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第7話  紅蓮の守護者

 ふと目覚めて、意識が覚醒する。森林特有のフィトンチッドの落ち着く匂いが鼻腔に微かに香る。この香りはフランから発せられている様で、やっぱり植物系なんだな~、と寝る前に思った。

 そして左隣を見るが、もう起きたのかフランの姿が無かった。どこに行ったのかと周りを見渡すと、庭園の奥から果物を抱えてこちらに来るのが見えた。どうやら俺の朝食を取りにいてくれたらしい。


「主様、おはようございます」


 そう言って、微笑みながら挨拶をしてくれるフラン。


「おはよう。朝食の用意をしてくれたのか? ありがとう」


「いいえ、これもしもべの務めですから」


 そう言って、庭園に備え付けられているテーブルの上に、取ってきた果物類を並べてくれる。その他にも、顔を洗う為に木の大きめの器に水を張ってくれたり、歯磨きの木まで用意してくれていたりと、至れり尽くせりだった。とても気が利くしもべである。

 俺は、それら一つ一つの心配りに感謝しながら身支度を整え、朝食を食べた。そして、一通り朝食も頂き、腹が満たされた後、今後の方針をフランと相談しようと話し掛ける。


「フラン、今日の行動に関してだけど、武器があるという区画に行こうと思ってるんだ。だが、昨日の話だと、そこの守護者はフランの苦手な相手なんだよな?」


 昨日、色々話した際にそんな話を聞かされた。


「ええ、私とはすこぶる相性が悪い方です。なので、戦闘になった場合、私ではお役に立つのは難しいかも知れません」


 そういって、申し訳なさそうな顔をする。


「いや、それは仕方ないよ。それにどうせあの女はそれも想定しての事なんだろうさ……昨日の話を聞いて、あの女の狙いは少し読めてきたしな」


 俺の左目に宿る『審判の瞳』という力、3体の守護者とその性質、そしてこのダンジョン……まだ狙いは完全に読めた訳ではないが、俺に何をやらせたいのかは薄々分かってきた。

 要するに、俺を鍛えたいのだあの女は……理不尽な状況に追い込み、危機に陥れて力を自覚させ、そして守護者を屈服させる様に仕向けている。

 フランをしもべにした事も、あの女にとっては想定通りなんだろう。俺を鍛えてどうするつもりなのかは分からないが、手のひらで踊らされている様で癇に障る。

 それに……チラリと頭上に目をやり、ステータス表示を確認する。すると――



レベル12 神座 晃

HP 1120/1120

MP  180/ 180



 と、レベルが上がって能力値も向上していた。フランをしもべにした後、確認すると上の様な数値になっていた。

 基本RPGとかだと、モンスターを倒して経験値を得て、それによってレベルが上がって向上する物の筈だが、俺は別にモンスターを倒してなどいない。やったとしたら、ダンジョンをひたすら歩き続け、フランをしもべにしたぐらいだ。それなのにレベルは上がっていた。

 何をどう解釈したら、経験値を得られた事になるのか基準がよく分からない。よって、どうも胡散臭さが漂う……おまけに、とりわけ強くなった実感等無いのだ。

 正直この数値は、あくまで目安として見るだけにした方がいいのかも知れない……RPGの様に純粋な力が上がったと過信するのは、危険な気がしていた。

 おそらくこれはゲームではないのだから……。


「では、向かわれますか? 次の守護者の下へ」


「ああ、とにかく次は武器を手に入れよう」


 そうして、俺たちは左の区画を後にし、右の区画――武器が隠されている場所に向かう事にした。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 入口の十字路まで戻り、右の区画へと向かう道に入って一時間程歩いた。フランの話から、このダンジョンは守護者以外のモンスターはいないという話は聞いており、最初の頃より警戒せずに進めるのは非常に有り難かった。それにフランも傍にいるので、心強い事この上ない。

