第8話 聖炎の試し
俺はフェニックスに促されて祭壇の階段を上り、刺さっている剣の前に立つ。フェニックスの傍は案の定熱く、肌に焼けつく様な熱が伝わってくる。
「それで、何をすれば?」
「マズハ、コノケンヲヌケ」
「いいんですか?」
「ウム」
俺は言われるがまま剣に手を掛け、地面に刺さっている剣を抜く。剣はあっさりと抜け、俺の手に収まる。
見た目は日本刀の形状だが、持ち手の拵えはよく見る刀とは違って儀礼用の刀の様な手の込んだ装飾が施されており、少し神秘的な雰囲気を持っている。刀身は大太刀に相当する長さはあり、刀身には炎の様な綺麗な波紋が波打っている。
それなりの重量を感じるが、手に馴染む重さだ。それに何故か、手に吸い付く様なしっくり感がある。
それを見て、フェニックスが感心する声を発する。
「ホウ……キムズカシイソヤツガ、スグニテニナジムトハ……サスガ、『スロノス・フラグメンツ』トイッタトコロカ」
聞き覚えのある単語が出て来た。あの女が俺に向けてよく言っていた言葉だ。
「スロノス・フラグメンツ……やはり何か意味があるんですか? あの女も良く口にしていましたが……」
「……ワルイガ、ワレモ「シュ」ニシバレテイルノデナ。クワシクシリタケレバ、イキテココカラデテ、チョクセツキクコトダ」
フェニックスもフランと同じか……という事は、ベヒモスも同様だろう。3体とも相当の力を持つ存在……それを呪で縛るという事は相当の実力者だと思う。
少し思考があの女の事に反れるが、今はフェニックスの試しだと意識を切り替え、フェニックスを見据える。
「分かりました、続けて下さい」
「デハ、マズハソノケンカラセツメイスル。ソノケンノナハワレモシラヌガ、ソノセイシツハワカッテイル。ソレハホノオヲクウ「エンジキ」ダ」
「炎喰?」
「ソウダ、ソレモムジンゾウニナ。ソシテ、コノケンノショユウシャハ、ソノムジンゾウニクッタホノオヲ、ジザイニアヤツルコトガデキル」
「正に炎の剣、ですか……」
俺もまだ高校生の男だ。この手の物を手に持てば、それなりに興奮するのは否めない。手に持った剣を軽く振ってみるが、炎が出る訳ではなく、美しい刀身を持つだけの剣でしかなかった。
「ツギハ、コノホノオヲミロ」
そう言ってバサッと左の翼を振ると、目の前に人一人をすっぽり覆い隠すぐらいの、巨大な火柱が出現する。
「ウオッ!?」
思わず驚いて、たじろぐ。
「主様、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ、問題ない。少し驚いただけだ」
そんな俺を見て、フェニックスが指摘してくる。
「コノテイドノホノオヲオソレテイテハ、コレカラオコナウタメシニハ、タエラレンゾ」
そう言われ、緩んでいた気をしっかりと引き締め直して聞く。
「この炎は?」
「ワレガウミダシタ、セイナルホノオ……セイエンダ」
「聖炎……」
「コノホノオハ、ケガレ――ニクシミヤイカリ、オソレナドノフノカンジョウヲ、ヤクチカラヲモツ」
「負の感情を焼く?」
「ソウダ。ソシテ、フノカンジョウヲイダクモノガソノミデフレルト、マズセイシンヲヤキ、ヤガテソノミゴトヤキホロボス」
にべもなく言い放つフェニックス……そして、やろうとしている試しに察しが付く。それを知ってか、フェニックスは悠然と言い放った。
「コレカラ、コノホノオデソナタヲヤク」
「なっ!?」
その言葉を聞いて、フランが驚きの声を上げる。まあ、無理もない。これからお前を焼き殺すと言った様なものだ。
「どういうつもりですか、フェニックス様!」
そう言ってフランも祭壇に上ろうと階段に足を掛けるが、その瞬間、祭壇を覆い尽くす様に炎が立ち昇る。
「ジャマヲスルデナイ。ジャマヲスレバ、ソナタゴトコヤツヲヤキコロスゾ」
