第二話[朝――今日が始まる。]
チチチと鳥が鳴くのが聞こえた。
よし。
ガバッ、と起き上がる。
ベッドの上で、けのびをする。
「ふーんっ!朝だ〜!」
これぞ私のルーティンワーク。これがなくちゃ朝は始まらない。
そして、スマホを手に取り、LINEを開いて『彼』をからかう。これは気が向いた日にやる。ルーティンなどではないが、最近頻度が高くなっている。
ぴこん、とスマホに着信が入る。返信早いなー。朝からあの人も暇だなー。
「あつははは!なにこれ!」
彼からは、濃いめな顔の犬と思しきスタンプが送られてきていた。ここ一ヶ月、彼をからかってきて分かったことだが、彼は相当な変わり者だ。でも、だからこそ一緒にいると楽しい、かもしれない。
さて、今日はいい日になりそうだ。
★―★
見ーつけた。
彼はだるそうにとぼとぼ歩いている。
こりゃ、喝を入れてやらんとな・・・!
自転車の速度を一気にあげる。彼は気づいていない。いや、もしかしたら気づかないふりをしているだけかもしれない。でも私にそんなことは関係ないっ!!
「おっはよ――――!」
彼との距離、十メートル。いつもの位置で、いつもの声で、私は大きな声で言う。いや、叫ぶか。
彼は振り向い――
「わっははははははは!」
どうしたのだ。彼に何があったというのだ。彼は変顔としかいいようのない顔でこちらを向いてきた。
あー、これだからやめられない。彼と通学路が同じだということがわかって以来、ずっとこうして彼に近づいてみている。面白い。
それ朝のスタンプと同じ顔だよ!とか、君の顔は面白いね!とかとか。適当な会話をして私達は通学する。それこそ、なんの変哲もなく、当たり前のように。
彼は嫌そうな顔(ただの変顔であるが)こそするものの、決して私のことを嫌わない。嫌っていたら今頃話してなどいない。もしかしたらこの関係はうまく歯車があっているのだろうか。全く不思議だ。
そんなこんなしているうちに、学校が見えてきた。彼は心底疲れているようだが、今日も容赦などしてやらん。私のお気に入り君。
★―★
――あれは、入学式の日。
あえて知っている人がいない高校を選んだ。特に理由はないが、自分というキャラを少し変えてみたかったのかもしれない。
女子=めんどくさい生き物
としか考えていない僕にとっては、共学ですら嫌だったが、男子校は男子校でテンションがおかしい。きっとなにかの歯車が狂っているのだろう。だから仕方なく共学にした。
そして、入学式の日。父と母は仕事の都合で参加出来なかった。
別に、辛いことなど無い。もう慣れた。
父も母もあちこち飛び回って仕事をしている。そういえば、仕事の内容は聞いたことがない。いや、聞く時間が無かったのか。
まあ、そんなこんなで、結局一人で学校に向かった。
その道中、彼女に出会った。
なんで彼女に『出会った』と思ったかというと、僕と同じく一人で学校に行こうとしていたからだ。でも、僕は『同じような人がいたのか』くらいにしか思わなかった。
でも彼女は違った。
何故か一人で歩いているのにずっと笑顔で、(その時点で完全に変人な訳だが)しかも僕を見た瞬間、その変態的な笑顔はさらににこやかになり、こちらに向かってきた。
――ねえ、君も一人?
その笑顔で、一瞬だけれど、胸の中にそわそわとした何かを起こした。だから、問われた内容に『うん』としか答えられなかった。僕だって年頃の男子だ。意識はしてしまう。
――そっか。じゃあさ、私と友達になってよ!
いきなりで『は?』としか言えなかった。その時はまだ、彼女を『かわいい』なんて思っていてしまったために、何故かドキドキとしていた。結局、『え?あ、うん』と曖昧に答えるだけで終わってしまった。
今思えばそこがこの高校生活最大の分岐点だったのかもしれない。
★―★
なんて、つまらない古典の授業のときに思い出していたせいか、無性に眠かった。授業後、机に突っ伏していると、いきなり肩をバチン、と叩かれた。
「ねえ、定期テストの勉強してる?」
びくっ、として起き上がる。案の定、彩華だ。
「してる・・・けど。てか、テスト一週間後だよ?」
「そりゃ、もちろん知ってるとも!」
「じゃあ何でそんなこと聞くの」
「あなた、今バカに見えたから」
そう言って彼女はまた笑う。いったいどこからそんな元気が湧き出てるのか。
あれから一ヶ月、僕らの学校では定期考査が始まる。
「普通に失礼なんだね、君は」
「まあ、それも含めて私ってことでしょ!」
どこまでもポジティブな・・・、とは言葉にはしないでおいた。無視してそのまま机に突っ伏す。・・・なのだが。
バチン、とまた肩を叩かれる。あぁ、どいつもこいつも。叩いた感じからもう分かる。
「大輝!起きろ!!」
あぁ・・・。
「智也、頼むから今は一人にしてくれ。俺は眠い」
「そうかそうか、じゃあ購買でパン買おうぜ」
「お前、今人の話のどこを聞いてたんだ」
いやいや顔を上げると、そこにはもう一人の明るいやつ――鈴木智也が立っている。こいつと彩華は、クラスの中でもトップに君臨するバカ達だ。そして何故か2人とも俺に絡む。智也は良い奴なんだけど。
「パーン!パーン!パーン!」
う・・・るせぇ・・・。
ガラッ、と椅子を後ろに押して立ち上がる。仕方がない・・・。
「わかった。わかったから。行こう」
「よし、そうと決まれば焼きそばパンだ!」
「え?いやでも、お前それって・・・」
「いいから!つべこべ言わずに来い!」
半ば引きずられながら購買に向かう。やっぱり、今日はついてない。