 フランを伴い、マッピングを行いながら右の区画のダンジョンを探索していく。そして、丁度フランがいた左の区画の対角線上に位置する付近に来た時、徐々に周りの気温が上がっている事に気付く。


「フラン」


「ええ、そろそろ2体目の守護者の区画です。あの先を曲がった所の部屋がそうです」


「分かった」


 俺達は慎重に進み、フランが言った部屋の近くまで進む。先ほどより気温がずっと上がり、額に汗をかくほど熱くなっていた。

 俺は慎重に部屋の中を覗くと、フランがいた部屋と同じぐらいの広さがあり、その中心に祭壇の様な物があった。そして、その頂上に向かう為の階段が伸びている。

 祭壇の頂上には剣が刺さっており、それを守るかの様に大きな深紅の羽を持つ、強烈な熱気を放つ守護者が鎮座していた。

 そして、例の如くその頭上には、あのステータス表示が出ていた。



レベル87 フェニックス

HP 98500/98500

MP  6600/ 6600



 よりにもよって、炎を代表する様なモンスター……これが事前にフランと相性が悪いと言っていた理由だ。「木」と「炎」……フランをしもべにしたアドバンテージを完全にフイにする相手である。

 これが意図的では無いと、言い切れるだろうか? 今もあの女が、ニマニマと笑いながらこちらを観察しているのかと思うと腹が立つ。どうやっても俺に苦労をさせたいらしい。


「(さて、どうしたものか……事前に相談した通り、話し合いか……)」


「(ええ、それしかないと思います。ベヒモスと違って、あの方は話の通じる相手です)」


 このダンジョンに守護者として配置された際、それぞれ顔合わせをした様で、このフェニックスとは何度か話をした事があるらしい。

 ベヒモスは、あまり話の通じる相手ではなかった様だが、フラン曰く、フェニックスは思慮深い老齢の女性なのだそうだ。

 よって、話によっては力になってくれる可能性はあるとの事だった。もちろんいざとなったら、私がお守りしますと言っており、俺自身もその際は『審判の瞳』を躊躇(ちゅうちょ)なく使う予定にしている。

