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哲学者カントは(たぶん)ペリメニが好き

 ふむ。人間の歴史とは面白いものだ。私は、理性を突き詰めれば人類が道徳的に啓蒙されると信じていた。しかしどうやら、20世紀前半の我が祖国━━もはやプロイセンは存在せず、ドイツ、という一つの国らしい━━が、私の信念に対するアンチテーゼを提出してしまったらしい。


 それに関係した、アインシュタイン以降の物理学と第二次世界大戦の蛮行についての黄色天使との議論は、それは興味深いものであったが、このことについてはいずれまた語る時が来よう。


 とにかく今は、腹が減った。私は黄色天使に連れられ、足を進める。


「この通りは、さっきまでの場所とは違うように見えるね」


 私がここ日本で目覚めたその場所には、教会のように高く、そして四角い建物が幾重にも並んでいた。装飾が排除されたその高い建物━━ビル、というらしい━━が列になる様は、人間の感情を排除した、ここが神の国と錯覚させるような「数学的荘厳さ」が場を支配していたが、ここは少々赴きが異なる。


「ええ、ここは商店街。……まあ、市民が買い物をする通り、ですね」


 なるほど、ここには3、4階建ての建物が立ち並び、それぞれの建物の1階は何かの商店や料理屋になっている。その上の階は住居や事務所、といったところだろう。

「ビル」の通りとは打って変わって、この通りは活気に満ち満ちている。生活の匂いとでも言おうか、生きた人間が住んでいる場所、という印象を受ける。


「ここが、ラーメン屋です」


 と、黄色天使は一つの建物の前で足を止めた。


 その「ラーメン屋」の建物は、この居住区の他の建物と比べ大きな特徴はないようだ。違いがあるとすれば、入口に赤い旗と紙のランプのような物━━「のれん」と「ちょうちん」というらしい━━が垂れ下がっているくらいか。


 ガラガラっと横に滑らせるドア━━これは引き戸、というらしい。ドアを引っ張らずに開けるなんて、人間の建物も変わったもんだ━━を開け、私たちは店の中へと入る。


「いらっしゃぃ。……おっ、律君、なんだいなんだい、連れは外人さんかい?それにしてもその恰好、なんだか、200年前のヨーロッパからタイムスリップしてきてみたいだねぇ」


「はは、はい、ちょっと、知り合いでして」


 店に入ると、男が私たちを友好的に出迎えた。どうやら黄色天使の知り合いのようだ。店の中には、私たちを除いて二人。挨拶をしてきた中年の男は、おそらく料理人だろう。そしてもう一人、配給係と見える、これも中年の女性。


「はい、こちらへどうぞ」


 配給係に案内され、我々はテーブル席に着く。ふむ、この店、なかなか興味深いではないか。建物自体は大きくないが、客から料理人が働く様が丸見え、とは。見ていて楽しいぞ。勤勉に労働する様を、じっくり観察してやろうではないか。


 それにこの、配給係が用意したコップ一杯の水はなんだ。これが「おもてなし」というやつか。


「ご注文は、何になさいます?」


 配給係が何かを訪ねてくる。何を言っているかはわからないが、十中八九、注文を取りに来たのだろう。


「僕の方で勝手に注文していいですか?イマニュエル」


「ああ、任せる。どうせ私には、この国の料理はわからないからね」


「じゃあ……たぶん、醤油、味噌、豚骨はちょっとエキゾチックすぎるから……塩味のラーメンと、ギョーザにしますね」


「かまわん。その、シオアジノラーメントギョウザ、にしてくれ」


 と、黄色天使は配給係に注文をつける。


「塩ラーメンと、醬油ラーメンと、餃子二人分、お願いします。あ、あと、このおじさんには箸の代わりにフォークも」


「はい、かしこまりました。塩ラーメン、醬油ラーメン、餃子二人分、少々お待ちくださーい」


「……」

「……」


「はい、おまちどうさま、醬油ラーメン、塩ラーメン、餃子二人前ね」


 15分くらい待っただろうか、運ばれてきた料理を見て、私はびっくり仰天した。


「おい!!黄色天使!!」


「え、なんです、ラーメン、お気に召しませんか?」


「これは!!ペリメニ!?焼いてはいるが、ペリメニではないか!!やった!ペリメニだ!」


 運ばれてきたその料理に、私は歓喜した。


 おお!これはまさに!かつて私も慣れ親しんだ、ロシアの郷土料理ペリメニ!!その原型となった料理は、かのプラトンも食したといわれる、まさに哲学者御用達の食事!もちろん私も大好物!まさかまた口にできるとはな!神のいたずらに、今や感謝!


「……あっ、はい、餃子のことですね。メインはラーメンなんですが……」


「この通り、活気に満ちてるね」

「ジャパニーズ・ショウテンガイっす。はいここラーメン屋。僕の行きつけ」

「塩ラーメンと餃子おまちぃ」

「ペリメニィィ!」

こんな話でした


ロシアの郷土料理ペリメニですが、カントが実際食べたかどうかは分かりません。ロシアの文献に「ペリメニ」の言葉が現れるのは19世紀初め、カントが亡くなったすぐ後の事だそう。文献になる前にはペリメニは存在していたはずだから、カントが食べた可能性はあります。そしてペリメニに似た料理については、すでに古代ギリシアのプラトンが言及しているそうです。哲学史の鬼、カントのことだから、そのことを知っていてもおかしくない。彼がペリメニを食べて、プラトンのことに思いを馳せたことも、あったんじゃないか。ここではそんな妄想を膨らませ、カントが生きた時代にはペリメニがあったことにして、しかも彼の好物である、という設定にします。フィクションです。


https://moskultinfo.wordpress.com/2015/03/01/pelmeni/

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― 新着の感想 ―
[一言] >皆が高校に通学できる 最近は、みんな大学に行く時代が近づいていますね (*´▽`*) ラーメンと餃子が美味しそうでした (`・ω・´)ゞ~♪
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