第22章 終章
ここまで私にお付きあい頂けたことを、
皆さまには深くお礼を申しあげます。
(ほんとうに、心から)
私が次元理論を公開しようと思った一番の理由には、
「生きることへの確信をより多くの方々と共有したい」という
一念がありました。
人間が自我をもつ、
自分がここに存在する、と自覚できることは、
次元理論では必然的な宇宙の出来事です。
けれどもそれは奇蹟の中の奇蹟としか言いあらわすことの出来ない、
まさに天文学的な確率の
希少な現実であることに変わりはありません。
悠久の宇宙の目的の一つであった、
自我世界の創造。
いつも自我世界は
この宇宙と共にあります。
無限大の空間が無限大の時間をかけて、
ようやくたどり着いたわたしたち「人間」。
自我をもつとは本当に、
なんと素晴らしいことなのでしょうか。
その輝ける喜びがわたしたち「人間」なのです。
私たちは宇宙の奇蹟であり、
希望であり、
そして世界の絆です。
けれどもそれがただ生かされている、
ただ生きているという事であれば、
あまりにも勿体ない自我の使い方であると、
私は残念に思うのです。
私たちは何故、
この世界や私たち自身の存在にさえも
疑問を抱くことが出来たのでしょうか。
おそらくそこには、
私達が理解しなければならない
何かの必然性がある為だと思います。
その疑問は、
真実を探求する人間の声として
全ての我々に宿ります。
もっと自我を持つことを喜びたい、
今ここに生きているという現実を実感したい、
それが生きることへの確信だと私は考えます。
そしてそのことを我々は学び、
もっと理解していく事ができるはずだと、
私は「次元理論」を用意しました。
今を生きる「わたしたち」のために、
過去のわたし達が勝ち取った真実を。
未来の「今を生きるわたしたち」のために
「わたしたち」が今為すべきことを。
いつの時代の「わたしたち」も
満たされない虚空を心に抱き、
そこから生まれる希望を保ち、
その共有によって
共に成長する「わたしたち」です。
個が全である自我世界。
全も個として同じ自我世界にあることを
わたし達は共に理解できるでしょう。
全てはこの大宇宙や自然といった
我々の世界が
自我の教師として、
私たち人間に教えてくれる知識です。
お互いが(宇宙とわたしが)存在することを
共に喜ぶために自我世界はあります。
どうか皆さまにおかれましても、
もし次元理論によって例えわずかでも、
この宇宙の希望と奇蹟とを感じていただけましたら、
私にはこれに勝る喜びはありません。
もともと私には、この世界にある全てのものは、
必ずどこかでつながっているのだという
確信がありました。
そしてこの社会でおきる全ての現実には、
必ず自我、つまり他人の中の自分も
関係しているのだと強く感じていたのです。
人間自身の愚かさに
日々降り積もる激しい自己嫌悪の中で、
それでも生きていたい、希望がほしい、
全ての自分が幸せに生きられる道がほしいと、
あがく内に出来上がったものが「次元理論」です。
私は最後のガリレオとして
世界に刃向かって戦う覚悟があります。
弾劾、無視、無理解を相手にしても
人間としての誇りは
常に私を支えてくれています。
そういう生き方を
私に教えてくれる同じ「私」が
いつも私の側にはいてくれたのです。
私は「わたしたち」の戦いと願いを
決して無駄にはしません。
人間はたとえ一人でも
繋がって生きていける自我世界なのです。
人間は誰かと一緒だと安心することが出来ます。
けれども「自分だけはちがう」として、
一人で歩きだす力も持っています。
次元理論を理解して頂ければ、
さまよう自分を奮い立たせることも、
崩れそうになる自分を支えつづけることも
より容易となり、
次の挑戦へと向かうための力が
生まれてくるはずです。
わたしたちの一人ひとりが、
世界を広げるための使命を与えられた
全ての存在の希望です。
そんなちっぽけな事に全身全霊を傾けながら、
時にはこの大宇宙に自分自身の自我をゆだねて、
我々の本当の故郷へと想いを馳せながら、
来るべき未来を一緒に夢見たいものですね。
時間も場所もこえて
我々の自我世界は「つながる」ものでした。
ですから我々は、我々の望む者と
いつでも語りあうことが出来ます。
すでに我々が、いつでもそうしているように。
(今も私は「あなた」と会話しています。)
あらゆる宇宙や地球、全ての人々とも、
自分自身の自我世界がどこかで繋がっていると感じられることは、
個である自我にとっては実に心強い確信ですね。
人間の弱さはそのままで
人間の強さです。
どれほど多くの価値観を共有する事が出来るのか、
どれほど深く結びつく事が出来るのか、
それが人間の強さだと私は考えます。
そしてその事が、
私達が自我世界で「生きる証」なのです。
次元理論はまだ
生まれたばかりの子供と同じです。
今後は多くの方々との出会いを体験し、
何かをいただいたり、
