1話 悪魔?いいえただの異世界人です
俺は停止していた思考を再び起動する。え、悪魔召喚? いや俺悪魔じゃないんだけど……、てか今日本って言ったような。それも日本語で。俺が状況に着いて行けず無言でいると、
「ご説明させて頂きます、悪魔様。ここは地球という惑星でございまして、その世界の数多くある国の一つがここ日本でございます。」
ま じ で か! 本当に日本だったなんて! いやあ、また日本に戻ってこられるとは思わなかった。俺が死んでから15年も経っているんだから色々変わってるんだろうな。あの漫画とかどうなってるんだろうなあ。さすがに終わっているかな? などとかつての母国日本について思いを巡らせていると、
「あの、悪魔様? どうなさいましたか? 我々の都合で勝手にお呼びして申し訳ないとは思っているのですが、過去の文献によると悪魔様の側で召喚は拒否できるため、現れた場合は少なくとも話は聞いて頂けるとのことだったのですが、我々の話を聞いては頂けますでしょうか?」
あまりにも俺がリアクションを起こさないものだから心配になってきたのだろう。物凄い申し訳なさそうな表情でこちらを見つめている。
ていうか、この見た目女子大生ですって感じの人めちゃめちゃ美人だな。黒髪、黒目のTHE日本人って感じで長らく異世界生活をしていた俺は内心とても感動していた。まあここは日本なんだから当たり前っちゃ当たり前か。身長は結構高い。俺は175㎝くらいなんだが、この人はそれより少し小さいくらいだから170㎝くらいか。髪型はロングで腰くらいまである。出会い方が違っていたらすごい清楚な美人さんって印象だったんだろうな。あいにく悪魔召喚の儀とかいうのをやっていた所為で俺は全くそんな印象を受けないけど。
さて、まずは俺が悪魔ではないということを伝え、ついでに現在の日本についても教えてもらおうと考え口を開く。
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」
やべ! 全身下着まみれの変態装備だった事忘れてた! 最悪だ、また下着ではぁはぁしてる変態だと思われてしまう。これじゃあ久しぶりの日本における第一発見国民に対するファーストインプレッション最悪じゃないか。ていうか、こいつら良く今までこの変態装備について触れなかったな。悪魔を召喚してこんな格好のやつが出てきたらおかしいだろ普通! いや悪魔関係なくこんな格好のやつはおかしいんだけどさ。自分で言ってて悲しくなってきた。
「あ、悪魔様が何かおっしゃられたぞ!」「悪魔様が我々の知らない言語を用いるなど過去の文献にも載ってないぞ、これは大発見だ」「なんと美しいお姿なのか」「悪魔様バンザーイ!!」「私もいつかあの言語を習得して見せます」
なんか、誤解が生まれている気がする。というかこのままだと俺は永遠に全身下着まみれではぁはぁ言い続ける奴なんだと認識されてしまう。さすがにそれは嫌だ。ということで、俺の名誉の為そして悪魔=下着まみれではぁはぁ言う存在、という本物の悪魔が知ったらブチ切れ確定の方程式がこいつらに定着する前に一刻も早くこの変態装備を解除しよう。
1時間後
よ、ようやく全ての下着を取り外すことに成功したぞ。厄介な敵だったぜ。数も膨大だったが、何より厄介だったのはその一つ一つが絶妙に絡まり合っていて、超高難易度の知恵の輪のようになってやがったことだ。俺はかつてないほどの達成感に浸り、俺の周りに無造作に投げ捨てた下着を眺めながらドヤ顔をしていた。ふっ、もっと強くなってから出直してきな。
そんな俺の1時間にわたる激闘を見ていた黒ローブ達は、「悪魔様が脱皮なさったぞ」「いいえ、きっとあれは変身よ」「いやいや悪魔様は正装を脱ぎ去ったに過ぎないさ」と思い思いの言葉を漏らす。
・・・・・・脱皮はひどくないか? というかあれが正装な訳ないだろ、あれが正装だったら悪魔族じゃなくただの変態紳士だ。いや、冷静に考えて紳士じゃないな、ただの変態だ。
ふー、とりあえずこれでやっと喋ることが出来る。
「すまないな、これでようやく会話することが出来る。色々言いたいことはあるが、まず言いたいのは悪魔様って呼ぶのをやめてくれるか? 悪魔じゃないぞ俺。こことは違う世界で暮らしていた一般人だ。名前はサミュエル・キーン。親しい人はみんなサキって呼ぶ。よろしくな。」
あぁようやく言葉を発することが出来た。ここまで長かった。最低限伝えたいことは伝えたし、自己紹介も済ませた。言語って素晴らしい! ちなみにあの変態装備が脱皮した皮だとか、正装だとかという悲しい誤解はそのまま誤解させたままにしておこうと思う。だって、あれを装備していたのが自らの意志ではないにしても特に理由もなかったなんて知られたら確実に変態認定間違いなしだからだ。せっかく無事だったこの命、大切にしていこう。
「喋ったぁぁああ!!?」「な、何ということだ」「悪霊退散! 悪霊退散!」「神よ、悪魔様を救いたまえ」
なんか俺が喋ったことで黒ローブ達はというとめちゃくちゃパニックになっていた。まぁ一時間もの間何も喋らずはぁはぁしてた奴が突然外皮というか下着を脱ぎ捨て自分達と同じ日本語を使い始めたら驚くか。外観だけ清楚美人なあの子もすげー目を真ん丸にして驚いてるし。
それにしても、めっちゃ発狂してる奴とか、悪魔を救うのに神に祈ってる奴とかこの集団結構意味わかんねーな、どういう集まりなんだ?
