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第10話 決死の逃走

 炎をものともしないベヒモスに、最初に遭遇した時の恐怖が心の内によみがえる。しかし、あの時の様に(すく)んでいる訳にはいかないと、手の内に掛かるフランの重さが、俺の精神を支えてくれる。

 俺はフランを抱き上げ、一番近い十字路の上方の道に駆けだす。しかし、ベヒモスは逃がさんとばかりに身を屈めて飛び掛かる態勢を取る。


 後ろ目にそれを見ながら、心の中でクソッ! と悪態を付く。駄目かと思ったその時、通路に差し掛かった瞬間に、抱きかかえているフランが後方に向けて、震えながら手を伸ばす。

 すると、地面の石板を砕きながら木の根が勢いよく生え、みるみる内に生え揃って巨木が出現する。そして、その巨木は通路の入り口を塞ぐ様にベヒモスの行く手を阻んだ。


「グルルルルッ!!」


 とベヒモスが唸る声が巨木越しに聞こえ、木を引き裂く様なバキバキッという音が辺りに響き渡る。


「フラン!? 大丈夫なのか?」


 抱きかかえているフランに声を掛ける。


「だ、大丈夫です……それより、この防壁は長くは……持ちません。私が足止めしますから……逃げて下さい……」


 そう言って、俺の手から降りようとする。


「馬鹿言うな! こんな状態で置いていける訳ないだろう!!」


 俺は、拒絶してフランの体を掴む手に力を籠める。そんな俺を見て、弱々しく微笑みながら俺の頬に左手を添える。


「優しい主様……でも、ここは非情になって下さい……貴方は生き残らなければなりません……大丈夫です、主様が逃げ切ったら……私も離脱、しますから」


 そう言って、強引に俺の手を振り解く様に立ち上がる。逃げ切る? 何処にだ? このダンジョンにあの怪物から逃げ延びれる場所などない! そう叫びたかった。

 だが、手を強く握りしめ、歯を食いしばりながら耐える。そして、その代わりに俺は強く宣言した。


「……分かった。但し、絶対に死ぬな! 危なくなったら必ず逃げろ! 俺が、必ずアイツを何とかする! いいな!!」


 その言葉を受けて、フランは微笑みながら応える。


「はい」


「クルルル……」


 上空に待機していた凰華はフランの肩に降り立ち、心配そうにフランの顔を覗き込む。


「凰華……主様をお願いね」


 そう言って凰華を一撫ですると、凰華は頷き、再び飛び立って俺の頭上に移動する。そして、俺はフランに背を向け、凰華を連れ立ってダンジョンの奥へと走り出した。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 考えろ! 考えろ!! そう頭の中で繰り返しながら通路を走る。とにかく今は、フランの気持ちを無駄にしない為にもベヒモスとの距離を稼ぐ。

 そして、あの怪物を屈服させる方法を一刻も早く考えなければならない。だが、どうすればいい? フェニックスが言っていた通り、あれは『完璧な獣』だ。付け入る隙がない。

 炎は見た通り通じないし、剣で斬りつけ様にも、あの動きを見る限り近づいた瞬間に八つ裂きにされるのがオチだ。

 隙を作ろうにも、その一番の力になるべき存在に重傷を負わせてしまい、足止めという、いわば捨て駒にする様な状況に陥ってしまった。全て俺の想定の甘さが招いた事態だ。


 何故、ベヒモスが自身の守る区画から移動しない等と、安易な考えに縋った? 答えは簡単だ……恐ろしかったからだ。あの怪物ともう一度対峙する恐怖に心が拒絶しており、意識的に逃げ腰になっていたせいだ。

 自身の弱さに吐き気がする……あれほど努力をした所で、肝心な時には逃げる事しか出来ないじゃないか! と心の中で己自身を罵る。


「クソッ!!」


 思わず怒りが込み上げて叫ぶ。そして、荒い息を付きながら立ち止まった。


「ハァ、ハァ、ハァ……しっかりしろ、俺! 反省ならいつでも出来る! 今考えるべきなのは、自身を(かえり)みる事じゃない……アイツを何とかする方法を考える事だ! 脱線するな、クソ野郎が!!」


 逸れた思考を軌道修正する為、邪魔になる怒りを口から吐き出して散らす。考えろ……逃げる選択肢はない。あの怪物を何とかする方法を見出さなければ、全てを失う。

 しかし、再び考えようとした瞬間だった。背後から、何かが倒れる様な音が響いてきた。思わず来た道を振り返る。

 恐らく間違いないだろう。フランが出現させた巨木の防壁が突破された音だ。それは、重傷を負ったフランが、あの怪物と対峙する事態に発展したという事……。


「(フラン……頼むから、無茶するなよ!)」


 そう思いながら、俺は再び走り出す。そして、走りながら考える。

 フェニックスは言っていた、アイツは完璧故にそれが弱点なのだと……完璧が弱点? 完全に矛盾した言葉だ。だが、その矛盾を解決する(すべ)があると、フェニックスは言っている。必ず、何かある筈だ。

 そもそも何であの怪物は完璧(・・)なんだ? 攻撃を受け付けないからか? いや、炎の熱は伝わっていた様に思う。事実、アイツは炎に包まれた際に一瞬怯んでいた……だが、ダメージは一切受けていなかった。それは奴のHPが証明している。


 という事は、熱すら伝わっていなかった? ならなんで、アイツは怯んだ? 驚いただけだとでもいうのか? 何故驚いた? 炎が初見だった? いや、フェニックスと面識があったのなら、見た事が無かったというのはないだろう……という事は、単純にあそこまで大きな炎に包まれた事がなく、一瞬視界が遮られて怯んだだけ……。


