第12話 定められた運命
最初に飛ばされた部屋に隠されていた階段の下に逃げ込む事により、ベヒモスからは何とか逃げ切った。
そして、隠されていた階段を下った先の部屋に有ったのは、キューブ型の謎の結晶体だった。それを調べる為に、俺達は結晶体の傍まで移動する。
浮かんでいる結晶体は、神秘的な輝きを発しながら、空中に浮いた状態でゆっくりと回転していた。
「さて、何とか辿り着いたのは良いが、一体これは何なのか……」
「見たところ、かなり強い力が秘められている事が分かります。ただ、これは『あの方』の……」
そこまで言いかけて、口を噤むフラン。どうやら自身に掛けられている『呪』に触れる内容みたいだ。
「無理して喋らなくていいぞ、フラン」
「はい……申し訳ありません」
そう言って、シュンとするフラン。
「別にフランが謝る事じゃないよ」
……諸悪の根源はあの女だ。俺をここに来させて何をさせたいのか知らないが、あの女のせいで随分と苦労をさせられた。
いきなりダンジョンに飛ばされたのを始め、ベヒモスという怪物に遭遇し、広大なダンジョンを彷徨い、フランや凰華という守護者と邂逅して死にかけ、そして先ほどの決死の逃走劇……。どれも1つでも道を誤れば、生きてはいなかったであろうギリギリの選択の連続だった。
だが、全てはここに至る為の用意されていた道筋の様な気がしてならない。一体、どこまで先の事を見通していたのか……俺は怒りより、あの女の底知れなさが恐ろしくなって来ていた。
そして、この結晶体に触れる事で、俺の中の決定的な何かが変わってしまう……そんな予感がしていた。それ故に、少し躊躇していた。
俺の頭の中で、フェニックスが最後に残した言葉がよみがえる。
『オモイダスコトダ。オノレガ、ナニモノナノカヲ、ナ』
「主様?」
神妙な顔で思案していたのが気になったのか、フランが心配そうに声を掛けてくる。凰華も、俺の左肩の上で首を傾げていた。
「……フラン、それに凰華も。一つ聞きたい事があるんだけど、いいか?」
「は、はい。何でしょう?」
「クルッ?」
俺の唐突な質問に、少し戸惑うフランと凰華(凰華は首を傾げただけだが……)。それに構わず言葉を続ける。
「俺の目的はこのダンジョンを脱出して、元居た場所に帰る事だ。その際、俺は名を縛った責任として、お前達も連れて行きたいと思ってる。だが……」
そう言って、結晶体に目を向ける。
「これに触れる事で、おそらく俺のこの先の運命は大きく変わる気がする。その結果、お前達の運命も大きく変わり、もしかしたらさっきのベヒモスと相対するより、危険な運命が待ち受けているかも知れない……それでも、お前達は後悔しないか?」
二人に向き合い、真剣に問う。俺の言葉を聞いて、少し驚いていた様子だったが、真剣な気持ちが伝わったのか、フランは同様に真剣な顔で答える。
「主様、私が貴方に仕えると誓った時に申し上げた筈です――幾久しく、と。どのような運命でも、主様の歩く道が私の歩く道です。運命を共にする事に喜びはあれど、後悔などありません」
そう言って恭しく礼をする。そして、凰華は――
「……クルッ?」
と、再び首を傾げる。思わず2人共、ガクッとしてしまう。
「凰華には、まだちょっと早かったか~……まあ、生まれ変わったばかりだもんな」
「もう! せっかく真面目に答えた私が馬鹿みたいじゃないですか!」
凰華の反応に、プリプリと怒るフラン。それに苦笑しつつ、凰華に話し掛ける。
「まあ要するに、この先どんな事があっても俺と一緒にいてくれるか? って事だ」
そう言うと、俺の言いたい事が伝わったのか――
「クルッ!」
と、元気よく一声鳴いた。
「ありがとう、凰華」
そう言って左手で優しく撫でる。凰華は、気持ちよさそうに目を細める。
「うぅ~……主様~……」
凰華が羨ましいのか、フランは拗ねながら俺の右手の袖をつまむ。
「ごめんごめん、フランもありがとう」
フランの両手を取り、ぎゅっと握る。
「はい!」
フランは、少し頬を染めながら笑顔で応える。
……よし、覚悟は決まった、と先程の迷いが晴れた俺は、結晶体と向き合う。
「じゃあ、いくぞ」
そう言って、俺は結晶体に右手を伸ばして触れた。その瞬間、凄まじい力の奔流が右手から流れ込み、全身に行き渡る。
そして、使おうと思っていないのに、勝手に『審判の瞳』が発動した。
「ガッ!?」
俺は、急激に熱を持った左目を思わず左手で抑えて仰け反る。その反動で、凰華が驚いて肩から飛び上がった。
「あ、主さま!?」
驚いたフランは俺に触れようとするが、その瞬間、バシッという衝撃音と共に手が弾かれてしまう。
「キャアッ!?」
フランはその衝撃で、後ろに吹き飛ばされた。
「グッ!? フラン!」
俺は左手で目を抑えながら、フランに近寄ろうとするが、何故か右手が結晶体から離れなかった。
「ク、クソッ!? どうなってる!!?」
そうこうしている内にも、左目がドンドン熱くなってくる。俺は『審判の瞳』の発動を抑え込もうするが、暴走しているのかいう事を聞かなかった。
すると、頭上から久しぶりにあの声が響く。
<何をやっている。抵抗しないで、身を任せろ>
