ep.02 砕け散った夢
高二の夏も終わり、秋の入口が見えてきた頃だったろうか。
去年の春高バレーの予選で悔しい想いをした俺たちは、春高バレーの予選に向けて猛練習をしていた。
その時俺はすでにエースとして、チームを引っ張る立場だったので、その日の練習でも熱心にスパイク打ち込みをやっていた。
思い切りジャンプし、頭上に来たボールを叩く。
本当に、いつも通り打ったつもりだった。
ネットの向こう側には後輩たちがレシーブしようと構えていて、後ろからは「いけー!」というチームメイトの掛け声が聞こえた気がした。
「うっ……!」
着地した瞬間、腰にかつてないほどの激痛が走って、うめき声を上げてその場にうずくまった。
もう立ち上がることすらできなくなってしまい、その日のうちに監督の車に乗せられ、病院に担ぎ込まれた。
診断の結果、俺は腰を痛め、重度のヘルニアになってしまったことを告げられた。
前々からフォームに癖があり、腰に負担をかけるぞ、と監督に言われていた矢先の事だった。医者から言い渡されたのは、「手術するかぎりぎりのライン。少なくとも一年は絶対に安静にしろ」という内容だった。
薬を飲んで、安静にしているのが一番の治療であり、無理をすると一生スポーツの出来ない体になる、とのことだった。
一年間安静。
それはすなわち、もう高校バレーは諦めろ、と言われたのと同じだった。
しかも、一年間安静にしたところで完治する保証はなかった。
跳び上がって思い切りスパイクすることは、もはや一生困難だろう、とまで言われた。
——終わりだった。
大好きで、ずっとずっと続けてきたバレーボール。
春高バレーの舞台に立って、あのオレンジコートの中で、仲間と同じ景色を見るのが、夢だった。
野球なら甲子園を、サッカーなら国立を、ラグビーなら花園を夢見るように——俺は冗談じゃなく、本当に夢に見ていたんだ。
それが突然奪われてしまうという喪失感は、まだまだ幼かった俺を打ちのめすには十分すぎるものだった。
どうしようもないほどに落ち込み、塞ぎこんでしまった俺は、高校を休み続けた。
「俺からバレーボールをとってしまったら、一体これから何をすればいい?」
そんな思考が頭の中を延々と巡った。
選手にはなれずとも、マネージャーとなりチームのために頑張り続ける。
そんな選択肢もあったはずだ。
こういう状況になった時、「自分が主役じゃなくなっても、マネージャーになって影で支えよう」なんて行動に出られる人もいるだろう。
でも、俺には到底そんな立派なことはできなかった。
腰を痛めたあと、硬いコルセットを巻いて何度か部活の手伝いをしてみたが、コートの中で力いっぱいに躍動するチームメイトたちを見ているのは本当に辛かった。
「悔しい」
それ以外、なにも感情が湧いてこなかったんだ。
「ふざけるな」
本当は、俺もあのコートの中にいるはずだったのに。
「俺を差し置いて、どうして世界が進むのか!」
どす黒い感情と共に、コートの外——「部外者」の領域で立ち尽くす自分。
それは本当に、世界で一番滑稽とさえ思えた。
見ているだけで、決して何もすることのできない自分。
俺は、バレーを見ていたいんじゃない。
あのコートの中で、誰よりも高く飛んで、視界を塞ぐ三枚ブロックを突き破ってやるんだ。
それが、誰でもない俺だったんだ。
自分勝手だといわれればそこまでだが——本当に、そんな風にしか思えなかった。
これ以上ここにいても、事態は何も好転しない。
そして俺は仲間たちの春高予選を見届ける前に——バレーボール部を退部した。
それからの日々は、毎日頭にちらつくバレーボールのことを忘れるのに必死だった。
監督やチームメイトも、俺を強く引き止めることはなかった。俺の落ち込みようが本当に凄まじかったからだろう。
ただ、ひどく残念がっていた。
お前がプレーできなくなるなんて、お前がいなくなるなんて、とただただ悲しんでくれていた。
でも、きっと誰にも俺の気持ちなんて分からないだろうと思った。
俺と同じ目に遭わない限り、そんな外野からの言葉なんて、俺にとってはその辺の塵芥となんら変わらなかった。
……ありがちなのかもしれないけれど、バレーを失った俺に残ったものは、恋だった。
健全な高校生男子だったら、好きな人の一人や二人、いたっておかしくないはずだ。
だから、バレー部を辞めてもう何も残っていなかった俺は、想いを寄せていた女の子に気持ちを伝えようと考えた。
一年生の頃からずっと好きだった、美香という同級生。
放課後、ひっきりなしに体育館に来ては、いつも男子バレー部の様子を見学していた。
そして休憩中なんかは、よく話をしていた。
周囲からは「両想いなんだぞ!」と囃し立てられたこともあった。
当時はそこまで気にかけていなかったが——
バレーを失ってからっぽだった俺には、美香という好きな子への気持ちだけが残っていた。寂しさや悔しさを紛らわすために、美香と一緒にいたい、と強く願った。
けれど、美香から返ってきた言葉は俺の想像とは違うものだった——
「#NULL!君って、ケガしちゃったんだってね」
「残念だなぁ。私は、バレーをやっている#NULL!君がかっこよくて好きだった」
「ごめんね」
俺は好きだった子に、あっけなくふられたのだった。
俺は……バレーができなければ何のために存在しているのだろう?
バレーのない俺なんて、一体誰が認めてくれるのだろう?
美香のこの言葉に俺は深く傷ついて——もうどうしてかいいか分からなくなってしまった。
それからは、毎日夢で見てうなされるほどになった。
白光がふりそそぐ体育館のオレンジコートの中に俺が立っている。
セッターのイイダ(チームメイトだった)がいい感じに浮かせたボールを、誰よりも、誰よりも高く飛んで、打ち下ろす。
その打球は三枚ブロックを突き破り、相手コート上に叩きつけられる。
瞬間、体育館が割れそうなほどの大きな歓声を一身に浴びて、コートの中を走り回って……
そんな夢だ。
目が覚めると、暗い部屋の中で一人、とてつもない虚無感に襲われる。
背中に嫌な汗をじっとりとかき、時計の針の音が虚しくこだまする。
もう二度と帰ってくることはない時間を思い出し、歯噛みし、そして、涙がこぼれた。