「ハッ! あの炎が与えた影響は、アイツを驚かせただけだってのか……冗談だろ……」


 息が切れて立ち止まり、あまりの結論に乾いた笑いが口から洩れる。だが、何だ? 何か違和感がある……何かが引っ掛かっているんだが、その何かに僅かばかり手が届かない。

 息を整えながら、背を壁に委ねる。すると、足が少し震えて来た。……不味い。疲労がピークに近づいてる……これ以上、闇雲に走っているだけでは何れ動けなくなる。


 そこでふと思い付く。アイツ、何で守護する区画を外れてあんな場所まで出張っていた? あの入り口付近は、3つの区画の分かれ道の部分……フランの話だと、守護する区画を3つに分けた時に、あの入口付近は完全な中立地点となり、非干渉区画になっているという話だった。

 よって、何れかの守護する区画に入ってこない限り、迎撃する義務は無いという事だった。なのに、奴はあそこに出張って来ていた。


「……まさか、あの女の指示か?」


 俺が守護者を2体しもべにしたから、あの場所を守護させるのを止めさせ、ダンジョン全体をあの怪物の守護する区画に広げた? あり得る話だ……俺が一番嫌がるタイミングで、一番最悪の選択をしてくる。思わず壁を右手でガンッ! と殴る。

 だが、すぐに震える拳を左手で抑え込み、湧き上がる怒りを自制する。怒りに飲まれるな……意図を読め。

 持ち場を離れさせたという事は、アイツが守るべき場所を完全に無防備な状態にしたという事だ。何故そんな事をする必要がある? アイツが守護する部屋……あそこには一体何がある? 一番強力な守護者を配置しているという事は、このダンジョンにとって最も重要な場所の筈……。


「行ってみるしかないか……明らかに誘導されている気がするが……」


 あの女は俺を鍛えようとしている……もしかしたら、アイツをどうにかするヒントが掴める可能性はある。

 このまま闇雲に逃げていてもいずれは追い付かれる。未知の可能性だが、見逃していい可能性でもない。

 俺は、すぐに生徒手帳を取り出して今まで走ってきたルートを思い出し、マップと照らし合わせて自身の位置を把握する。

 そして、あの部屋へ至る最短ルートを導き出して、疲労で重い足を必死に叱咤して走り出した。そこに希望があると信じて……。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 獣は、前足に生えている鋭い爪を伸ばし、自身の前に立ち塞がる者を刺し貫く。指先から、ズブリと柔らかい物を突き刺す感触が伝わる。


「カハッ!?」


 と、立ち塞がっていた自身と同じ役割を与えられていた守護者が、口から緑の液体を吐き出す。

 獣はようやく仕留めたと思った。巨木を破壊した後、立ち塞がった小さな守護者は、ちょこまかと逃げながら、効きもしない攻撃を繰り返してきた。

 いい加減うっとうしくなって、少し本気を出すとあっさり片付いた。こんな事なら、もっと早くに本気を出せばよかったと後悔する。

 だが、ふと前足を見ると、その守護者は胴を貫かれ、苦しみに顔を歪めながらも敵意に満ちた瞳でこちらを睨み据えてくる。


 獣は、その矮小な存在を不遜だと思った。敵わないと分かっていながら、未だに抵抗する意思を持ち、こちらに敵意をぶつけてくる。

 心に何やら浮かぶ嫌な気持ちを解消する為、早々に始末してしまおうと考え、そのまま爪に刺さったままの守護者を持ち上げ、自身の口の部分まで持ってくる。そして――

 グシャッ! と何かを噛み潰す音がダンジョンに響き渡る。そして、獣はそのまま噛み潰した上半身を胴から引きちぎり、吐き出す。


 無残に引き裂かれた守護者の上半身と思われる物が、ベシャッと地面に無造作に転がる。そして、獣は爪に刺さった緑の液体を吹き出す下半身を、前足を振って無造作に捨てた。

 打ち捨てられ、無残に分かたれた物体から緑の体液が溢れ、大きく広がって地面を汚す。

 獣は、自身の前足や口元にベットリついた液体に、汚れたと思いながら、他にもいた侵入者を始末する為にその場を後にした。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ダンジョンを駆け、ベヒモスが守っていた部屋――最初に俺が飛ばされた場所へと急ぐ。

 だが、辿り着いてどうする? 恐らくはあの瓦礫の下に何かがある可能性は高い……予想では瓦礫の下には階段があり、その先にある物を奴は守っているのではと考えている。だが、俺の力ではあの瓦礫をどけることは出来ない。

 そう考えが至った時、左腰の火ノ加具土命の存在を思い出す。これを使えば、瓦礫を吹き飛ばす事は出来るか?

 先程は咄嗟にこの剣を使ったが、思った以上に勢いのある炎が出た。なら、あの瓦礫を吹き飛ばす程の炎も放出出来るかも知れない。

 なら、急がなければならない。かなりの距離を走っているせいで、息はかなり上がっていた。


 あの時は、入口に辿り着くまで2時間近く掛かった。寄り道等を考慮すると、入り口付近まで掛かった時間は、およそ1時間程だろう。

 人の歩く速度は、平均するとおよそ時速4キロ……よって、1時間なら距離も4キロとなる。今は走っているから、時速はおよそ4倍の16キロだから、時間に換算すると4キロは15分……あれから、10分は走っているから、あの場所まで後5分は掛かる計算になる。

 ……間に合うか? 今のところ追って来ている気配は感じない。フランが、上手く足止めしてくれているおかげだろうが――


「(フラン……ちゃんと逃げてくれていたらいいが……)」


 そう思いながら走り続ける。背後に迫りくるであろう「完璧な獣」より先に、あの場所に辿り着く為に……。


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