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第16話 押し殺した気持ち

 ようやくあの女と再会を果たした俺は、あの女の姿を確認してすぐに腰の火ノ加具土命を抜き放ち、女に向けて振り下ろした。剣から炎が迸り、女を一気に包み込む。


「あ、主様!?」


 出会い頭にいきなり攻撃したので、フランが驚きの声を発する。

 まあ、出合い頭にいきなり攻撃すれば驚くのも無理ないが、別にカッとして攻撃した訳じゃない。自分でも驚くほど冷静な気持ちで、俺は攻撃していた。

 それは、この程度ではあの女には通用しないと確信していたからだ。その証拠に、炎は何か円形の光の膜の様な物に遮られていて女には届いておらず、炎に構わずこちらに話し掛けて来た。


「フフッ……随分と激しい挨拶だ、な!」


 と、台詞の語尾を強調して左手を振った途端、炎が吹き飛ばされる様に消え失せる。女は、火傷どころか服や髪にすら燃えた痕跡はなかった。


「(ベヒモスと違って、体を覆う防御壁の様なもので防がれた……直接攻撃じゃないと効果は薄そうだな……それに……)」


 『審判の瞳』を使って見るが、一切情報が見通せない。あの防壁は瞳の力すら通さないらしい。厄介だな……と思いながら、見つめ続けていると――


「ん? ……そんなに見つめるな。照れるだろう?」


 と、俺の視線に頬を染めて恥ずかしそうにする。


「違う!」


 俺はすぐさま否定の声を上げる。


「ハハハッ、冗談だ。だが、さっき私を見た時に見惚れたのはお見通しだぞ?」


「ッ!?」


 こっちが見通そうとしているのに、逆に見透かされて動揺する。


「主様……」


 フランがジト目でこちらを見てくる。


「だから違う! 『審判の瞳』で情報を得ようとしてただけだ!」


 折角ペースを掴む為に先制攻撃したのに、完全にペースを乱される。やりにくい女だな~と思う。そんなこちらの動揺を無視しして、女が答える。


「私に『審判の瞳』は通じないぞ。この防壁がある限りな」


 そう言って、自身の体の周りに薄く光る球形の防壁を纏う。


「……みたいだな。因みにこれでも通じないのか?」


 そう言って、火ノ加具土命の刀身から青白い炎――神炎を放出して見せる。


「ふむ……流石にフェニックスの神炎では防壁を突破されるかも知れん……まあ、当たればの話だがな」


 そう言ってこちらを挑発する様に笑う。


「(本当にムカつく女だな。傲慢で自己中心的……俺の嫌いなタイプだって言うのに、何だって俺はこんな女に……)」


 と、心の奥底に押し込めた気持ちが浮かびそうになり、動揺を隠しながら気持ちを押し殺して女に剣を向ける。


「なら、手加減はなしだ。宣言した通り、遠慮なく全力をぶつけさせて貰う」


 そう宣言して、神炎を収束させた青白く光る刀身の剣を女に向ける。それを見て、女は嬉しそうに笑う。


「ああ、構わないとも。だが、ここではちょっと狭い。場所を変えよう」


 そう言って、指をパチンと鳴らした瞬間、ダンジョンに飛ばされた時の様に周りの景色が一変する。そこは周りに遮蔽物などが一切ない、広大な草原のど真ん中だった。

 後ろを見ると、フランたちもいた。そしてその背後には、かなり高い山とその下には巨大な城に城下街の様な物も見える。

 位置関係を見る限り、俺たちはあの高い山の頂上付近にいた筈……一瞬であそこからここに瞬間移動した様だ。


「ここならやりやすいだろう。さあ、遠慮なく私に思いの丈をぶつけて来い!」


「何が思いの丈を、だ! それを言うなら鬱憤を、だ!」


 そう言って、俺は剣を構えて女に向けて走り込む。そして、剣の届く間合いに入って袈裟斬りに斬り付ける。――が、ガキンッ! という金属音と共に剣が防がれる。

 俺の目の前には、真っ赤な刀身を持つ大剣が出現しており、火ノ加具土命の一撃を剣の腹で受け止めていた。


「(何だこの剣は? 火ノ加具土命の一撃を平気で受け止めてる……)」


 女は、俺の動揺を見透かすように笑いながら話し掛けてくる。


「私の愛剣だ。お前の為に用意した、火ノ加具土命にも負けない美しさだろう?」


 確かに美しい剣だ。ちょっと派手な気もするが、この女にはピッタリ合っている気がする。そう思い、深紅の大剣に『審判の瞳』を使用すると、剣の名が頭の中に流れ込んでくる。

