第4話 謎の女の目的
思わぬ呟きで謎の女が反応したので、俺は頭上に向けて叫ぶ。このチャンスを逃す訳にはいかない、と冷静に頭の中で考えながら……。
「俺をこんな訳の分からない場所に放り込んで、どうするつもりだ! とっととここから出せ!!」
<……断る>
返ってきたのは素気無い返事だった。俺は諦めず、頭の中で言葉を選びながら謎の女を追及する。
「何でだ! そんなに俺を殺したいのか!!」
<馬鹿を言え、お前を殺したいなど欠片も思っていない>
「なら何なんだ、あのモンスターは! いくら何でもレベル差があり過ぎだろう!!」
<アレは、このダンジョンの守護者だ。強いのは当然だろう。弱くては大事な物は守れん>
守護者、大事な物を守る……やはりそういう意図のモンスターか。そうなると、あの部屋がますます怪しくなる。いいぞ……このチャンスを逃さず、情報を出来る限り引き出す。
その為に、ワザと感情を爆発させる様、怒りを表情に露わにして捲し立てる。
「大体、俺を殺すつもりがないなら、なんでこの扉は開かない! 壊れてんのか、この扉は? おまけに水も無ければ、食い物も無い! こんな状態でどうやって生き延びろって言うんだ? そんな単純な事すら分からないのかお前は! 更にあんな絶望的な力の差があるモンスターから、戦い抜いて生き延びろ? ふざけるのも大概にしろ! 武器も無しにどうやって戦えって言うんだ、この唐変木が! このダンジョンを作ったと言っていたが、とんだ欠陥ダンジョンだ!! もしかして、お前はこんな当たり前の事すら理解出来ないほど、馬鹿なのか?」
今まで溜まっていた鬱憤を爆発させるかの様に、感情を剥き出しにして矢継ぎ早に言葉をぶつける。
そして、出来る限りあの女を挑発する為に、最後の台詞は嫌味ったらしく言い、馬鹿なのか? というところで、右手の中指で自分の頭をツンツンと突く様に大仰にジェスチャーをして指摘してやる。
すると、案の定、頭に来たのか怒涛の勢いで反論してきた。
<おのれ……言わせておけば言いたい放題言いおって! このダンジョンは、まだ未完成なのだ! 色々足りないのは当たり前だろうが! 扉が開かない? 当り前だ! 守護者を屈服させぬ限り、その扉は開かぬ! 水や食料がない? 良く探しもせずに抜かすな、この根性無しが! それぐらいちゃんと用意しているし、武器もちゃんとある! 逃げる事ばかり考えて、小癪にも速攻で出口を目指しおって、私の皇座の破片ならもうちょっと立ち向かう勇気を見せよ! 情けなくて涙が出るわ!!>
おーおーベラベラとよく喋ってくれる。プライドの高い性格と読んで挑発したが、予想以上の効果だ。俺は持っていた生徒手帳に、すかさず先ほど言った女の台詞の重要部分を抜き出して、記入していく。
<貴様、聞いているのか!>
俺が下を向いて、既に頭上を見ていない事に腹が立ったのか、怒り心頭という感じで指摘してくる。
「あ~……気にせず続けろよ。で、水や食料、武器は何処にあるんだ?」
それに我関せずという態度を取りつつ、核心に迫る質問をさり気無く投げかける。
<それは、左右の区画にそれぞれ……って貴様!?>
やっと俺がワザと挑発したのに気付いたのか、動揺する声が返ってくる。
「左右の区画……と、貴重な情報をどうも。助かったよ」
そう言ってパタンと生徒手帳を閉じ、頭上に向けて先ほどの感情をむき出しにした表情とは違う、冷静な顔を向ける。怒りは抱いていたが、さっきのはほとんどお芝居だ。
<ッ……>
言葉は発しないが、動揺の雰囲気が伝わってくる。してやったりという気持ちが心に広がり、少しは溜飲が下がった気分だ。しかし――
<フフッ……ハハハ……>
と、突如あの女が笑いだす。何だ? 怒りで気がふれたか? と思ったが次の瞬間、ダンジョン中に響かんばかりの笑い声が木霊した。