そういって冷徹な瞳をフランに向けるフェニックス。先程の遊びの様な雰囲気はない。フランは、食い下がろうとするが、俺がそれを止める。
「フラン、大丈夫だ! そこで見ていろ」
「ですが!」
フランは言い返そうとしたが、俺はそれを視線で黙らせる。大丈夫だ、と。
「ッ!?……分かりました」
不安そうな表情を一瞬するが、下がるフラン。それを見て、フェニックスが試す様に聞いてくる。
「……タスケヲモトメンノカ? ヒッシニネガエバ、キモカワルカモシレンゾ?」
俺を試す様に言うフェニックス。だが、それに対して挑戦的に言い返す。
「ご冗談を。一度した約束は守る主義なんで。それに、ここで逃げた所で先は無いです」
あの女は、逃げ道なんか用意してはいないだろう。今までのやり口から考えて、退いた先に待っているのは確実な死だ。なら、僅かでも可能性がある道に進むしかない。
俺の覚悟を秘めた瞳で、フェニックスを見つめる。そんな俺の瞳を真っ直ぐ見つめ返して、フェニックスが言う。
「……イイメダ。デハ、ハジメルゾ。ヤルコトハカンタンダ。ミヲヤクセイエンニタエツツ、ソノケンヲツカッテ、ホノオヲスベテクラワセヨ」
「確認ですけど、聖炎は負の感情に反応する炎なんですよね? つまり、負の感情さえ抱かなければ、焼かれる事は無い」
「ソウダ。ダガ、ココロヲコロスノハ、イウホドカンタンデハナイゾ。ソレニ、ジカンヲカケスギレバ、セイシンガヒヘイシテ、ココロハタヤスククズレル」
「剣に炎を喰らわせるには、どうすれば?」
「ケンニキケ。ソウスレバ、オノズトワカル」
「……分かりました」
随分と簡潔な説明だが、ヒントはここまでだ、とフェニックスの目が言っていた。俺は覚悟を決めて、剣を正眼に構える。
「デハ、ユクゾ」
そう言ってフェニックスは大きく翼を広げると、その身に炎が渦巻いて纏わりつき、両翼でこちらに対して勢いよく打ち仰ぐ。
すると、フェニックスが纏っていた炎が俺の足元に飛び、ズボウッ!! という音を響かせ、巨大な火柱が足元から吹き上がって俺の全身を包んだ。
「グッ!?」
一瞬、身を包む炎に恐怖が襲う。当然の事だ、生物とは本能的に炎を恐れる。そして、フェニックスの宣言通り、肌を焼く様な痛みが全身を襲った。
「ヅウゥ!?」
だが、服が燃えている気配はないし、むき出しの皮膚も火傷を負ってはいない。恐らくこれが、フェニックスが言っていた精神を焼くという事なのだろう。
そして、痛みで心が恐れを抱くと更に痛みが増す。まさに負の連鎖だ。俺は、その余りの痛みに片膝を付く。
「主様!?」
フランの悲痛な声が俺の耳に届く。しっかりしろ、俺! あんな偉そうにフランを制止しておきながら、情けないぞ!! と叱咤する。
俺は痛みに耐え、何とか立ち上がる。そして、フェニックスが言った事を頭の中で反芻する。
「(心を殺す……つまり感情をフラットにするという事。この炎は実際に俺を焼いている訳じゃない……惑わされるな)」
自身に強く言い聞かせながら、姿勢を整えて目を閉じる。炎を見ていては余計に惑わされる。そして痛みに耐えながら、鼻で息を限界まで深く吸い込み、口からゆっくりと息を限界まで深く吐き出す。
基本的な瞑想の呼吸法だ。それを繰り返し、とにかく息を吸うという行為そのものに「今」を集中させる。すると、次第に肌を焼く痛みがスウッと引いて行く。
「(よし、痛みは引いた……次は剣だ。剣に聞く? 呼び掛けるという事か?)」
そう思い、剣に呼び掛ける。が、いくら呼び掛けたり、命令したりしても、剣はうんともすんとも言わなかった。
「(反応がない……どういう事だ? どうすればいい……)」
と少し焦る気持ちを抱く。すると、途端に痛みが襲う。
「(クッ!? 駄目だ、焦るな。立て直せ!)」