 『神剣レーヴァテイン』――読み取れたのは名前だけだが、よくファンタジーでも目にする有名な剣の名だ。

 確か、北欧神話の巨人スルトが持つ炎の剣と同一視される剣……なるほど、火ノ加具土命の超高温が通じない訳だ。

 そう考えていると、女が感心した様に声を掛けてくる。


「しかし、良い打ち込みだ。剣を習っていたのか?」


「祖父がある剣術の免許皆伝の腕前でね……子どもの頃に仕込んで貰った」


 ギリギリと鍔迫り合いをしながら答える。


「なるほど、流石は私の皇座の破片スロノス・フラグメンツだ。……だが、少々力不足だ、な!」


 そう言って勢いよく押し返してくる。


「オワッ!?」


 その余りの勢いに体が浮き上がり、そのまま後ろに吹き飛ばされる。俺は、何とか空中で態勢を整えつつ、ズサーッと地面を擦りながら着地する。


「(なんつう馬鹿力だ……本当に女か?)」


 70キロ以上はある俺の体重を物ともせずに押し飛ばした。女の方を見ると、フフンと得意げな顔でこちらを見ていた。

 思わず頬が引きつる。俺は立ち上がって態勢を整え、剣を再度構える。


「(フゥ~……心を乱すな、冷静になれ。あの膂力相手にまともに打ち合うのは危険だ。慎重に間合いをはかって隙を探る)」


 俺は一旦心を落ち着けて、剣を構えながらジリジリと間合いを詰めて、相手の動きを探る。

 女はそんな俺の動きを見て、何かつまらなそうな顔をすると、フゥ~……と溜息を付く。そして、突如目の前から消えた。


「!?」


 驚きに目を瞠るが、背後に気配がして咄嗟に振り向いて剣を横に掲げて防御態勢を取る。女は俺の背後に現れており、深紅の大剣を大きく振りかぶって叩きつけてくる。

 バギンッ!! という音と共に凄まじい圧力が剣の上から圧し掛かり、こちらを押し潰そうとする。


「グウゥッ!?」


 あまりの重さに片膝を付く。そんな隙だらけの俺の腹に、女の蹴りが突き刺さる。


「ガハッ!?」


 そのまま蹴り上げられて、背後に数メートルは吹っ飛ばされて地面に転がる。


「主様!!」


 フランの悲痛な声が聞こえた様な気がしたが、腹に響く痛みと吐き気で意識が朦朧とし、激しく咳き込む。


「ゲホッ、ゲホゲホッ!?」


「……どうした? 私に溜まりに溜まった鬱憤をぶつけたいのだろう? 早く立て」


 涙目になり、咳き込みながら前を見ると、こちら向かって女が歩いて来ていた。

 その顔からは先程までの笑みが消え、無造作に右肩に担ぐ様に剣を乗せている。そして、つまらない物を見る様な目で俺を見下ろしていた。

 痛みに耐えながら歯を食いしばり、何とか立ち上がって剣を構える。女はそれを見て、再び溜息を付く。


「フゥ~……どうやらお前は深く考え込む癖があるみたいだな。言っただろう? 気持ちでぶつかってこいと……」


「五月蠅い……俺の勝手だろう……」


「……さっきから何を押し殺している? 私にはお前の様な目はない……だが、未だにお前が迷っているのは分かる。気持ちを隠さないで、私にぶつけて来い!」


 女は、俺の煮え切らない態度が気に入らないのか、焦れる様に言ってくる。

 そんな事は言われずとも分かっている。だが、いざ目の前にすると、何故か言葉が出てこない。

 ダンジョンを出る前に、あんな啖呵を切っておいて、言いたい事が言えない。そんな自分に情けないとは思っている。だが――


「やれやれ……随分と頭でっかちに育ったものだ……」


 そう言って呆れた様な仕草をし、右手に持っていた剣を地面に刺して手放す。そして、腕組みをして聞いてくる。


