第17話 告白
俺は女に腰を抱きすくめられた状態で見つめられ、そして否定しようもない気持ちを自覚させられた……これでは、もう戦う事など出来ない。
だから、火ノ加具土命の神炎を解除した。それを見て、女が疑問を投げかけてくる。
「どうした? もう戦わないのか?」
「ああ……お前にはどうやっても勝てそうにない。それより、名前……」
「名前?」
「お前の名前を教えてくれ。そっちだけ知っているのは不公平だろう。それと、いい加減放せ」
女に腰を抱きすくめられているのは、傍から見たら情けなく思うので身じろぎして言う。女は仕方ないな、という感じで俺から手を外す。
開放された俺は、手に持っていた火ノ加具土命を鞘に納めた。
「そう言えば名乗ってなかったな。それは悪かった。だが、そっちも悪いんだぞ。いきなり攻撃を仕掛けて来て、名乗るタイミングをくれなかったたんだからな」
そう文句を言って、不満そうな仕草で腰に両手を当てる。
「いいから、教えてくれ」
正直、だったら最初に会った時に名乗れと言いたかったが、今更だし、その言葉は飲み込んだ。
「私の名前は『リア・ヴァシレフス・エリュテイア』。リアと呼んでくれ」
「リア……」
俺はその名を噛みしめる様に呟く。そして、伝えた。
「リア、俺はお前が好きだ」
その言葉を聞いて、リアは大きく目を見開く。それに構わず、俺は今の気持ちを吐露する。
「正直、何でこんな女をって気持ちはあるが、それでも最初に一目会った時から、どうしようもなく惹かれてた……でも、訳も分からず理不尽な状況に放り込まれて、酷い目に遭わされて、勘違いだとその想いを押し殺した。その後、リアの正体を知って、自分自身を知って、この気持ちは皇座の破片として生まれたからなんじゃないかと思って、余計に自分の気持ちが分からなくなった。だけど……」
「だけど?」
リアは、真剣な光を宿した紅い瞳で、俺の瞳をジッと見つめ返す。
「……それでも、やっぱり俺はリアに惹かれているんだと思う。皇座の破片としてだけではなく、神座 晃として、な。これが今の俺の気持ちだ」
リアの瞳を真っ直ぐ見つめ返して、自身の気持ちを伝えた。
「そうか!」
そう言って、今まで見た中で一番嬉しそうな笑顔を見せる。そのあまりの綺麗な笑顔に、一気に顔に血が上る。
初恋だとは言え、こうも簡単に赤面してしまう自分に少しでも抗う為に言う。
「言っておくが、性格は本当に嫌いなんだからな! 理不尽なところも、自己中心的で身勝手なところも!」
「分かっているさ。それでも、私が好きなんだよな?」
と、上目遣いでこちらを下から覗き込み、嬉しそうにニヤニヤ笑いながら告げるリア。
「ッ!? (クソ……これが惚れた弱みというやつなのか……)」
文句を言い返したくも、好きな女のあざと可愛い仕草に二の句が継げなくなる。
正直、運命の神とやらが居たとするのなら、文句を言ってやりたい……何だって、こんなとんでもない女を運命の相手にしてくれたんだ! と。
「では、アキラ。これで思いの丈は全て吐き出せたのだな?」
「まあ、一通りは……いや、まだ言い足りない文句は山程あるが……」
「そんなのは後回しだ。早く約束を果たさせろ」
「約束?」
リアの言う約束とやらに心当たりが思い浮かばず、首を傾げる。
「約束しただろう。褒美をやると……」
そう言いながら、スッと近づいて俺の首に手を回し、リアは自身の唇を、俺の唇に重ねた。
「んん!?」
「ん……」
突然の行為に、俺はただただ目を白黒するしか出来ず――
「ああーーーーーー!!」
と、何やら視線の先にいるフランが驚愕の表情を浮かべて、悲鳴を上げる。因みにチラリと見えた凰華とラゴウは……
「クルッ?」
「ガウ……(食べた……)」
とよく分かってなさそうな顔をしていた。
しかし、俺はそれどころではなく、女は唇を重ねるだけでは飽き足らず、あろうことか更に深く唇を重ねて舌を差し込んできた。
「ングッ!?」
「んん……」
口の中で柔らかく熱い塊が蠢き、口の中を蹂躙する。数秒間、たっぷりと俺の口の中を自身の舌で蹂躙しきったリアは、艶めかしく息を吐きだして唇を離す。
俺とリアの唇から名残惜しい様に、銀色の糸が引いた。
「な、な、な……何すんだ、いきなり!!?」
そう言って、抱き着いていたリアを引き剥がし、慌てて口元を拭う。
「何って褒美だ。約束しただろう? ダンジョンから無事出てきたら、褒美をやると」
確かにそんな約束はした。あれから色々あってすっかり忘れていた。
「それがなんでキスなんだよ! お、おまけにディ……ディ……」
「ディ、何だ?」
ニヤニヤと笑いながら、俺が何を言おうとしているのかを察しながら聞いてくる。
「こ、この女~……」
俺は顔に血が昇って熱くなり、ブルブルと体を震わせ、思わず鞘に納めた火ノ加具土命を抜き放とうとする。
「そう怒るな。それでどうだ? 私の言った通りになっただろう?」
「何がだ!」
「今、元の場所に帰りたいなどと思っているか?」
「くっ!?」
「んふふ~♡」
リアは、ご満悦という顔をする。その時、突如、蔦がビュルビュルと伸びてきて、リアをグルグル巻きにする。
「お?」
リアは、突如拘束されて少し驚いた顔をする。その背後から、拘束した張本人がスタスタと近づいてくる。
「もう我慢出来ません……ズルいです! お母様!!」
「……え?」
今、何て言った? お母様?
