第14話 ラゴウ
ベヒモスを介抱する為、一度、階段下の部屋に移動した後、まず凰華の力でベヒモスの傷を癒し、その後、フランが作った服を着せてやった。
因みにベヒモスは、両性具有だった。理由は不明……完璧な獣というのが、関係しているのだろうか? 『審判の瞳』を使えば理由も分かるかも知れないが、必要に迫られない限り使用は控えようと思っている。
この瞳は気軽に使うにはやはり危険過ぎる力だ。それにベヒモス戦で使い過ぎて、正直さっきから頭痛が酷い……余りにも多くの情報を受け取り過ぎて、かなり脳に負担が掛かっているみたいだった。戦いを長引かせたら危なかったかも知れない。
今後使う場合は、気を付けないと……と考えながら、俺は体を休めながらベヒモスが目覚めるのを待った。
そして、30分ほど経っただろうか……座った状態で抱きかかえていたベヒモスが、モゾモゾと動くのを感じた。そろそろ、目を覚ましそうだ。
「フラン、目覚めそうだ」
「本当ですか? では、蔦で拘束します」
「いや、何でだよ」
俺は思わずツッコむ。
「当然じゃないですか! また暴れ出す可能性が高いんですから! まだ真名で縛ってすらいないんですよ? それに忘れたんですか? この獣が主様に何をしようとしたのか! おまけに足止めをした時の私にまで何をしたと思います? 分身体ですが、爪で胴を貫き、それでも飽き足らずに頭から齧り付いて、胴から引きちぎったんですよ! 信じられない野蛮な行為です! そんな獣を主様の前で野放しには出来ません!!」
俺を心配してくれているみたいだが、随分と私怨が混じっている気がする……どうやら、随分な目にあった様で、まだ根に持っているらしい……根っこを持つだけに、根深いってか。
そんなくだらないダジャレを思い付くが、口にはせず、俺はフランをなだめる。そんな事をやっている内に、ベヒモスが目を覚ました。
「おっ、目が覚めたか?」
と、ベヒモスの顔を覗き込む。最初は、よく分からなかった様だが、焦点が合って俺の顔を認識したのか、カッと目を見開いて暴れる様に俺の腕の中から飛び出した。
「おっと……」
「主様!? 大丈夫ですか!」
フランは俺に近寄り、俺を守る様に臨戦態勢を取る。飛び退いたベヒモスは、四つん這いになってこちらを睨み、威嚇する様に唸る。だが――
「……可愛いな」
「……ええ、悔しいですが可愛いです」
俺の意見に、悔しそうな表情をしながらも同意するフラン。
本人は一生懸命威嚇している様だが、5歳前後の子どもの姿なので、如何せん迫力不足だ。おまけにその容姿が、随分と迫力を減衰させていた。
まず髪は綺麗なブロンドのセミロング、目は碧眼で綺麗な色をしており、クリッとしていて愛らしい。頭には少し曲がった角が2本生えており、おまけにケモ耳である。そして、極めつけはお尻からピョロリと牛の尻尾が生えていて、威嚇に合わせてピンと立っていた。随分と属性過多な獣っ子である。
そんな子どもが四つん這いになり、猫の様に必死に威嚇しているのだ。可愛くない訳がない。
上の階で対峙した時の、あの恐ろしい姿の面影はどこにも見当たらなかった。
「あ~……怖がる理由は分かるが、危害を加えるつもりはない。警戒を解いて貰えないか?」
そう言って、腰に下げていた剣を外して脇に置き、両手を上げて敵意がない事を示す。そして、チラリとフランを見る。
フランは、ハァ~……と溜息を付きながらも、俺と同じ態勢を取る。俺達の姿を見て、少し警戒を解くが、如何せん状況がまだ呑み込めていないらしく、混乱しているのが伺える。
すると、俺の左肩に止まっていた凰華が、羽を広げて飛び立ち、ベヒモスの前に降り立つ。
ベヒモスは、再び警戒態勢を取るが、そんなベヒモスに対して凰華が喋る様に鳴き声を発する。
「クルッ、クルルル……」
すると、その声に答える様にベヒモスも声を発する。
「グウ……グガルル……」
それを見て、手を上げた状態のままフランに話し掛ける。
「なあ、フラン……あれって会話してるのか?」