「お、お前! 何をした!!」
<何もしていない。それより抑え込もうとしないで、その目で『皇核』を見ろ>
「おうかく?」
<目の前にあるだろう? 見るんだ。そうすれば、お前は思い出す>
「思い出す?」
<そうだ! さあ、私の愛しい皇座の破片! 目覚めの時だ!!>
女は嬉しそうに叫ぶ。正直癪だが、俺は知りたいと思った。この女は何者なのか、そして俺自身は何者なのか、を……その答えがこの先にある。
俺は、女の言う通りに抵抗するのは止め、熱さに耐えながら左目で、あの女が『皇核』と呼んだ結晶体を見る。
その瞬間、今までとは比べ物にならない程の情報量が頭に流れ込んで来て、その波に俺の意識は飲み込まれた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
気が付くと、俺は真っ白な空間に立っていた。俺以外には何者も存在しない、無垢で純粋な白の空間。だが、突如地面のあちらこちらが盛り上がり始める。その数は全部で7つあった。
盛り上がった地面は、やがて人の形を取り始め、のっぺらぼうの人形が7体生み出される。すると、7体の人形はそれぞれ人の姿を取り始め、ある者は背が高く伸び、ある者は細身の体に……見分けがつかなかった人形が個性を持ち、それぞれの像を成していく。
だが、不思議とそれぞれの人相や性別等は認識出来なかった……いや、1体だけ認識出来る姿の人形がいた。
あの女だ。長い銀髪に赤い瞳、白磁の様な艶やかな張りのある肌に、スラリとした手足とくびれた腰……そして、自信に満ちた顔を持つ、一度見たら忘れる事は出来ない美しい女。
やがて、7人は囲んでいた中心に向けて手を差し伸べる。すると、囲んでいた中心の地面が大きく盛り上がり無色の玉座が生み出される。
美しい玉座だった。無色透明で光を透し、その空席の玉座はまるで座るべき皇を待ち望んでいるかの様に光り輝いていた。
そして、その玉座は差し伸べられた手に応える様に光を発し、やがて形を失って光の球体へと変化する。
そして、光は七つに分かれて、差し伸べられたそれぞれの手に収まった。女は、手にした光を愛おしそうに抱きしめる。
次の瞬間、世界にヒビが入り、世界が7つに引き裂かれる。光を受け取った7人もそれぞれ引き裂かれた世界と共に分かれて行く。
そして、女と光は、分かたれた世界と共に奈落へと落ちて行った。
やがて全ての世界は失われ、跡形もなく全てが消え失せた。そして、その後に残ったのは『完全なる無』だけだった。
俺は何も無くなった虚空を漂いながら、七つの光の塊――あの女が大事そうに抱きしめた物を思い出す。
「(あの光……もしかして……)」
そう思って左目付近を触ると、あの光と同じ力が左目に宿っているのを確かに感じた。
「(スロノス……玉座。そして、フラグメンツ……そういう事か……)」
あの女が言った言葉の意味を理解した瞬間、左目に宿る力から津波の様に情報が流れ込んでくる……そして理解した……己自身が何者なのかを……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
主様が、あの結晶体に触れた瞬間、凄まじい力が放出されたのを感じた。あの力は正に『あの方』の力だ。
そして、その力に触発されて主様の『審判の瞳』が明らかに過剰な力を発揮し始める。
苦しむお姿を見て、お助けしなければと咄嗟に手を伸ばすが、触れる事を許さぬ様に私の手は弾き返され、その余りの勢いに体ごと背後へと吹き飛ばされた。
「キャアッ!?」
私は弾き飛ばされ地面に投げ出されるが、急いで起き上がろうとする。その時、『あの方』の声が部屋に木霊した。そして、その声を聞いた瞬間、私は動けなくなってしまう。
この一連の現象が『あの方』の意思によるものなら、一守護者でしかない私にはどうする事も出来ない。
そして、主様に視線を向けると……主様は強い意志を瞳に宿し、まるで挑むかの様な表情で結晶体を見据えていた……。
次の瞬間、結晶体から更なる力の放出が発生し、やがて光が部屋中に満ちて真っ白に視界を染めた。余りの閃光に顔を逸らして、目を閉じる。
暫くして、結晶体から発せられていた力の奔流が収まるのを感じて、閉じていた目を開く。すると光は収まっており、部屋は当初の正常な状態へと戻っていた。
主様は!? と思い視線を向けると、結晶体からは既に手を放して立っている姿が目に映る。そして、ゆっくりとこちらを向いた主様は、いままでとは明らかに違っていた。
姿形が大きく変わっていた訳じゃない……存在感が今までとは段違いに変わり、纏う雰囲気の格が上がっていた。
そして、もう1つ変わった部分があった……左目だ。
左目が獣の眼光の様な鋭さを持つ目に変化し、薄っすらと金色の光を纏っていた。
正しくあれこそが、私たちが真に恐れる『審判の瞳』。全ての罪、全ての在り方を詳らかにして万物をひれ伏させる、完全に開眼した王者の瞳。
私は、導かれる様に立ち上がり、主様の前まで歩いて進み、その前に跪いて首を垂れる。凰華も同様に、私の隣へと舞い降りて頭を下げた。
私達は感じていたのだ……この方は間違いなく、我らが『王』だと……。




