予約
そういえば高校の頃も。
休み時間に教室で,隣に座っていた祥子と美術部の渡辺とが,何か理性やら感情やら精神的なものの動きについて会話してるの聞いてて,まったく理解できなかったことを思い出した。あの時この発言で誰がこう感じたとか。この人はこうだったから傷ついたとか。本人に確かめたわけでもないのに,目に見えないし細かすぎるし,何故それが理屈でわかるのかが不思議だった。
オレには,具体性のないものはよくわからないのだ。
心の痛み・・ぐらいはわかるかな。ああいや,あれは本当に胃とか心臓とかあちこち痛くなるから具体性があるのかもしれない。
「私ね,ハルとだったら結婚してもいいなって思ってる。いつか私からプロポーズしようか?断られても傷つかないからね。うふふ。ハルの子どもができたら可愛がれるし,幸せになれる自信がある。それで結婚したあとで,もしハルに違う好きな人ができたとしたら,そっちへ行きなさいって言ってあげる。私は別に怒らないし寂しくもないし犠牲になっているわけでもない。」
「祥子の言ってること,本気で理解できないな・・。」
「うん。うふふふ。そういうと思った。やっぱりハルだ。ははは。」
「・・・。」
「あのね。ずっと昔から,私はハルのことは好きだったけど,それが恋だったことは一度もないんだよね。あしからず。だから自分がハルとつきあわなくてもハルに彼女ができてもなんとも思わないよ。あらよかった。お幸せにって思うだけ。ハルが幸せになることは私の願いでもあるもの。だって,自分が恋人にならなくても,ハルだったらずっと・・ずーっと離れてても,ずーっと音信不通になってても,わたしを忘れない。わたしを嫌いにはならない。さっきも同じこと言ったね。何故かそういう絶対の安心感があるから。・・ああなんか安っぽい言葉だから使いたくないな。『友達?』でいられる気がするから。友達?かな。なんかしっくりこないな。」
「祥子・・・寂しいのか?」
「ん?・・うん。そうだなぁ。」
祥子は今まで機嫌よくしゃべっていたのに,少し言葉が途切れた。
「ハルは妙なところで敏感だからな。理屈では分からないけど直感でわかっちゃうんだね。・・確かに寂しいと言えば寂しいよ・・。フラれたところだからね。」
「なんだ,フラれたのか。やっぱり何かあったんじゃないか。」
「なんだとは何よ。フラれるのって痛いんだよ?嫌われたくなくて失うのが怖くて,ビクビクしてたんだから。気を遣って,いろいろ努力したのにフラれたんだからね。」
「祥子がビクビクする事って,あるのか・・。」
「あたりまえでしょ。ハルとは違うんだよ・・フラれるってことはもう,その人とは一生のお別れ。二度と関われないってことなんだもの。」
「フラれるのと関われないのとは同じじゃないだろ?」
「・・だって,関わったらツライじゃない。私,好きな人のすべてが欲しいもの。会ってそばにいて何も受け取れない上に,相手からわずらわしいとか重いとか思われるなんて,地獄と一緒だよ。」
「そうか・・。」
「今日の飲み会だって気晴らしにって,ミーサが誘ってくれたのよね。」
「じゃあやっぱり友達に心配されてるんじゃないのか?」
「されてるかも。いやされてないか。ちゃんと言ってきたしね。ハルは大丈夫だからって。ありがたいよね,友達って。でも,女なんだよねぇ。私は・・不純かもしんないけど,女性よりも男性といたい思うんだよね。そしてハルは一応,男だものね。」
「なんか,やっぱりいろいろ失礼なこと言われてる気がするな・・。」
・・・理屈はよくわからないが,同じかもしれない。と思う。
オレも,祥子のことは嫌いじゃない。というかどっちかというと好きだ。おそらく一生つきあえるヤツだなと思う。しゃべることは一風変わっているけれどおもしろいし共感できる。性格も違うし同じ行動をするわけではないが,自分のことを,祥子はすべて知っているんじゃないかと思うほど,理解されている気がするし,感性が似すぎている。どこかが同じ成分でできているんだろう。
