第11話 辿り着いた先
あれから数分経った。時々、息を整える為に何度か立ち止まって休みはしたが、そろそろ目的の場所は近い筈だ。
そう思って角を曲がると、まっすぐ伸びる通路と少し先で右に曲がる道……そして、その更に先に部屋が見えた。見覚えがある――最初に見つけた曲がり角の通路だ。そして、あの先に見えている部屋が最初に飛ばされた場所。
何とか辿り着けた……体力的には、もはや限界が近づいていたので、少しホッとする。だが、その瞬間、背筋に悪寒が走る。
バッと勢いよく背後を振り返るが、奴の姿はない。だが、間違いない……最初に感じた奴の気配――殺気を感じた。その証拠に、頭上を飛んでいた凰華が警戒する声を発する。
確実にこちらに近づいていると感じた俺は、急いで通路を走り、凰華もそれに続く。
右に曲がる道を通り過ぎ、目的地である部屋の手前付近まで来た瞬間、後ろから叫び声が木霊した。
「グウオオオオーーーー!」
走りながら後ろを振り返ると、奴が奥の曲がり角の所に姿を現していた。
「なっ!? 早過ぎるだろ!!」
気配を感じてから幾分も経っていない。俺は悪態を付きつつ、部屋の中に飛び込み瓦礫の山に向けて走る。すると、ズシンズシンズシン! と地響きをたてながら足音が高速で近づいて来る。
「クソッ! 間に合え!!」
俺は火ノ加具土命を抜き放ち、最初の時より強い炎の奔流をイメージして、瓦礫の山に向けて突き出した。
すると、あの時より数倍の規模の炎が剣から吹き出し、瓦礫の山に向かって放出される。
炎の奔流は見事に瓦礫の山を吹き飛ばし、その下に隠されていた物――下に降りる階段を露わにする。
予想通りだ……おまけに、その階段は人が通る為だけにあつらえたのか、ベヒモスが通れる大きさじゃない。
「凰華! あの階段に飛び込め!!」
俺は頭上を飛んでいた凰華に命じる。凰華は、深紅の羽をはばたかせて階段へと向かい、俺もそれを追う様に階段へと駈ける。
その瞬間、その巨体を滑り込ませる様な凄まじい音をたてながら、ベヒモスが部屋に飛び込んで来る。そして、こちらを見るやいなや、逃がすまいと飛び掛かって来た。
走っていては間に合わないと本能的に感じた俺は、既に目の前に見えていた階段へと必死の飛び込みを行う。
下り階段へと頭から飛び込むなんて正気の沙汰ではないが、なりふり構ってなどいられない。
浮遊する体が階段入口に差し掛かり、間に合うかと思った瞬間、本能に訴えかける様な嫌な予感を感じ、咄嗟に体を捻る。
ズバッ! という何かを切り裂く音と同時に、背中に焼ける様な痛みが走る。
「グウゥッ!?」
と、呻き声を発しながらも頭を抱え、階段に転がり落ちる。
その際、チラリと見えた視界に切っ先が赤く染まった爪が、伸びて突き出しているのが見えた。
「(あんな事も出来るのか……)」
そんな事を思いながら階段を落下し、階下へと転がり落ちて行く。
体に何度も襲い掛かる衝撃に耐えながら、必死に頭を抱えて転がり落ち、5秒ぐらいだろうか……ようやく階段の下に到達したのか、その場に投げ出された。
「ガッ!?……グゥッ……ヅウウゥ……」
体中に痛みが走り、無様に喘ぐ。特に背中の痛みが酷く、焼きごてを押し当てられた様な焼け付く痛みが襲う。
フェニックスの試しで味わった痛みを経験していなければ、泣き叫んでいたかも知れない。事実、少し涙目になっていた。
荒い息を吐きながら、頭上を見るとHPが3桁を切り、徐々に減って行っている。
不味い、出血がかなりある様だ。このままでは、出血多量で死ぬ……。
だが、止血したくとも傷口を塞ぐ手段がない……これまでか、と思っていると、凰華が鳴き声を発しながら近づいてきて、俺の傍に降り立つ。
そして、俯せに倒れる俺の近くにピョンピョンと移動してきて、俺の背中付近に移動した。
暫くすると、焼ける様な痛みを発していた背中から、少しづつ痛みが引いてくる。
まさか、凰華が背中を治療してくれているのかと思うが、出血のせいか段々と意識が薄れていってしまい、そのまま気を失ってしまった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
耳に誰かの泣き声が聞こえる……誰の泣き声だろうか? 泣き声なんて久しぶりに聞いた……あれは何時だっただろう? 確か妹が高校受験に受かった時に、嬉し泣きをしていた。
だが、今聞こえて来ているのは、悲しみを含んだ泣き声だった。
そう思いながら段々と意識が覚醒し、目を開けると何やら見覚えがある色の服が目に映った。
そして、俺は最近感じた事のある柔らかい感触がする物に左頬を乗せ、俯せの状態で頭を預けていた。
「グスッ……主、様……」
頭上から、聞き覚えがある声が聞こえ、ポタリと頬に水滴が落ちてくる。
「ウッ……フラン、か?」
「ハッ!? き、気が付いたのですか! 主様!!」