再び呼吸に意識を集中させ、心を立て直す。だが、ここで更に異変が生じる。急に体から力が抜けて来たのだ。
「(な、なんだ!? 体に力が入らなくなって来た!)」
その証拠に、足が少し震えて姿勢が崩れそうになっていた。
「主様! 長引かせてはいけません! そのままでは精神が持ちません!!」
そう言うフランの叫び声が聞こえ、痛み覚悟で目を開けて頭上のステータス表示を見ると、HPは多少減っているぐらいだったが、MPが驚くほど減っていて、見ている間もドンドン減って行っていた。
「(クソ!? フェニックスが言っていた、精神を疲弊するとはこういう事か!)」
この聖炎は言わば精神を焼く炎だ。痛みを感じなくとも、焼かれ続ければ精神が磨り減り、やがて尽きれば今度は肉体を焼く。そうなれば恐らく一瞬だ。時間がない。目を再び瞑って考える。
「(思い出せ! フェニックスはこの剣に関してなんて言っていた? 炎喰……炎を喰う性質……待てよ。フランの話では、フェニックスはこの剣に縛られていると言っていた……つまりずっと剣の傍にいたという事だ。炎を喰うという、言わばフェニックスにとっては天敵の様な剣の傍にずっと? ……もしかして、剣はフェニックスの炎を一度も喰っていない……何故だ? ……眠っている? まさかこの剣は眠っていて、まだその性質を発揮していないのか? 剣に聞けとは、もしかして目覚めさせろという事か! なら、どうやって目覚めさせる?)」
と、そこまで思考が纏まった瞬間答えを閃き、カッと目を見開く。そして、チラリとステータス表示のMPを見て、ギリギリだがやるしかないと腹を括る。
俺は足を踏ん張ってふらつく体を立て直し、剣を見据えて全てを見通す為に『審判の瞳』を使う。
左の瞳が強い熱を帯び、その視線が収束して意識が剣の深淵を覗き、全てを詳らかにして行く。膨大な量の情報が脳内に流れ込み、やがて、一つの名がハッキリと頭に浮かび上がる。
そして、俺は身を焼く痛みや体を覆う炎を全て吹き飛ばす勢いで、その名を叫ぶ。
「目を覚ませ! 『火之加具土命』!!」
その瞬間、産声を上げる様に剣が光り輝き、俺はその剣を掲げる様に頭上に突き上げると、体を覆っていた炎が剣に収束していき、やがて全ての炎が剣に飲み込まれる様にして消えた。
身を焼く痛みから解放され、フラ付く体を支えていた足は、限界という感じで力が抜けて思わず跪く。呼吸は荒く、正に満身創痍といった感じだった。
「主様!」
後ろから呼ぶ声が聞こえて後ろを振り返ると、心配そうな顔を浮かべながらフランが階段を駆け上って来ていた。いつの間にやら、祭壇を覆っていた炎も消えている。
フランが俺の傍に寄り、慌てて俺の体を触って負傷していないか確認してくる。
「痛みはありませんか!? どこか火傷を負っていたら、すぐに治療します!!」
「だ、大丈夫だ。くすぐったいから勘弁してくれ……」
体をまさぐるフランをやんわりと引き離す。しかし、正直ギリギリだった。そう思い、ステータス表示を確認すると、MPが二桁を切っていた。もう少し遅ければ精神力を使い果たし、大火傷を負うか死んでいただろう。
ホッとしていると、突如部屋中にフェニックスの笑い声が木霊する。
「ハッハッハッハッハッ、ミゴト! ミゴトダッタゾ!! ヨクゾ、ワレノタメシヲノリコエタ。ゾンブンニ、タノシマセテモラッタゾ!」
「それは何よりで。それで、この剣は頂けるのでしょうか?」
そう言って、右手に握っていた剣を持ち上げて見せる。
「アア、スキニセヨ。ソレハモウソナタノモノダ。ソシテ、モウイチド、サンジヲオクロウ。――ミゴトデアッタ。エラバレシ、『スロノス・フラグメンツ』ヨ!」
こうして、俺はフェニックスの試しを乗り越え、目的の武器――『火ノ加具土命』を手に入れたのだった。