魔王
ちょっとずつ書いていきます
「くっ・・・」
俺は何とか逃げられないものかと体をよじる。
しかし薄い膜がまとわりついてうまく動けない。
その間に兵士は書物を箱の中に納め、蓋をして持参した袋の中に入れる。
「だからダメだって何度も言ったじゃないか」
兵士はハイリが動けないのをいいことに、自分の優位を主張するようにハイリの頭をなでる。
「兵士長もすごく怒っていらっしゃるし?君も学習しないねえ」
兵士はくすくすと笑う。
その笑いかたも妙に様になっていてイラッとする。
この兵士はイース。
身長180センチメートルのすらっとした長身に、おとなしそうで柔和な顔立ち、普段は今のように明るくなく、自分から積極的に何かをするものではない。
公私の区別がはっきりついているからか、二重人格のような印象すら受ける。
「返せよイース!それは俺のだ!」
頑張って動こうとするものの、体の締め付けはそれと比例するかのごとく強くなっていく。
「あー、無駄無駄。やめときなって」
バインド。
中位拘束魔法で、対象を拘束性のある魔法のベールで覆う。
対象が暴れれば暴れるほど拘束が強くなっていく。
イース曰く発生も早く、詠唱も短いためキープしやすい、慣れればとても便利な拘束魔法らしい。
「対象を封印せよ、キュベート」
イースは暴れるハイリを無視して、没収した木の箱に封印魔法をかける。
「あああああ」
「いや、あああじゃないからねほんとに。これがどれだけ危険なものか君は分かってない。君がこれを読んでしまってたら、僕は今ここで君を殺さないといけなかったかもしれないんだよ?」
俺はぎゅっと唇を引き絞った。
「でも、真実を知らずに生きていくのはつらいんだ・・・」
イースはいつの間にか真剣な顔になっていた。
「俺は昔からお父さんのいろんな話を聞いてきた。将来勇者になるものとして、その意識を持つように」
「そうだな、その結果、お前は知恵の勇者になったんだったな」
「俺は意識し続けないといけないんだ。真実を。昔、禁忌書庫で見た魔王の記述を確認しないといけないんだ」
「・・・」
イースは無言でうなずいた。
「お願いだイース。それを確認させてください。知恵の勇者としての頼みです。お願いします」
ハイリは座り込み、地面に額をつけた。
イースは驚愕し目を見開く。
ハイリは敬語というものをほとんど使ったことがない。
少なくともイースはハイリが敬語を使っているところを見たことがなかった。
まあ、だから許される、というものではないし、イースもそんなにお人よしではない。
しかし、その思いだけはイースに届いた。
「禁忌書庫に入るのは、この書類を確認するよりも罪が重いんだけどなあ」
イースは頭をかきながら言った。
「い、いやあれはたまたまで―—」
「・・・一つ聞くぞ」
ハイリの言葉は話の区切りだというかのように遮られた。
イースの雰囲気が変わり、とても強い、殺意のような鋭い視線が向けられる。
「お前はそれをどういうものだと思っている?」
「詳しいことはよく知らないけど、救いだと思ってる」
「なぜだ?」
「そいつは魔王。つまり魔物の王なんだろ?そいつを殺せば、もう魔物たちはいなくなるんじゃないのか?」
イースは考えるような仕草をする。
「いや正確にはそれは違う。魔物は魔王を倒したところでいなくなったりはしない。しかし、救い、だという部分はお前の言うとおりだ。だけど、これ以上は言えないなあ」
イースの雰囲気が元のへらへらした調子に戻る。
「おい!質問に答えたのにそれ読ませてくれないのかよ!?」
ハイリは激昂する。
「じゃあどうする?力づくで奪うか?」
「くっ―——」
「それに大体お前はわかってる」
ハイリの体の拘束が解ける。
「何が分かってんだよ!おい!」
ハイリは叫ぶが、その声は虚空に響くだけで、求めた返事は得られなかった。
イースは重要機密書類「魔王に関する記述」改め、重要機密盗難防止魔導具「イリイスの神器」を担ぎ、屋根を伝って王宮へ向かっていた。
ハイリが盗んだのは本物の機密書類だったのだが、「イリイスの神器」は指定した物体が一定範囲から外に出ると、対象と入れ替わり、場所を所持者に発信する魔導具だ。
だから、ハイリがもしあの本を開いていたらイリイスの自己防衛システムが発動して辺り一面吹き飛ばされていただろう。
しかしそんなことは今イースの気にしていることではなかった。
「本当なのか・・・」
イースはハイリの言っていたことをずっと考え続けていた。
ハイリは魔王について知っていた。
その記述がある書類は今王宮にあるアレと、禁忌書庫にある原本「7曜日の怪物」とその他一冊にしか記されていない。
イースは王宮にあるであろうそれの方向を睨む。
そして自分に言い聞かせるように発する。
「僕は全て守り切る」