!!」
さ、魚だと? 難しいな。どうやって泳いでいるのを表現しようか。足でも揺らせばいいのかな。
・・・・・・いや、待てよ? 当たり前だがここは海ではない。だとするならばだ、魚は泳ぐことが出来ないんじゃないか? 何て事だ。これはひっかけ問題か。危ない危ない。きっとここで泳ぐふりをしようものなら聖は俺を遊び相手として不足だと断定し見捨てるつもりだったのだろう。ふふふ聖よ、俺を甘く見るなよ。このお題に対する俺の解答は、これだ!
びちびちびちびちびちびちびちびち
芝生に横たわり、苦しそうに跳ね回る俺。そしてそんな俺を真剣な眼差しで見つめる聖。少しずつ疲れてきて跳ね回るのが苦になってくるが関係ない。俺は最後までやり切って見せるからな聖!
やばい、これ辞め時が分からねえ。どうすればいいんだ……。
膠着状態が続き10分後
「なあ聖?」
「何ですか、キーンさん?」
「なんでこんなことやり始めたんだっけ?」