第15話 再会の朝
庭園に辿り着いた俺たちは、食事を取り、体を休めた後はすぐに就寝する事にした。
よっぽど疲れていたのか、フランが用意したベッドに体を横たえると、俺はすぐに眠気に襲われてしまい、眠ってしまった。
翌朝、目覚めると右隣にはラゴウが丸まって眠っており、左隣にはフランがこちらに寄り添いながら寝ていた。
凰華は何処だろうと少し状態を起こして探すと、俺の頭の右上付近でこちらも丸まって寝ていた。皆疲れているのか、起きる気配はない。
俺は皆を起こさない様にベッドから出ると、庭園の泉へ向かい顔を洗った。冷たい水の刺激のお陰で、しっかりと目が覚める。
そして、その足で庭園から少し離れ、俺は頭上を見上げながら、『あの女』へと声を掛けた。
「おい、聞こえているか? 聞こえているなら、返事をしろ」
暫く待つが返事はない。しかし、それでも俺は何となく返事を期待し、ジッと頭上を見上げ続けて女の反応を待った……。すると――
<フワァ~……おはよう、私の皇座の破片>
と、相変わらずの呼び方で、俺の声に応えた。
「……寝てたのか?」
<ああ、私だって眠ければ寝るさ。四六時中、お前を見ている訳じゃない>
「そうか……」
<そうさ。で? 何か用か?>
「いや……」
まさか、本当に応えるとは思っていなかったんで、言葉に詰まる。そんな俺の様子を見て、女はからかう様に指摘してくる。
<フフッ、もしかして私の声が聞きたかっただけか?>
馬鹿言え! と反応を返すべきところだったが、何故か俺は否定出来なかった。そしてポツリと呟く。
「……そうかも、知れないな」
その言葉を聞いて、女は少し拍子抜けした様な声で指摘してくる。
<……何だ? 随分と素直な反応だな。お前の事だから、てっきり否定してくるかと思ったんだが……>
「…………」
そうだ……何を認めてる? この女は、俺をこんなところに放り込んで、散々弄んできた奴だぞ? それなのに、何で俺は……。自分で自分の心が掴めず、動揺する。
<……分からなくなったか? 私と己の正体を知って、私に対してどういう態度を取ればいいのかを……>
そんな俺の様子を見て、女は見透かす様に指摘する。
……女の言う通りだった。俺はあの結晶体に触れた時に『審判の瞳』で見て、識って、理解した。この女は何者で、本当の俺は何者なのかを……。
それで分からなくなったのだ。この女を憎むべきなのか……それとも、自らの皇と認めるべきなのか……。
<好きにしろ!>
「……は?」
突然の発言に、意味が分からず聞き返す。
<だから、好きにしろと言ったんだ>
「い、言ってる意味が分からん……」
好きにしろと突然言われても、意味不明だ。
<理屈で考えるな。心で考えろ。お前は私をどうしたい? 殴りたい? それとも斬り付けたい? 他には何がある? なじりたい? 罵りたい? もしくは、愛したい?>
「ちょっと待て、最後のは何だ、最後のは!」
<細かい事は気にするな。要は何だって良いんだ。今までお前が私に抱いた気持ちを、全部ぶつけて来ればいい>
無茶苦茶な事を言い出す女に、俺は素朴な疑問をぶつける。
「……お前、マゾなの?」
<否定はしない>
「否定しろよ!!」
<冗談だ。とにかくお前の気持ちを全て私にぶちまけろ。それを、私は全て受け止めてやる>
「……何でそんな事が出来るんだよ」
どんな想いも受け止めると自信満々に言い放つ、この女の気持ちが分からず聞く。
<決まっているだろう? お前の全てを、私は愛しているからだ>
「なっ!?」
恥ずかしげもなく言い放つ女に、思わず顔が火照る。
<フフフッ……顔が真っ赤だぞ?>
「五月蠅い!!」
駄目だ……何を言ってもこの女には通じない。理屈で話す俺では、本能で応えるこの女には勝てん。そう思い、こうなったら自棄だ! と、女に宣言する。
「ああ、分かったよ! 俺が今までお前に抱いた鬱憤の数々を、手加減なしでぶち込んでやる! それでいいんだろ! このマゾ女!!」
<クククッ、そうだ! 私は外で待っている。早く出てきて、私の前に来い!>
「ああ、首を長くして待ってろ!」
<ああ、待っているとも! 私の愛しい皇座の破片>
それで話は終わりだと俺も女も分かっていたので、頭上を見上げるのを止め、その場を後にする。
しかし、その足は女との再会を楽しみしているかの様に、幾分か軽くなっていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
庭園に戻ると、丁度フラン達が起き始めている所だった。
「おはよう、フラン。凰華とラゴウもおはよう」
「おはようございます、主様」
「クル……」
「ガァ~~……」
凰華は少し鳴いた後、丸まっていた体を伸ばし、フワッと羽を広げて朝の羽繕いを始める。対照的に、ラゴウは大きく欠伸をした後、再び猫の様に丸くなって寝てしまう。
「ラゴウ! 主様がお目覚めなんですよ! 起きて挨拶なさい!」
その姿を見て、フランが叱責する。
「良いよ、フラン。寝かせてやってくれ」
「ですが……」
「お腹が空いたら、自然と起きてくるさ」
「……はい、分かりました」