 とは言え、まともにやっても勝ち目は薄いので、それさえ通じなかったら速攻逃げる方針だ。

 守護者は、基本、守護する区画から離れる事は無いらしく、特にフェニックスは、あの刺さっている剣に縛られている為に、あの剣を放って追ってくる事は出来ないという話だ。


「(じゃあ、行くか)」


「(はい……ですが、やはり私から入りましょうか?)」


「(いや、ここは堂々と行く)」


 これから交渉しようって相手に対して尻込みしても仕方ない。俺は、熱気を放出している部屋に堂々と入っていく。フランは慌てる様に俺の後ろを着いてきた。

 フェニックスはこちらに気付き、睨みつける様に視線を飛ばしてくる。俺はその視線を真っ直ぐ受け止め、怯む事無く歩みを進める。

 そして、階段手前まで来たその瞬間、フェニックスは羽を大きく広げる。その勢いで一気に熱気がこちらに吹き付けてきた。

 肌を焼く様な熱さが襲い、咄嗟に顔を腕で覆う。それを見て、すかさずフランが前に出て蔦を伸ばし、壁を作って俺を守る。水分が蒸発する様な音が響き、焦げた匂いが漂う。


「フラン!」


「平気です!」


 暫くして熱気は収まり、蔦が解除される。蔦は、表面が所々黒く焼け焦げていた。フランはキッと祭壇の上を睨み、フェニックスに対して話し掛ける。


「随分と手洗い歓迎ですね」


 すると、フェニックスが広げた羽を閉じて応える。


「フン……ドリュアスヨ。ソナタ、ソノニンゲン二ツイタノカ?」


「ええ、この方は私の主です。例え貴女でも、この方を傷つけるのなら容赦はしません!」


「ワレニカナワナイトワカッテイナガラ、イサマシイコトヨナ。ソウトウキニイッタヨウダ。イヤ……ソナタ、ナヲシバラレタナ」


「関係ありません! 名を縛られていようとなかろうと、私はこの方を守ります!!」


「ホウ……ナラタメシテクレヨウカ? ソノモノヲハイニシテモ、ソノオモイガココロニノコッテイルカヲ!」


 そう言って、再び大きく羽を広げていく。フランもやる気なのか、蔦を両腕にグルグルと絡めて、先をレイピアの様に尖らせて纏っていく。完全にやる気モードだ。

 こちらをほったらかしにして、盛り上がる二人……俺は緊迫する空気をぶち壊す為に、大きく息を吸い、腹に力を溜めて力の限り叫ぶ。


「ストーーーーーップ!!」


 部屋に俺の声が響き渡る。フェニックスは、表情は分からないがこちらに目を向け、フランは直近で聞いたせいか、両耳を抑えて驚いた表情でこちらを見ていた。


「二人で勝手に盛り上がるのは止めてくれないか? 貴女に用があるのは、俺だ」


「ですが!」


「いいから下がってろ。貴女もあまりフランを揶揄(からか)うのは止めてくれ」


「え?」


 俺の言葉に驚くフラン。先程からのフェニックスの発言は本気じゃない。

 炎を浴びせられた瞬間に、俺は軽く『審判の瞳』の力を使ってフェニックスを見ていたが、殺気がまるで感じられ無かったし、言葉にもこちらを害する意思を見いだせなかった。

 代わりに少しワクワクしている様な気配が見て取れた。要するにワザと挑発していたのだ。


「……フン、カラカイガイノナイニンゲンヲエランダモノダ。ツマラヌ」


 俺の目の力に気付き、つまらなそうに言うフェニックス。

 フランは、途端に態度を変えたフェニックスを見て、先程のやり取りが本気じゃなかった事に気付き、少し呆れた顔をして言う。


「フェニックス様……貴女という方は……」


「ユルセ、ズットコノケンヲマモッテイルノモタイクツデナ……チョウド、ゴラクガホシカッタノダ」


 フェニックスは、あまり悪びれずに言う。先程の緊迫感が台無しである。だが、チャンスだ。俺は、交渉のきっかけを作る為に踏み込む。


「なら、俺が娯楽になりましょうか?」


「主様?」


「ホウ……ワイショウナニンゲンゴトキガ、ワレヲタノシマセルコトガデキルト?」


 好奇心を刺激されたのか、少し楽しそうにこちらを威圧するフェニックス。俺は、その気配に気圧されずに発言する。


「力においては、無理でしょうね。俺にはフランの様な、貴女に相対する力は無いですから」


「ナラ、ナニヲモッテワレヲタノシマセル?」


「俺を試して下さい。それをクリアする事で、私は貴女を楽しませましょう。そして、もし満足頂けたら、その剣を俺に下さい」


「あ、主様、それは……」


「大丈夫だ。黙って見てろ」


 かなり俺に不利な条件だ。主導権を握られる上に、無理難題を吹っ掛けられる可能性も高い。だが、まわりくどい説得工作は、どうせ通じないだろう。それに――


「……フン、コザカシイニンゲンヨナ。チカラデカナワナイト、マエオキヲシテオキナガラ、タメセナドトイイオッテ」


「あ、バレました?」


 やはり気付かれたか。最初に力ではどうしようもないと宣言しているのに、力を誇示させる様な試しを行う等、矜持を持つ者ならしない……フランから事前に「気高いお方です」と聞いていたので、そう読んでの提案だった。


「……マア、ヨカロウ。サイダンノウエマデ、アガッテクルガイイ」


 だが、こちらの意図を見透かしながらも、俺の条件を飲んでくれるフェニックス……やはり俺の推測は当たっているみたいだな。


 あの女は、「俺を鍛えようとしてる(・・・・・・・・・・)」。


 余りにもこちらの都合の良い展開に、自身の推測が当たっている事を確信する。

 俺は、何処からか見ているであろう、あの女の視線を感じながら、祭壇の階段へと足を掛けた。


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