「なら、ストレートに聞こう。私の事は嫌いか?」


「……決まっているだろう、俺はお前が嫌いだ」


「抱いている気持ちはそれだけか?」


「……傲慢すぎる」


「それで?」


「……自己中心的で、身勝手で、人の都合も考えない……」


「他には?」


 全然堪えていない様に聞いてくるので、癪に障ったので矢継ぎ早に悪口を言う。


「強引で、支離滅裂で、藪から棒で、乱暴で、馬鹿力で……おまけにペチャパイ」


 最後の一言で、女の眉間がピクリと引きつる。


「直に見た事もない癖に、何度も言いよって……まあいい。それだけか?」


 多少は効いた様だが、すぐに気を取り直して再度聞いてくる。


「……とりあえず直近で思いつくのはそれだけだ」


「そうか……なら、次は私の好きなところを言え」


「ハァ!?」


 いきなり何を言い出してるんだこの女は? と、思う。さっき嫌いな部分を列挙した相手に聞く事じゃないだろう。


「再開した時に見惚れたのは分かっているんだ。見惚れたって事は、良いと思った部分があるからだろう? さあ、言え!」


 女はズイッと近寄って追及してくる。本当に何なんだこの女は……と思うが、聞くまで引きそうにないので答える。


「……び、美人だと思った……」


「抽象的過ぎる! もっと細かく言え!」


 怒った顔で更に詰め寄るので、それに押されて答える。


「か、髪が綺麗だと思った!」


「ふむ、他には?」


「赤い目が印象的だった。それから……」


「それから?」


「……肌が白磁の様に綺麗で、張りがあると思った。腰が括れててスタイルが良いと思った」


「ふんふん、良いぞ♪ その調子だ!」


 誉め言葉が嬉しいのか、次第に機嫌がよくなってくる女。……俺は一体何をやらされているんだろうか?

 そう思い、チラリと女の背後の方向にいるフラン達の方を見ると、凰華とラゴウはよく分かっていないのか普段通りだったが、フランの視線がジトっとした目付きになっていた。


「(な、何だろう……何か凄く背筋が寒くなる視線だ……)」


 それによく考えたら、周りで人? が見ている中で、相手の事をどう思っているかを告白するなんて、単なる羞恥プレイじゃないか……そう思い、顔が熱くなる。


「コラ! よそ見をするな。今は私を見ろ!」


 そう言って視線を逸らしていた俺の顔を両手で挟み、グイッと自分の方に向ける。すると、女の顔がすぐ間近にあって更に顔が熱くなる。


「ち、近い!?」


 俺は思わず後退るが、逃がすまいと腰を両手で抱き寄せられ、逃げられなくなる。


「逃げるな! ちゃんと私と向き合え、アキラ(・・・)!」


 急に名前を呼ばれ、ドキッ! とした。思えば初めて名前で呼ばれた。この女は俺の事を皇座の破片スロノス・フラグメンツとしか呼ばなかったから……。

 そして、深紅に染まった燃える様な赤い目に見つめられ、動けなくなる。その瞳の奥には、とても真剣な光が宿っていた。

 その目には、見覚えがあった。『審判の瞳』が完全に覚醒した際に見たあの時の光景……愛おしそうに、手に持つ光を抱きしめた、その時と同じ瞳……。


「(駄目だ……)」


 散々な目に遭わされた……いきなり窮地に放り込まれ、訳も分からず彷徨い、痛い思いもし、何度も死にかけ、恐怖も心の内にはまだ残っている。それでも――


「(俺はこの女を憎む事は出来ない……)」


 何故なら、最初に会ったあの時から、俺はこの女に一目惚れ(・・・・)していたのだから……。


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