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夢の向こう側、ぶどう畑の夏  作者: 富澤南
第5話 花火とひまわりとショートヘアの君
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ep.18 スターマイン


「奈央、早く早く!」

 俺はそう言って、全力で自転車をこぎだした。


 奈央が後ろから「待って!」と言って追いかけてきた。

 もう幾度となく通った、見慣れた下り坂を全速力で走ってゆく。


 夜気をまとった夏の風が、身体をすり抜けていく。

 目まぐるしいスピードで、いくつもの街灯が視界を過っていった。

 俺は、奈央を花火大会に連れ去る漫画の主人公にでもなったつもりだった。



 自転車をこぐたび、心臓がどんどん高鳴るのを感じた。

 それは近づく花火の音と呼応して、勢いを増していった。

 坂道を全速力で下り終えると、平らな道へと出た。


 横にはいつの日にか見た、ひまわり畑と隣接する川が流れていた。

 遠くに見える橋の上には屋台の灯りがいくつも光っていた。

 その光の中を、大勢の人々が歩いているようだ。


 ここまで来て、奈央が「やっぱりダメ」と言って急に止まってしまった。

「どうした?」

「もしかしたら、会っちゃうかもしれないから……」

 奈央はそう言うと、表情を歪めて首を振った。


 俺は、「誰に?」と言いかけて、やめた。

 少し考えればすぐに分かることであった。

 奈央の事をふった、バスケ部の後輩のことだろう。



「もしも、他の子と歩いてたら……私……」

 奈央はそう言って、下を向いてしまった。


 俺は悩んだ。

 このままだと、奈央をここまで連れ出してきた意味がない。

 それどころか、俺のせいで奈央をもっと傷つけてしまうかもしれない。


 ただ——奈央は花火大会に来たかったんだ。

 それだけは、本当のはずだったんだ。

 俺は……奈央の、あの”何もない”表情を変えたかった。

 それだけだったんだ……。


 でも、俺には無理だったのか?



 瞬間、俺は閃いた。


「そこの河川敷の、ひまわり畑に行こうぜ」

「え?」

「河川敷の横にひまわりが咲いてるのを、前に見たんだよ」


 俺がそう語りかけると、奈央は「でも……」とまだ俯いた様子だった。


「奈央。大丈夫だ。あそこからでも見えるぜ、花火。それにさ——ひまわり、好きなんだろ?」


 俺がそう言うと、奈央は「なんでそんな事知ってんの」と苦笑いした。


「自分で言ってたじゃん。もうけっこー前だけど」

「そうだっけ?」

 そう言うと、奈央はくすくすと笑ってから、頷いた。


「あそこなら人もいないだろうし、いいよ」

 奈央のその言葉を聞いて、俺は自然と笑顔になった。

 まるでこれから、二人だけの冒険に出かけるかのようなワクワクが、胸の中に広がっていく。



「奈央、行くぞ」

 そう言うと、奈央は「うん」と頷いて俺の後をついてきた。

 道の脇に2台の自転車を置いて、河川敷の横のひまわり畑に向かって、土手を下りていく。

 その間も、頭上には何発もの花火が大きな音を立てて打ち上がっていた。


 上空で花火が咲くたびに、奈央が「わっ」と言って見上げるので、

 足を踏み外さないか、俺は気が気じゃなかった。

 そしてしばらく歩くと、小さなひまわり畑にたどり着いた。


 次々に花火が打ち上がって、ひまわりたちを何色にも染めた。

 それは不思議な光景だった。元の色があの明るいイエローだとは、到底思えなかった。


「ここからも、よく見えるじゃんか」

 そう言って横の奈央を見たが、黙ってただ花火を見つめていた。


 周囲に簡素な電灯しかないものだから、花火が無い時はとても視界が暗くなった。

 そう思うとまた花火が何発も打ち上がり、奈央の横顔と無数のひまわりを鮮やかに映し出した。

 その景色をぼーっと眺めていると、奈央が不意にひまわり畑の中に走り出した。


「ちょっと、どこ行くんだよ」

「あはは! どこにも行かないよ」


 俺は急いで奈央を追いかけた。

 ひまわり畑の中に佇んでいる奈央を見つけて、安心する。


「まったく。暗いし、危ないぞ」

「ん。分かってる」

 そうつぶやくと、奈央はまた夜空を見上げた。


「近くで見れて良かったなぁ」

「そうか。それなら良かった」

 ドン、ドン、パラララ……その間にも、頭上ではいくつもの花火が咲いて散っていった。


「あのさ」

「……何?」

 花火のせいもあってか、会話のやりとりが簡潔になる。

 横にいる奈央が、出し抜けに話しかけてきたのだ。


「恋なんて、花火みたいなもんだよね」

「え、なんだそれ?」

「私の気持ちも、散って消えていったからさ」


 ちょっと茶化したい気持ちも湧いたが、奈央が真剣に話しているのが分かったので、俺も真剣に答えることにした。


「奈央の恋は、綺麗に咲いて散ったんだね」

「ううん……それは違うかな。あれだけ綺麗に咲いてれば、散らなかったかもね」

 奈央はそう言うと、かぶっていたストローハットを目深にかぶり直した。

 そんな奈央を、頭上の大輪の花火が照らした。



「なあ、奈央」

「……なに」

 奈央はストローハットで目元を隠したまま答えた。


「散っちゃったなら、いいじゃんか。綺麗さっぱり、切り替えられる。ずーっと心に残ってるほうが気の毒だぞ」

 俺はまるで自分に語りかけるように、奈央に言った。


「次は、ひまわりみたいな恋をすればいい。明るくて、元気いっぱいのな」

「なによ、それ」

 俺の言葉を聞いて、奈央は笑って顔を上げてくれた。



「ひまわりは、花火みたいに消えないからな」

「でも、夏が終わったら枯れるよ」

「枯れないようにすればいいさ」


 俺がそう言うと、奈央は「いみわかんないよ」と憎まれ口を叩きながら、笑っていた。

 その笑顔を見て、俺は心が温かくなるような、安心するような、なんとも形容しがたい気持ちになった。



「それに、もう一つ大事な花火だってあるしな」

 俺がそうつぶやくと、奈央は「なにそれ」と言いたげな目でこちらを見たが、すぐに気づいたようだ。

「分かってる、絶対勝つんだからね」

 奈央は自信たっぷりにそう言うと、得意げな表情を浮かべた。


 さっきまで帽子で顔を隠していたくせに、と笑ってしまいそうになったが、奈央が元気になってきて、俺はとても嬉しくなった。



「明後日だな、夏季大会」

「うん、そうだね」

「悔いがないように、最後まで頑張れよ」

「頑張るよ、絶対。最後の最後まで」


 そんな会話を交わす、俺たちの頭上で——大きな金色のスターマインが夜空のカーテンのように広がっていた。


 奈央の花火が、部活の集大成が、綺麗に咲きますように——

 俺はそんなことを願っていた。


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