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Spring has come  作者: Repos
15/16

カニづくし

3月。もうすぐ卒業だ。


以前に安藤たちと約束をした温泉旅行へと出かけた。

ゼミ仲間かと思ったが,ほぼ関係ないメンバーが集まっていた,あの時の飲み会に参加したメンバーと,途中から女子が合流すると聞いて乗ってきた野郎ばかりのグループだ。

いやいや,それだけが目的というわけでもない。


男ばかりの気楽な旅も楽しいものだ。

それぞれに就職先も決まり卒業も確実。

日本海側まで,3台の車に分乗してくだらないおしゃべりをしながら道中を楽しむ。


宿に着くと,浴衣に着替えて丹前を着て下駄を履いて外湯を回ることになっていた。

それがこの辺りの温泉の楽しみ方らしい。

バーコードの鑑札の入ったタグをもらったのでそれを首にぶら下げる。それがあれば外湯のどこに入ることもできる。

軽口を言いあいながら風情のある街並みを歩く。

カランカランと下駄を鳴らして歩くのも楽しいし,観光客もそこそこ訪れていて込みすぎていない程度ににぎやかだ。


先に男ばかりで楽しんでいると,途中で夜の宴会で合流するはずの女子チームと出会った。

泊まる宿は同じらしい。町歩きしているグループの中に祥子の姿はなかった。


夕食の時間には宿へ戻っていないといけないので,外湯に二つ入ったところで女子たちと時間をあわせて引き返しているときに一台のバイクがゆっくりと通りかかった。

ヤマハの白いカラーリングのスポーツタイプのバイク。洗練された感じだな。

春だといっても3月中旬だ。バイクでの旅はかなり寒いだろう。

「女の子だな。」と誰かが言った。

確かに,そのバイクのライダーの体格や運転の仕方は女性特有の雰囲気があった。

が,それだけでなく妙に既視感があった。


一緒に歩いていた女子の中の誰かが大きな声でそちらに向かって名前を呼んだ

「しょうこ!!」

バイクのライダーが停まり,こちらを向いた。


「えっ!?」

一瞬だけ,ぴくりとした。ちょっとだけだ。


女子達の何人かがそちらに向かって駆け出して行った。

「祥子,かっこいーね。」

「寒くなかった?」

という声が飛び交い,そのライダーが女子達に取り囲まれて,ヘルメットを脱ぐ様子を見守っていた。

「めちゃくちゃ寒いよー。もうガチガチ。」



安藤が自分の顔色をうかがっているのがわかった。


祥子のヤツ・・・。

アイツは,深く考えてない。

「ボロボロだね。」と言われたことを思い出した。

自分の胃の辺りを見下ろした。もう,無意識に押さえたりしてない。

一時はそうだったかもしれない。でももう,いつまでも引きずってないぞ。

オレは動じない。かな?・・いや・・とにかく何も引きずってないってことだ。


祥子がオレのことを身近に感じていることはわかってるさ。

変わらないんだからな。お互い。

だから,石を投げてるんだ。

オレの中でどんな波紋が広がるのか。


今,気を遣って顔色を見てる安藤だって,オレの内面をすべて理解しているわけじゃない。

・・そう今,オレが笑えば済むこと。ほら。苦笑いは,できた。

安藤の引きつっていた顔がゆるんだ。

こんなにも気を遣わせてたんだなオレは。

安藤よ,お前がとてもいいやつだってことは,ずっと前から知ってたよ。

「さっさといこうや。宴会場に。」

「ああ。」

キャッキャとおしゃべりな女子たちを置いて,自分たちは宿に戻った。




合同の宴会が始まった。

カニだらけだ,華やかな料理を見てまた歓声が上がる。

乾杯をしてビールとお酒も入り,おしゃべりが始まり皆でさわぐ。



祥子が隣に座ってきた。

「ハル。何黙ってんのよ。」

こっちがちっとは波立ったことを,祥子は分かって言っている。

石を投げた本人なんだからな。

何か言い返したかったが,うまい言葉が出てこなかった。