「怒るな、ドリュアス――いや、今はフランか。お前だって、寝ているアキラの首筋からコソコソと精気を吸ってただろう? おあいこだ」
「な!?」
「キャーーーー! キャーーーー!!」
フランは、顔を真っ赤にしながら悲鳴を上げる。さっきから何やら初耳情報が乱れ飛んでいて、場が混乱して来た。強引にキスはされるし、もう滅茶苦茶だった。
俺は溜息を付きつつ、フランに声を掛ける。
「フラン……」
「ち、違うんです! 別に主様を襲っていたとかではなく!」
「いや、それはいい――いや良くはないけど、その前に答えてくれ。お母様って何だ?」
「あ……」
俺の指摘を受けて、口を噤むフラン。どうやら、『呪』の事を忘れてつい口走った事を思い出したようだ。だが、フランに変化は無い。
「『呪』なら、ダンジョンから出た時点で解けているから問題はないぞ」
リアが補足してくる。この女は、またそんな大事な事を……と思うが、それならばとフランを追求する。
「だそうだ。フラン、どういう事だ?」
「あ、あの『この方』は、私の親も同然の存在なんです……ですから、その……普段はお母様と呼んでいるんです」
「あくまで種子を育てただけだから、育ての親というところだがな。因みに、私は処女だ。子どもはいない。安心したか?」
リアがフランの説明を補足してくれる。何やら余計な情報まで補足してきたが、俺はスルーした。
「凰華――フェニックスとベヒモスもそうなのか?」
「フェニックスは、元々とある場所にいたのを招いただけだが、ベヒモスはフランと同様に私が拾って育てた」
「なるほど……で、だ。フラン……精気を吸ってたってのは、どういう事だ?」
「あうっ……いえ……その……」
フランは、再び顔を赤くしてしどろもどろとなる。それを見かねてか、蔦に未だに拘束されたまま、リアがフォローしてくる。
「許してやれ。そやつはお前と同じく、一目惚れしたんだ。ドリュアスは美しい男を誘惑して、木の中に引きずり込むという……言わばドリュアスとしての性だ。だが、自分の主となってしまったが故にそれも出来なくなり、精気を吸う事で自身を慰めていたのだ」
「うぅ~……バラさないで下さい、お母様~……」
フランは、真っ赤になる顔を両手で覆って隠し、恥ずかしいのかしゃがみ込む。
「あ~……まあ、事情は分かった。だが、今後は事前に言ってくれ。体に支障が出ないんだったら、別に吸ってもいいから」
「ほ、本当ですか?」
顔を隠していた手をどけて、涙目でこちらを見上げて確認してくるフラン。
「ああ、フランにはずいぶん助けられてる。それくらい何て事ないよ」
「じ、じゃあ、私も唇で――」
「それは駄目だ」
速攻でリアが拒否する。それを聞いて、フランが噛みつく。
「何でですか!」
「アキラは私の皇座の破片だ。よってアキラの唇は私の物だ」
「そんなのお母様が決める事じゃありません!」
「とにかく駄目だったら駄目だ!」
「お母様のケチ!」
「何とでも言え。お前が相手でもそこは譲らん!」
そうやって二人してギャンギャンと喧嘩を始める。それを見て俺は盛大に溜息を付き、その場から離れて、凰華とラゴウの元へ行く。
「凰華、ラゴウ、行こう」
「クルッ」
「ガウッ」
そうして俺は、凰華とラゴウを連れ立ってその場を離れる。
ギャンギャンと罵り合う声は、その後、10分程草原に響き渡り続けた。