また何かをお分けしたりしながら、
正しく成長していってくれることを願わずにはいられません。
自我世界はつながるものでした。
ですからいつかどこかで、
私たちは必ず出会うことでしょう。
その時には「あなた」が「わたし」であり、
「わたし」が「あなた」であったりしても、
全く不思議ではありません。
その時の「わたし」は、
次元理論から始まる人生を歩んでいけてたら
きっと幸せだろうなと思います。
疑問を希望へと変えて、
そこから始まる出発点。
わたしの終着点から始まる
あなたの新しい旅立ち。
ですからきっと、
私たちは一緒に成長していけるはず、ですよね。
過去の「わたしたち」に感謝と敬愛を。
未来の「わたしたち」に希望と願いを。
そして今の「わたしたち」には本当の自由を。
人とのつながり、
世界とのつながり、
それを知ることは私たち自我世界にとっての
数少ない安らぎです。
もしもこの一文が正しいものであれば、
世界と人とのつながりを私たち人間が蓄えるということは、
この世界を私たちの安らぎの場所へと
変えていくことになるでしょう。
本当は、ここに今居ることが幸せなのです。
次元理論を考えはじめたころ、
私にあったものとは
ただこの宇宙にたいする「好奇心」だけでした。
宇宙が何故生まれたのか、
それを純粋に知りたかったのです。
最初はビックバンを信じ、
そこに疑問が生まれ、
実体から始まる宇宙の形にたどり着く。
無への理解が人間理解へとつながるということも、
次元理論が私に教えてくれました。
少し奇妙な話になりますが
この次元理論の旅において、
私は一人の画家として、
そこで見てきた風景を出来るかぎり正確に
描写してきたに過ぎません。
よって私も単なる次元理論の
「最初の読者」なのです。
「わたし」が問いかける「わたし」は
いつも「わたし」でした。
ですからもし皆さまにこの本を読んでいただき、
共感し理解して頂けたとしても、
それは私の力ではなく、
皆さま自身の能力によるものです。
「わたしの視点」によって、
あらゆる次元世界をここまで共に旅して来られた、
私の大切な友人である「あなた」。
「わたし」には見ることが出来なかった世界も、
「あなた」であればそこに見つけだすことが
出来るのかもしれません。
そしてこの本も「わたし」が書いたものだということを、
どうかお忘れなきように。
もしも「あなた」が
無を理解した最初の「わたし」であったのならば、
「あなた」も同じようにこの「次元理論」を執筆したはずなのです。
努力や才能は、
それを本当に必要とする人間に与えられます。
人間は誰もが
この宇宙の中心にいる特別な存在です。
そして特別な人間など、
誰一人としてこの宇宙には存在しません。
おそらく私も「一人の宇宙として存在する」という
次元理論の示した結末には、
大変満足しております。
過去も未来もなく、
今しか存在しない世界。宇宙。わたし。
私たちは私たち自身の存在を、
この宇宙の夢や希望へと変えていけるのか、
あるいは一時の幻としてしまうのか、
自分たち自身で選択する自由があります。
つまり私たちは責任です。
けれども私たちの外がわには宇宙があり、
この宇宙はどんな時でも、
「正しい解答」を私たちに与えてくれています。
どれだけ広く遠くまで、
見渡すことが出来るのか。
私たちは求め続けなければなりません。
「彼ら」は強く優しく温かく輝きながら、
そして深遠で冷たく厳しく、
私たち人間に問いかけを続けます。
「人間は何処から来たのか、そして人間は何処へ向かうのか」
その問いかけは、
あるいはこの世界から
我々人間へとむけられたものでしょう。
「人間は何者なのか」
それは私たち自身で、選択することです。
そしてなによりありがたいことは、
彼らは悠久の時間をかけて、
私たち人間を見まもることが可能だいうことです。
私たちは着実に、少しずつただ広がっていけばいいと、
私は思います。
「わたしは世界を愛するように、
自分自身を愛します。
わたしは自分自身を愛するように
この世界を愛します。」
次元理論は「この世界を理解したい」と願う「あなた」を
「理解する」ための論文です。
もしもそれが書き手としての私の力量不足によって、
皆さまへと正確にお伝えする事できなかったとしたら、
私は「次なる新しい書き手」に
この次元理論をゆだねることを否みません。
次元理論は人類の探究の歴史であり、
自我世界の時間の一部分です。
このたび「わたし」が偶然受け取ってしまったこの「バトン」も、
本来は「あなた」にお渡しするためのものです。
「時間は決して止まらない」ということを、
これからもお互いに証明し続けましょう。
次元理論が私を幸せにしてくれたように、
どうか皆さまの人生も有意義で
豊かなものでありますように。
2016,12,31(初版)
2018,6,26(改訂版)
The third eyes こと 富史見 和輝
ありがとうございました。