くっそぅ・・。ボキャブラリィの乏しい自分がつくづく悔しい。

「バイクの免許はいつとったんだよ。」

「2年生のおわりぐらい。2年前だよ。私はレベルアップしてるんだよ大学の4年間の間に。」

「な~にがレベルアップだ。」

「バイクを買ったのなんて1年前の春なんだよ。バイク歴あとちょっとで一年。寒かったから冬の間は乗ってなかったけど。」

「・・・。」

「私の白いバイクちゃんと見た?かっこいいでしょう。飲み会でハルと会った頃もね,バイクにさんざん乗ってた頃だったんだ。気を遣って言わなかったんだから,感謝しなさいよ。」

「なんなんだよ・・何も言わないで・・・。」

「今日こそはね,ハルに見せてやらなきゃと思って,寒いのに頑張って来たんだから。」

「・・勝手なこと言いやがって・・。」

「うふふふん。」

その笑い声がしゃくにさわったので,祥子がいつもするように,鼻の上にしわを寄せてみた。どうもスカッと,爽やかには笑えそうにないな。

祥子も真似をして嬉しそうに鼻の上にしわを寄せてから,また離れて行った。



くっそう。

負けるか。

負けるもんか。

あんなバイク・・・


いや,何に?

わからないけど。

祥子に・・じゃなくて,

過去に・・でもなくて,

ひるんでしまう自分にでもなく。


・・・もともと,弱かったんだオレは。

ガキの頃は泣き虫だった。

両親に頼り,兄に頼り,わがまま放題に好きなように生きてきた。

いつも守られていたんだ。ちっぽけなガキだった。

いや,今もそうなんだけど。


苦虫をつぶしたみたいな顔のまま,カニの身をはずし続けた。

カニを食べていると口数は少なくなるもんだ。

刺身もある。カニスキもある。カニみそもうまいんだ。

宿代は安いのに,豪華だ。なまいきな。

食うぞ。

がっついてやる。

そうだ,カニを制覇だ。



食事が終わってから,団体行動はせずに,自分は外湯めぐりの続きにでかけた。

もう,バタバタと移動するのが面倒だったから,宿から一番近所の温泉に入ってゆっくりすることにした。オレのことをまだ気にしているらしい安藤には,一番上等な笑顔をくれておいてやった。

充分楽しんでるから,オレのことは気にしなくていいんだよ。

マイペースなんだから仕方ない。

人に合わせなくちゃならないという法もないさ。


ゆったりと温まって戻ってきたら,祥子が何人かの女子たちと一緒にロビーに溜っていた。

「風邪ひくなよ。」

と祥子の頭をわしわしとした。まわりの女子が少しざわついた気がした。

何か悪いことした?

「ハルもね。」

祥子からは,髪の毛を乱されたことを怒りもせず余裕のある顔で返事を返された。

・・・なんだよ,その,おまえもがんばれ的な,上から目線な態度は。


ハルは自分の部屋に戻ったが,他の連中は女子たちと飲みなおしたりおしゃべりしたりするようだ。協調性がないのは分かっていたが,つきあう義理も感じなかった。

男同士の友情は,帰りの道すがら女子の目の届かないところで温めればいいだろうと考えて,部屋でダラダラとしていたら,そのままウトウトと寝てしまった。



夜早く寝たので朝も早く目が覚めた。

朝は内湯に入った。

風呂から出てくると,また祥子たちと会った。

この後はもう,一緒に行動する予定はないはずだ。

通りかかったときに,「気をつけて帰れよ。」と声をかけたら,

「うん。ありがと。」と,あっさりした返事が返ってきた。

それで,その場を通り過ぎようとしたすぐ後に,無事帰りついたら連絡をくれ・・と言おうとして半分振り返った。

が,声にするまでに,オレがそれを確認してどうなるんだ?とまた,考えた。

「・・・。」

自分が,安心したいだけだよな。これは自己満足なんだ。

もう,気をつけて帰れと声をかけたんだから,それで完結していい。


ハルは一人で納得して,何も言わずにその場を離れた。



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