「おそらくは……同じ動物系として、意思疎通が出来るのでしょう」
「……そういうものか」
「そういうものです」
暫く動物同士? のコミュケーションを俺達は見続け、数分後、話し合いが終わったのか、凰華が飛び立って再び俺の肩に戻ってくる。そして――
「クルッ」
と俺の顔を見て、一声鳴いた。
「どうやら、終わったみたいだな」
「その様ですね」
事実、ベヒモスは警戒態勢を解いて、俺の事をジッと見ていた。
どんな話し合いがあったのか、『審判の瞳』で確認したいところだったが、折角、警戒態勢を解いてくれたのに、再び警戒させてしまう可能性を考慮して、使用は控えた。
すると、ベヒモスはこちらに近づいて来て俺の前で止まり、そのまま頭を下げて恭順の姿勢を取る。
「主様」
「ああ」
言われるまでもなく、ベヒモスは俺に屈服し、真名を捧げてくれるらしい。俺は立ち上がり、『審判の瞳』を使って、ベヒモスの真名を看破する。そして、その真名をベヒモスに告げた。
「よろしくな、『ラゴウ』」
「ガウッ!」
こうして俺は、最後の守護者ベヒモス――『ラゴウ』をしもべとした。
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ラゴウをしもべとし、ようやく俺はこのダンジョンの全ての守護者を屈服させた事になる。という事は、あの固く閉ざされていた扉を開き、外に出れるという事だ。
すぐさまそうしたい所だったが、俺を含め、フラン、そしてまだ病み上がりとなるラゴウも、完全に本調子という訳じゃなく疲弊していた。凰華も何気に『不死鳥の涙』を何度か使っているので、MPがかなり減っている。
そんな状態で外に行くのは躊躇われた。何故なら外には、『あの女』が待ち受けているのだから……。
よって、俺たちは疲れた精神をひとまず癒す為に、フランの守護する区画にある庭園に、今度こそ休む為に向かっていた。
俺の左肩には凰華が止まり、左側にはフランが付き添い、右側にはラゴウを伴って、庭園へと向かう。
ラゴウは、俺のしもべになってからは、俺に対する恐怖心は無くなったのか(俺より痛みに対する恐怖
の方が強いのかも知れない)、ピッタリと俺の傍を歩いていた。ただ、1つ問題なのは――
「なあ、ラゴウ……その四つん這いでの移動、止めないか?」
「ガウ?」
ラゴウが、何で? というニュアンスを匂わせる不思議そうな返答が足元から返ってくる。因みに、人間の言葉は喋れない様だが(人間の姿だし、練習すれば可能かも知れないが……)、理解は出来るらしい。よって、凰華と同様にこちらの意図を伝える事は出来た。
「いや、何て言うか……」
ラゴウは獣だった名残なのか、人間の姿になっても移動方法が4つ足での歩行だった。結果、見た目5歳児の子どもを四つん這いで歩かせて侍らせている様な、何とも家族には見せられない状態となっていた。
「ラゴウ、主様の命ですよ。立って歩きなさい」
フランに言われ、ラゴウは不満げな顔をするが、俺の命令と言われたせいか、嫌々ながらも立ち上がって歩こうとする。しかし、どうも慣れていない為かぎこちない。正直転びそうで危なっかしい。
「う~ん……ラゴウ、左手を出して」
「ウウ?」
首を傾げながら、左手を差し出して来たので、俺はその手を右手でキュッと握る。
「こうすれば、多少は歩きやすいか?」
そう言って、ラゴウと手を繋いで歩くと、ラゴウは肯定する様に元気に返事をする。
「ガウッ!」
「そっか、じゃあ慣れるまでは、こうして歩こう」
「あ、主様……私も……」
「え? いや、フランは別に必要ないだろ?」
「そ、それはそうですが……うぅ~……」
羨ましそうに、フランは手を繋いでいる俺とラゴウの手を見る。やれやれ……と思いながら、左手をフランに差し出す。
「庭園までだからな」
「はい!」
フランは、嬉しそうに俺の左手を握り嬉々として歩く。俺はそれに苦笑しながらも、今までの苦労を癒してくれる、微笑ましい状況に心が休まるのを感じていた。