ガバッという感じで、涙目になったフランがこちらを覗き込んでくる。ずっと泣いていたのか、かなり目が赤く腫れていた。
「ああ……無事だったんだな、フラン」
「は、はい! 巨木を破壊される前に自身の根を株分けして分身体を生み出し、本体の自分は地中に根を潜り込ませて退避したんです」
「ハハッ……そうか、流石だな。……本当に無事で良かった」
植物ならではの能力に感心しつつ、ちゃんと逃げてくれた事が嬉しくて、フランの膝に右手を添える。しかし――
「いいえ! もっと足止めをすべきでした! 主様の命令とは言え、生き延びる事を念頭に置いたが為に、この様な怪我を負わせしてしまうなんて! しもべ失格です!!」
と、フランは涙交じりに訴えてくる。
「馬鹿言え……フランが最初に命懸けで守ってくれたから、今があるんだ。俺には過ぎたしもべだよ。ありがとうな、フラン」
そう言って礼を伝える。
「主様……」
目を潤ませ、感極まったのかギュッと俺の頭を抱きしめてくる。
「ムグッ……フラン、苦しい……」
「あっ!? も、申し訳ありません!」
バッと離れるフラン。見た感じ思ったよりも元気そうだ……しかし、チラリと見えたフランのステータスは、HPやMPがかなり減っていた。大分無理をしてくれたのだと思う。
目を瞑り、本当に感謝しなければと考えていると、ツンと何かに頬を突かれる感触がして目を開ける。
すると、凰華が目の前まで来ていて、こちらの頬を嘴でつついていた。
「な、何するんだ、凰華?」
「え~と……多分、自分にもお礼を言って欲しいのだと思います。主様の背中の傷を塞いだのは、凰華の様ですから」
「そうなのか?」
そう言えば、意識を失う前に凰華が俺の背中の傷に対して、何かをしてくれていた。事実、その後に背中の痛みが引いて行ったのを覚えてる。
「おそらく『不死鳥の涙』を使って、傷口を癒したのだと思います。フェニックスは、不死を司る神鳥ですから、その涙には癒しの力があると言われています」
そう言えば、そんな逸話を聞いた事がある。なるほど、あの時それで背中の傷を癒してくれた訳だ。
「すまなかった。ありがとうな、凰華」
そう言って頭から羽にかけて、優しく撫でてやる。
「クルルッ♪」
すると、気持ちよさそうに目を瞑り、嬉しそうに鳴き声を上げた。
自身のステータスに目を向けると、2桁まで落ちていたHPが4桁近くまで戻っていた。
体の痛みも大分引き、全快とはいかないが動くには問題なさそうだ。
俺は、体に力を入れてフランの膝から体を起こす。
「イテテッ……」
体のあちこちが痛む……背中の傷は癒えた様だが、階段から転げ落ちた痛みは残っていた。
「だ、大丈夫ですか! 主様!」
「ああ、大丈夫だ。体中が痛むが、動けない程じゃない」
そう言って体を動かし、手足も動かす。どうやら骨に異常はなさそうだ。頭から飛び込んで階段から転げ落ちたのに、この程度で済んだのは不幸中の幸いだろう。そうして、俺は辺りを見回す。
そこは部屋というより踊り場の様で、少し先に更に下る階段が見える。どうやら、この空間のおかげで転げ落ちるのは途中で済んだ様だ。
そして、転がり落ちて来た階段を見上げる。すると、何やら木の根がビッシリと張り巡らされており、階段は塞がれていた。
「これ、フランがやったのか?」
「はい、あの巨体ではここには入って来れないでしょうが、一応念の為に塞ぎました」
「そうか……そう言えば、フランはどうやってここまで来たんだ?」
「途中まで、地中を通って上の部屋付近まで移動しました。すると、ベヒモスが部屋にある階段の前で下を睨みつけていたので、主様がそこに逃げ込んだのだと思い、隙を突いて私も階段に飛び込んだのです。そうしたら階下で血塗れで倒れている主様を見付けて……」
再び、目が潤みだすフラン。
「あ~、分かった分かった。もう泣くな、フラン。俺は無事だったんだから」
「は、はい……」
グスッと鼻を啜るフラン。この様子を見ると、俺を見付けた時は相当ショックだったのだろう。随分と心配させてしまったみたいだ。
「とにかく、下まで行ってみよう。あのベヒモスに対抗する術が見つかるかも知れない」
そう言ってフランと凰華を伴い、下に続く階段を下りて行く。すると、今までより少し小さい部屋へと辿り着く。
そして、その部屋の奥には何やら台座の様な建造物があり、その上には一抱えはありそうな、赤色に輝くキューブ型の結晶体が浮かんでいた。
「……何だ、あれ?」
何か重要そうなアイテムに見えるが、得体が知れないので近づくのを少し躊躇う。
「さあ……私にも分かりません。こんな場所がある事は、私も知りませんでしたから……」
どうやらフランにも、ここの情報は与えられていないらしい……。
一体アレは、何なのか? そして、ここに来させようと考えていたであろう、あの女の思惑は何なのか……全てはあの結晶体を調べる事で、答えが出る様な気がした。