でも・・それは,祥子も言った通り,恋でも愛でもない。
ちょっと惜しいと思う。一緒に遊び歩けたらさぞ楽しかったろう。
いや,そういう下心があったためしがないから楽しかったのかもしれない。
コイツが男だったらよかったのに。
男と女だから,他人はオレらが仲良くすれば恋人同士だと思い込んでくれるに違いない。
もしかしたら・・そういう形もあるのかな・・。
たぶん,祥子にとってもそういうことなんだろう。
さっきはオレでもいいと言ったが,ベターであっても正解ではないのだろうな。
「要するに,なぐさめろってことか?」
「近いんだけどまた違うのよ,それは。まぁハルといるだけでもう目的達成してるから気にしないでいいよ。私はこうしているだけで癒されて元気になるの。」
「女子って,ときどきわけのわからないこと言うよな。」
「女子をひとくくりにしちゃダメだよ。こんなことするのは私だけ。そして私にとってもこんなことできるのは,ハルだけ。」
「ああもぅ・・・考えるのが面倒になった。」
「・・それでいいんじゃない?」
祥子は楽しそうに笑った。
祥子のわけのわからない理屈を聞いていいて,ハルはふいに変なことを思いついた。
「あー,あのさ,祥子。」
「なあに?」
「・・オレ30才まで独身だったら,祥子との結婚考えてもいいよ。」
「あら。」
自分の腕に頭の重量を預けていた祥子が,こちらを向いてぴたりとくっついてきた。
ちょっとはドキッとするんだから,エロいことをするのはやめてほしい。せっかく据え膳食わない男のクズになってやろうとしてるのに。
「そう?いいね。ホントだよ?じゃあ予約しとく。」
「30になった時,どっちかがパートナー見つけてたら,契約解除だぞ?」
「うん,わかってる。それでいいよ。」
「ははは。これはいいな。安泰だ。」
「でもねぇ・・。」
「なに?」
「ハルはきっと,30までにいい子を見つけると思うんだよな。」
「そうかぁ?」
「うん・・そういやハルね,高校の時,モテてたんだよ。知ってた?」
「知らないな。」
「ハルのこと,好きって言ってた子知ってるもの。それも複数。」
「ほんとか?教えろよ。」
「ダメだよ。それは教えない。ハルに知られたくないって本人が思ってるかもしれないでしょ?・・でも私ね,んふふ,その邪魔してたの。」
「なんだそれ。・・って祥子,高校2年3年は,佑介と付き合ってたよな。」
「そうよ。」
「どうやって邪魔すんだよ。」
「ハルのスポーツバッグに,私が手作りしたマスコットくっつけたの,覚えてない?」
「あー・・。ポンポンみたいなケムケムみたいなやつか?」
「そうそう。私のマスコット見て,ハルが彼女からもらったと思ってその子たちが悲しんでた。」
「はっははは・・・。」
「うふふふふ。」
「祥子・・性格悪いな。」
「えへへ。もちろんよ。」
悪びれることもなく祥子は笑った。
「今別れたのって,佑介か?違うよな。」
「ちがいますとも。社会人の方です。」
「へぇ。・・・祥子のほうがすぐに恋人見つけそうだな。モテそうだし。」
「そんなことないよ。・・・ねえハル。次の彼氏見つかるまで,ときどき遊ぼうよ。」
「・・・。」
「ダメ?」
「勝手な言い分だぞ。オレが祥子を好きになったらどうしてくれるんだ?」
「うーん・・・どうだろう?それはそれでいいかな。」
「いやぁ・・やっぱり,ないかな。」
「あはは。きっと,ないよ。なんかこう・・違うでしょ。」
「祥子もだろうが。」
「まあね。」
これ・・ベッドの中で,腕枕までしてする会話かなぁ・・・。
「本当に・・私とこうしてても,何も思わない?」
祥子が聞いた。
同じことを思ったのかもしれない。
「そんなこともないと思う・・。」
「じゃあね,ハルからもキスして。」
「・・・。」
ハルはそっと腕枕をはずしてから,ムクリと体を起こした。