人工勇者
舞台説明回
ロクノリア連合国は全方位を海で囲まれた島国だ。
しかし島国といえど、世界の約3割を占めるためロクノリア大陸という大陸名も持っている。
貿易では主に魔物の角や牙などの装飾や武具、防具の材料が輸出の6割を占める。
いわゆる戦闘国家である。
ダンジョンと呼ばれる魔物を生み出す地獄が数多く存在し、徒党を組んだ魔物がいつ攻めて来るか分からないため大規模な農業は行えず、主食である米やパンの材料である小麦は自給率が著しく低いため、魔物から手に入る材料を輸出し、米や小麦などの主食やその他、食料類を輸入している。
しかし、世界の約三割を占めるほどの大国が農業をできないなんてこと普通はあり得ないと思うだろう。
その価値観は間違っていない。
実際、東の海を渡った先にある小国、ダート王国はロクノリア連合国の約5分の1程の領土しかもっていないが、米や小麦の世界有数の生産国だ。
ではなぜ、ロクノリア連合国は農業ができないのか。
それは、世界に存在していたダンジョン13個のうち、ロクノリア連合国の保有するダンジョン数が11個もあるからである。
そしてロクノリア連合国は人間対魔物の最前線と人類に認識されていているため、武器の精度、医療技術はもちろん、世界最高峰の技術が集結している文明的先進国でもある。
武器屋、装飾屋、病院、服屋に至るまで、すべてが世界トップクラスの技術力を持っていて、当然、学校も。
「ハイリイイイイイイイイ!!!お前、何やってんだあああああ」
怒り狂って顔を真っ赤にした兵士は、ギリギリと音が出そうなほど強く握った拳を台に槌のようにたたきつけた。
衝撃で台の上の陶器のコップがはねて地面に落ち、割れた。
少年のズボンの裾が濡れ、シミを作る。
兵士とは対照的に、少年は落ち着いていて、どこかめんどくさそうでもある。
そんな二人の様子を端で見ていた兵士は、まあまあと、怒る兵士をなだめ、少年のほうを見る。
少年は僕が見ているのに気づくと、さっと目をそらした。
怒られている少年はハイリ・フリューゲル15歳。
職業は学生。
少年の目元は少し吊り上がっていて、およそ目つきがいいとは言えない。
しかし、どこか犬のような、従順だが誇りを持っているような、そんな雰囲気を持つ少年だ。
怒っている兵士はノーグ・フリューゲル兵士長55歳。
ハイリの身元引受人。
今は兵士だが、昔は凄腕の冒険者で、ハイリは5歳の時に拾ったらしい。
ノーグがまた怒り出す。
ハイリが聞いていないかのように無視して、さらに怒られる。
このループがもう何度も繰り返されている。
親子だからこそ、こんなに真剣になれるんだろうなあと、僕は感情をぶつけるノーグ兵士長を見ながら眩しそうに目を細める。
しかし、そろそろ止めないと・・・
「・・・別に大したことはしてないだろ」
ハイリがそっぽを向いたまま、ボソッと呟く。
しかし、その呟きはノーグを怒らせるには十分な声量と意味をはらんでいた。
「大した事なんだよおまえのしたことは!!!」
ノーグはハイリの胸ぐらをつかむ。
僕は焦って、間に入って止める。
「ちょっと!兵士長落ち着いてくださいって」
「お前は黙ってろ!!!」
兵士長は怒りの矛先を僕に向け、僕は気づくと宙を舞っていた。
ハイリは馬鹿ノーグの拳が兵士に入った瞬間を見届けて思った。
毎回トラブル押し付けてごめんなさい、と。
ハイリが怒られる度にこの人は宙を舞っている。
そして馬鹿ノーグがはっと我に帰り、「すまん!つい!」と言いながら救急医療班を魔法で呼ぶ。
そのタイミングで俺はいつも逃げ出していた。
そしてそれは今日も繰り返され、兵士に駆け寄る馬鹿ノーグを視界の片隅に残して、俺は逃げだそうとした。
その時、宙を舞った兵士の手が逃げ出す俺のほうに向かってグッドサインを送っているのが見えた。
俺は申し訳なさに唇を軽く噛み、逃げ出した。
家に帰り、例のブツを確認すべく、懐から少し埃をかぶった木製の薄い長方形の箱を取り出す。
上の埃を少し雑に払い、掘られた文字を再確認する。
『魔王に関する調査報告書』
俺はその文字を読んだ途端、胸がわくわくして締め付けられるような感覚を感じ、息が荒くなった。
震える指で、それを開けるため上のふたを垂直に引く。
かぽっと小気味良い音を立てて、蓋が開いた。
中には端が薄切れてボロボロになった、書物が保管されていた。
「こんなものがあるなら早く教えてくれればよかったのに」
俺は傷つけないようにやさしく書物の表面をなでる。
「でも、もういい!今からこれを読めるんだから!」
俺は周りを警戒し、誰もいないことを確認する。
誰も見ていない。
これが国の重要機密書類なのはわかっている。
一般人が見れば情報操作のために消される可能性が高い。
俺はその点大丈夫だが、もし関係ない人を巻き込んでしまってこれを見せてしまったら惨事過ぎて目も当てられない。
「よし、・・・見よう」
心の準備を済ませて、書物を開こうとした瞬間だった。
「バインド」
ハイリの体の周りに薄い膜のようなものが張り付き動きを止める。
魔法だ。
それも無詠唱。
相当な手練れだ。
ハイリは悔しさに歯ぎしりする。
「あと少し、だったのに」
目の前には先ほど馬鹿ノーグに殴られ、宙を舞った兵士が立っていた。