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夢の向こう側、ぶどう畑の夏  作者: 富澤南
第1話 挫折
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ep.01 ほころび

 みんなには夢ってあるだろうか。

 どんなものだっていい。大きくても、小さくても、なんでもいい。


 俺は思うんだ——。

 夢っていうのはキラキラしていて、自分の未来を明るく照らしてくれるって。

 少なくとも俺にとってはそうで、夢がない人生なんて、どこに向かって進めばいいか分からない。



 俺にも、夢があった。

 大切な大切な、夢が。




 ※    ※    ※




 昔から背が高かった俺は、中学の時になんとなくバレーボール部に入った。


 正直、最初はバレーボールなんてピンと来なかったんだ。

 お世辞にもメジャースポーツだなんて言えないし、かと言って飛び切りカッコいいってわけでもないだろう?

 それに、女子からも大してモテるってわけじゃない。


 でも——当時バレー部の顧問だった爺さん先生に、「背が高いなら、やらないと損だ」と唆されたのが全ての始まりだった。



 正直、球技ならどれでもいいと考えていた俺は、バレーがそこまで面白いなんて思ってもいなかった。

 けれど、先輩たちと一緒に臨んだ初めての練習試合で、衝撃を受けた。まるで、体中に稲妻が走ったような衝撃だった。


 仲間と息を合わせて連携プレーを決めた時の感動。

 「捕れない!」と思ったボールに滑りこんで、指先でプレーを繋げた時の興奮。

 何より、相手のブロックを打ち抜いてスパイクを決めた時の歓声。

 あの小さなコートの中に、とても言葉では語り尽くせないほどの感情が詰まっていたんだ。

 俺はその全てに魅せられ、身も心もバレーボール一色になっていった。



 中学の時は弱小校ながらも熱心な顧問の元、エースとして奮闘した。

 その甲斐あってか、俺は都内でもそれなりの強豪と呼ばれる高校の監督に声をかけられ、そこでプレーすることとなった。


 バレーに夢中だった俺が、その道で進学先を得た。この進路を、両親はとても喜んでくれた。俺がバレーで頑張ることを、二人はいつも応援してくれていたから。

 特に母さんは、俺が高校二年になるまで、本当に熱心に応援してくれた。



 強豪校でありながらも、「楽しくバレーする」ことがモットーだったうちの高校は、厳しくしごかれる時もあれど、監督や先輩の指導には、常に愛があった。

 一年の時からレギュラーとして試合に出場し、監督や先輩からも、「お前はどんどん伸びていく。これからが凄く楽しみだ」と期待されていた。


 俺もその想いに答えるべく、毎日練習を重ねた。

 部活が終わったあと、一人で体育館に残って筋トレを続けた。時には、ネットの片付けは一人でやると申し出て、練習後にスパイクを100本近く打ち込むこともあった。


「バレーが好きだ」という想いが、俺の原動力だった。


 本当に沢山の人に支えられて、良き仲間に恵まれて、最高の環境でバレーをしていた。そんな日々がたまらなく楽しくて、大切だった。

 できることなら、永遠に続いてほしいとさえ思っていた。


 そしていつか、この大切な人たちと一緒に、「あの舞台」に行けることを、夢見ていた。

 心から、夢に見ていた。

 みんなで、必ず春高バレーのオレンジコートに立つんだって——俺は夢に見ていた。



 でも、俺が高校2年になった春先、そんな日々がじわじわとほころび始めた。


 春の訪れを告げるつむじ風がいやにうるさい、そんな日だった。

 母さんが家の台所で、泣いた。大声をあげて、泣いていた。

 親父はそれを見て、ただ黙り込み、何も言おうとはしなかった。

 俺にも、何が起きているのかよくわからなかったが……。

 その光景は、俺たち家族の「終わり」を表しているんだと、ガキながらにそう思ったのをよく覚えている。


 そしてそれからひと月も経たないうちに——

 母さんと親父が離婚した。

 二人揃って俺のバレーを応援してくれていた両親が……引き裂かれた。

 なんでも、親父に浮気の疑いがあったとかなんとか。


 俺はその時、親父に対してものすごく怒りが湧いたし、母さんにとても同情をした。

 これからは俺が一人前の男になって、母さんを支えないといけないんだ、なんてことまで考えた。一丁前にさ。



 けれど、そんな俺の決意とは裏腹に——離婚から半年も経たないうちに、母さんは新しい男を家に連れてきた。

 俺はそれが信じられなかったし、ショックで言葉も出なかった。

 まだガキだった俺には、すぐに現実を飲み込むことなんて、できなかったんだ。

 それでも——これから母さんが幸せにやっていけるならそれでいいと思った。

 そう思うしか、選択肢はなかった。



 新しくやって来た男は、義父ということになるのだが、すぐには打ち解けることができなかった。

 都内の大手銀行に勤めているという、非常にお堅い男だった。俺はその男のことを、決して父さんとは呼べなかった。


 本当のことを言えば、俺は元の親父のことが大好きだった。

 すこし粗野でだらしない所もあったけれど、俺はそんな親父が大好きだった。

 でも、大好きという気持ちだけでは「家庭」は上手くいかなかった。

 きっと現実なんて、そんなものなんだろう。


 だからこうして母さんは親父と別れ、新しい男が家にやってきた。

 現実は単純明快で、それだけのことだったのだ。



 その男が来てからというもの、母さんが俺から学校の事や、部活の事を聞く機会がめっきり減った。毎日欠かさず作ってくれていた弁当も作ってくれなくなった。

 毎朝、「ごめんね」と言いながら俺に千円札を渡すだけになった。


 昼休み、クラスの奴らと一緒に弁当を食っていた習慣も、俺だけ一人、千円札を握りしめて学食に行くだけの日々に様変わりした。

 高校の学食では千円なんて大金で、大抵いつもお金が余った。

 その余った小銭を握りしめて、俺は一人、学食のカウンターで立ちつくした。


 母さんが離婚してから、少しずつだけど俺の毎日にも変化が起き始めていた。

 ゆっくりとだけれど、確実に——。


 そんな風にして、突然の環境の変化に気持ちが追いつかず、どこか空気の抜けたような日々を送っている時だった。

 俺の人生において、最悪の日がやってくる。


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