「驚かせて悪かったな。さっきまでは諸事情があって話せなかったが今はもうしっかりと話せる。もちろん変に畏まった口調をする必要もないぞ。何度も言うが俺は悪魔ではない。ただの異世界人だ。そこんとこよろしく。」
俺の発言を受けて黒ローブ達の多くは悪魔様ではないのかとかなり落ち込んでおり、周囲に暗いムードが漂う。それでも唯一人、
「はぁ。畏まりました。異世界人というだけでも凄いと思うのですけれど…。自己紹介が遅れました、私はこの教団のリーダーを務めています白井聖と申します。ひじりとお呼びください。」
と、外観だけ清楚美人な子が言う。教壇? なんだよ教壇のリーダーって。体育館に各クラスの教壇達が集まって、どうすれば最新型の教壇に勝る使い心地を提供できるのか、生徒を叱る時に教壇を叩いて大きな音を鳴らして生徒たちをビビらせる悪質教師への対策など様々な議題についてリーダーを中心として話し合う教壇達の様子が想像出来た。こいつら人間っぽいけど教壇なのか。15年で日本はここまで進化したのかとアホみたいなことを考えている内にやっと気付いた。あ、教団か。そうだよな教壇な訳がないよな。まあ悪魔召喚なんてしてるから宗教団体ぽいなとは思ってたけど
「いやいや、敬語もいらないよ。聖さんは俺よりも年上だろう?俺の事もサキでいいからさ」
「すいません、敬語はクセのようなものでして。サキ様ですか。申し訳ありません、宗教上の理由でサキ様の名前を日常的にお呼びすることが出来ません。ですのでキーン様と呼ばせて頂きますね? それにしても私よりも年下であると認識していながら敬語も使えないなんて、さすがは自称ただの異世界人ですね。キーン様さすがです、私にはそんなこと真似できません。」
俺の名前が宗教上の理由で呼べないとかどんな宗教なんだよ。てか、後半、なんかディスられてね俺? き、きっと悪魔を召喚できなかったショックで思ってもみないことが口に出てるだけだろう。うん、そうに決まっている。
「ご、ごめんな? 昔から敬語がすげえ苦手なんだよ。ところで、宗教上の理由って言ったけどこの教団ってどんな教団なんだ?」
「はぁ、苦手なのならば仕方ありませんね。普通ならば苦手でも頑張るというのが当たり前なのですが。そんな罪深きキーン様を許して差し上げる寛大な私の心に感謝してください。
さて、教団についてでしたね。詳しいことは追い追い話すとして、今はこれだけ覚えておいてください。この教団はSSK教団という名前でとあるお方を崇拝しております。これが先程のキーン様の名前を呼べないという理由にもなるのですが、そのお方の名前は笹木咲様。今は訳あって現世にはおられませんが、この教団員は皆、咲様を崇拝しそして信仰しているのです。」
聖の嫌味にも驚いたが、その後の衝撃的な発言に俺はしばらく開いた口が塞がらなかった。
「キーン様? 口を開けていても餌はもらえませんよ?」
そんな聖さんの毒舌もこの時の俺の耳には入っていなかった。