<アハハハハハハハッ!!>
「な、何だ? 気でも触れたか?」
思わず、呟いてしまう。それほど楽し気で、嬉しそうな笑い声だった。
<クククッ……主人を手玉に取る狡猾さ……いいぞ、そうでなくてはな。ますます気に入った……流石は、私の皇座の破片だ>
誰が主人だって? と突っ込みたかったが、何やら少し異様な迫力を含んだ声音に、俺は少し気圧され気味だった。そして、女は嬉しそうに告げてくる。
<早くそこから出て来い。私は外で待っている。そして、無事出て来られたら、とびっきりの褒美をやろう>
先ほどとは打って変わって、ゾクリとする色気を帯びた声色で告げてくる女……俺は、それに呑まれぬ様、刃向かって言い返す。
「褒美なんかいらん。俺を元の場所に戻せ」
<それは出来ん。それにお前は、その褒美を受け取れば元の場所に帰りたい等とは、決して言わなくなる>
「……どういう意味だ」
自信満々に答える女に不気味さを覚え、眉を顰めて聞き返す。
<フフフッ……出てくれば分かる。待っているぞ、私の愛しい皇座の破片よ>
その言葉を最後に女は一切返事をしなくなった(念の為にペチャパイとも言ってみたが、反応は無かった)。
「私の愛しいスロノス・フラグメンツ、ね……」
最初の時もそう言っていた。スロノス・フラグメンツ……フラグメンツは破片の複数形だが、スロノス? ……確かギリシャ語での王座だったか……王座の破片?
……俺を指して言っているみたいだが、何かそれだけではない、深い意味を帯びている気がする。そうでなければ、ああも連呼はしないだろう。
「何やら期待されている様だが、一体俺に何を求めているのか……まあ、少なくとも俺に対して悪意は持っていないみたいだが……」
あの自信に満ちた発言といい、不気味な存在だ。しかし、あの嬉しそうな笑い声を聞いて、少しホッとした部分はある。随分と楽しげだった、と思わず心が綻ぶ。
「って、イカンイカン……ほだされるな。俺をこんな状況に陥れた諸悪の根源なのは確かなんだ。気軽に気を許していい相手じゃない」
気を取り直し、あの女が口を滑らせた情報を精査する。
俺の推測通り、まずこの扉はあのモンスター――守護者を倒さないと開かないらしい(屈服という言い回しは若干引っ掛かったが……)。
これはハッキリ言って、あまり嬉しくない情報だ。どうやら何としても、あの守護者とやらを何とかしないとならないらしい……予感というのは、嫌な物ほどよく当たる。
だが、水と食料、そして武器があるのは嬉しい情報だ。特に肝心なのは水と食料に関して。あの女の言う事が確かなら、左右の区画と言っていた。どうやら武器もそこにあるらしい。まずはこれを確保するのが、最優先事項だ。特に水と食料が今一番欲しい。
さて、左右の区画とはどこを指して言った言葉なのか……。俺は、マップを見ながら思案する。
「最初の部屋と入口の場所は、およそ対角線上に存在していた。という事は、左右の区画も同じく対角線上に配置されている可能性がある……」
生徒手帳を回転させて入り口の部分を下にすると、丁度、最初のスタート地点が頂点となる対角線上に来る。
「なら、こことこの辺りと推察出来るか……」
と呟いて、マップにそれぞれ印を付ける。左端と右端の対角線上の区域……これが当たっている可能性は高いだろう。
問題は、どちらが水と食料及び武器かだ。俺なら、水と食料は同じ位置に纏めるから、どちらか一方が水と食料になっている可能性がある。一気に手に入れるチャンスだ。暫く考えるが――
「こればかりは勘だな……」
と、結論を出す。推察するには情報がちと足りない。
生徒手帳から顔を上げて左右を見渡すと、階段の頂上から左右に道が分かれており、そこで十字路になっている。恐らく、その左右の道がそれぞれの区画に繋がっているのだろう。
さて、どちらに進もうか。