ラゴウは起こさずに、朝ご飯の用意を始めるフラン。凰華は羽繕いが終わったのか、バサッと羽ばたいて俺の肩へと止まる。
「クルッ」
「ああ、おはよう凰華」
何を言っているのかは分からないが、何となく挨拶をしてくれたのが分かったので、挨拶を返して首もとを撫でてやる。
凰華は気持ち良さそうに目を閉じて身を委ねてくれる。
「さあ、朝ご飯にしよう」
「クルッ!」
凰華を伴い、朝ご飯を用意してくれているフランの元へと向かい、席に着いて用意された果物を頂く。凰華は穀物を用意して貰った様で、俺の肩から降りて木の器に盛られた物を啄んでいた。
朝ご飯を頂いた後、少し寛いでいるタイミングでラゴウが起きてくる。だが、朝ご飯は食べずに俺の足元に来て、再び丸まって目を閉じてしまう。どうやら皆がいないのに気付いて、寝る場所を変えただけらしい。
その様子を見てフランが呆れた顔をする。何だか、皆のお姉さんという感じだな。
「ラゴウ、お腹は空いてないか?」
足元のラゴウに声を掛ける。
「ガウ……」
目を開いてこっちに目線を向けるが、一声発した後に再び目を閉じてしまう。ニュアンスや仕草から察するに、平気って感じだった。どうやら大丈夫らしい。
そもそもラゴウは何を食べるんだろう? 昨日も何も食べていなかった。やはり肉か? ……だが、植物系は何でも用意出来るフランだが、肉は用意出来ない。
このダンジョンから出たら、ラゴウの食料事情も考えないとなと思いながら、皆も揃った事だしと本題を皆に述べる。
「さて、いよいよダンジョンから出る訳だが、その前に皆に話がある」
「はい」
俺の少し真面目な声のトーンに、フランは居住まいを正して返事をする。凰華もこちらをじっと見、ラゴウはピクリと耳を震わせる。
「実は、今朝あの女と話をした」
「えっ!? 『あの方』とですか?」
フランが驚いた声を上げる。
「ああ……で、その場の勢いで宣戦布告しちゃったんで、外で会ったら戦闘状態になると思う」
「た、戦われるんですか?」
「まあな。ただ、これはあくまでも俺の個人的な戦いなんで、皆は手出し無用で頼む」
「そんな!? 私も……ッ」
フランが一瞬不安な顔をするが、自分達の置かれている状態に気付き、口を噤む。
「皆、あの女の『呪』に縛られているからな。まあ、指摘すれば解いてくれる可能性もあるが、個人的な思いもあるから、皆は見守る立場で頼む」
そう言って頭を下げる。しんとした空気の中、やがてフランが口を開く。
「……分かりました。主様の戦い……見届けさせて頂きます」
フランは、覚悟を秘めた表情で答えてくれる。そして――
「クルッ!」
「ガウ」
と、凰華は羽を広げて応え、ラゴウもいつの間にか顔を上げてこちらを見つめ、応えてくれた。
「ありがとう」
皆の顔を一通り見回して礼を言う。色々苦労をしたが、皆に会えた事への感謝が心の内に満ちていた。
「さて、じゃあ行くか!」
そう言って、俺は椅子から立ち上がる。
「はい!」
「クルッ!」
「ガウッ!」
皆一様に答えて応じてくれる。そして俺は、1人と2匹の守護者を従えて、ダンジョンの入り口へと向かった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
出発してから1時間……俺達はあの入り口の扉の前に来ていた。この扉の外であの女が待っている。
俺は扉に手を伸ばすと、触れる手前で扉はまるでそうされるのを待っていたかの様に、重厚な音を立てながら手前にゆっくり開いていった。
ダンジョンの中に外の光が射し込む。そして、扉が開ききった後、俺達は扉の外に出た。
外に広がっていたのは天上部分がポッカリと大きく空いた洞窟だった。後ろを振り返ると、ダンジョンの入り口は壁の中に埋まる様に存在しており、まるで壁にそのまま掘った様に建物が作られていた。
外に続く道は、扉の反対方向に真っ直ぐ伸びており、少し先で下りの道となっている。俺達はその道を進み、下り部分に差し掛かると下った先に出口の光が見える。
俺は直感的に感じる……あの先にあの女がいると……。坂道を下り、光が射し込む出口へと向かう。そして、洞窟の暗闇から抜け出た瞬間、目の前に広がった光景に圧倒された。
自分が立っていた場所は、かなりの高所の様で眼下には雲が見える。その下に広がるのは、雄大な緑の大地だった。だが、その大地には限りがあった。
地平線の先でまるで切り落とした様に大地が途切れていた。おかしいのは、それだけじゃない――
「大地が、動いている?」
周りの雲を見ると、追い越す様に後ろに流れていっている。
「まさか、空を飛ぶ浮島なのか?」
「その通りだ」
もはや聞き慣れてしまった声がして、そちらを向くとあの女が立っていた。
風に白銀の髪を横に流し、黒をベースに赤の装飾が施されたドレスを着た女が悠然と立っていた。
俺は最初に見た時と同じ様に見惚れてしまう。再び目の当たりにしたあの女は、やはり美しかった。
「やっと再会出来たな。待っていたぞ、私の愛しい皇座の破片」
女は自信に満ちた表情を浮かべ、嬉しそうに笑う。
雄大な大地を背後に立つその姿は、この大地の支配者は自分であると示す様に、威風堂々とした皇の姿を彷彿とさせた。




