第一話[朝――幕は開け、]
人は当たり前を当たり前だと思って過ごしている。
当たり前など、容易く掻き消されてしまうというのに――
スマホに映る写真――二人が笑顔でこっちを見ている写真。
写真の中の私達は、キラキラとした笑顔でこちらを見ている――皮肉にも。
★―★
『ジリリリリリ・・・』
けたたましいスマホのアラームに叩き起される。
「あ――――!うるさいっ!!」
バチン!とスマホを叩く。しかしスマホはけたたましく鳴り響く。あ、時計のアラームじゃない。
落ち着いてスマホを手に取り、ホームボタンをタップする。その瞬間、さっきまでのうるささがどこかへ消え、静かな空間が出来た。
「ふんっ!」
少年はベットから飛び起き、カーテンを開ける。
「あ――!朝だっ!」
日光を浴びて、少年の体内時計が動き出した。
★
『今朝のニュースです。東京都港区の倉庫街の一角から、大量の大麻が発見されました。警察は・・・』
「最近朝から物騒なニュースばっかね~」
制服のリボンを付けながら、少女が言う。
「あんた、おばさんみたいな喋り方になってるわよ」
「私はおばさんじゃありません~!」
制服に着替え終わった彼女は、「いっただきまーす!」と言って朝ごはんを食べはじめた。彼女もまた、体内時計が動き始めた。
★
いつも通り、海沿いよ崖っぷちの道を歩きながら登校する。もはやこれは僕にとってルーティンワークのようなものだ。海は朝日の光を反射して輝いている。うん、いつも通り。
「おっはよ――――!!」
あー、うん。これもいつも通り。せっかくのいい朝だってのに。せめてもの嫌がらせに、嫌そうな顔をして振り向くと、彼女は「わっはははははははは!!」と、大声を出して笑った。い、いつも通り。うん。嫌がらせも失敗し、さっきまでのいい朝ムードは完全にどこかへ行ってしまった。
大笑いしていた彼女は、あっという間に自転車を押しながら僕の隣で歩いている。
「さっきの顔、凄かったよ!!」
それでさっき笑ったのか。もう二度とあの顔はやってやんない、と心に誓った。にしても、朝のムードが・・・せっかくの朝のムードが・・・。
「なぁ、彩華。君は人の気持ちって、考えたことあるか?」
「え?いっつも考えてるけど?」
あー、だめだこいつ。半ば諦めながら、改めて嫌そうな顔をして彩華を睨んだ。また彼女は笑う。もういい、なんとでも笑え。
こいつは津崎彩華。高校に入って知り合ったやつで、俗に言う『不思議ちゃん』ってやつだと思う。でも、色々とおかしいこともある。
四月、入学したての頃、普通だったら、中学からの同級生とか、幼馴染とかと固まるのが当たり前なはずなのに、こいつは違った。何故か初対面の僕と仲良くする。それも、初めのうちはまるでストーカーの如く付きまとわれた。正直怖かった。だから一度理由を聞いたけど、『君と居ると面白そうだったからだよ〜』とニヤニヤしながら言うので、それ以降は聞かないようにした。
しかしそのストーカー効果のおかげか、三年になる今になっては、親友と言えるであろうほどに仲が良い、ということになっている。僕からしたらただの不思議なやつだけど。
ところが何故か、彼女は皆からは違う目で見られている。学業は学年でトップクラス。運動神経も、女子にしてはなかなかいいほう。おまけに顔面偏差値は相当高いんだとか・・・。少なくとも僕はそうは思わないわけだけど。
でも、『アクティブな女子』と呼ばれているこれだけは、うむそうだな、と頷ける。いっつもみんなに笑顔を振りまいている、その姿だけは、少し、ほんの少しだけど、尊敬してしまう。変なやつだってことに変わりはないんだけどね。
「はぁ・・・」
改めて溜息をついた。
朝からだるいなぁ。めんどくさいなぁ。
二年間よく頑張ってるよ、僕。
あぁ、早く学校つかないかな・・・
ああぁぁぁぁ・・・
朝のムードがぁぁ・・・。
湖が昇ってきた太陽の光をめいいっぱい僕に向かって反射してくる。