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八木原物語  作者: 摂津 麹
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遭遇

同じ学校から進学した人はおらず、まだ友人らしい友人もいない。

気にしていたが、だがそれは杞憂だったようだ。

 桜が咲いて花が散り、葉桜が陽を浴びる。それが散り枝のみとなった後、冬の間寒さを蓄え込み気温の上昇とともに蕾が出てくる。これが育ちやがて咲くと桜の花。そうやって一年が過ぎてゆく。

 人間五十年とかつてはそう言われた。しかしそれは今も昔、科学技術の発達で経金寿命とやらは大国の間で伸びびているそうだ。数十年の生きる年月が変わっても時間の流れは長くゆったりとした悠久の時もあれば短くあっという間の長さは様々ではあるがそれはあくまで個人の感覚だ。


 五月のはじめの気温がまだ春の陽気な頃、ベンチに腰掛けて缶コーヒーを啜る一人の若い学生がいた。まだ入学したばかりの学生でくつろげる場所が見つかっていないのか、どこかそわそわした印象も見て取れる。

 横に置いたショルダーバッグには教科書やノートがパンパンに詰まっている中に、一つのAサイズの封筒がから入学者向けのオープンキャンパスで配られるパンフレットがあった。

 その若い学生、近江太一は疑問でいっぱいの頭でパンフレットを取り出すと、中を開いた。そこには学校の施設や学部学科などが書かれていた。パラパラと、めくると大学で活動しているクラブやサークルの団体が掲載され、普段の活動や実績もあった。一覧を一瞥しため息をついた。

「はぁ…」

その顔には憂いと不思議の色が半々と浮き出ていた。まるで箱の中に猫を入れ、その箱を再び開けると猫を居なかったと言いたげだ。

「やはりいなかったなぁ…」

 太一は呟いた。ベンチにもたれかかり、空を眺める。昼食を早々にすませた彼は食堂が混んできたために、後から来る学生のために席を空け、学生食堂の前にある広場のベンチにいた。周りには同じく昼食を終えた学生がベンチで本を読んだり、携帯を触っていたり、空いた場所で数人がサッカーボールを囲んでいた。

 突如ベンチの後ろからおや、っと声が上がった。太一は瞬時にしまったと顔をしかめた。独り言を聞かれていたかと思うと後ろを振り返った。

 そこには一人のやせた男性がいた。おそらく同じ学生だが学年は上だろう、なんとなく年上に感じた。小脇に抱えている教科書類がそれをものがたっている。

「何か困っているようだが、どうかしたのかね?」

 赤いチェック柄のシャツを腰まで穿いたジーンズに完璧なまでに裾を入れていた。かなり個性的な風貌に胡散臭さすら漂うこの男に太一は動揺を隠せないでいた。心の中では面倒な人に絡まれてしまったと後悔する。

「あなたは? いきなり話しかけるので心臓に悪いですよ」

「いやいや、すまない。驚かせるつもりも盗み聞きするつもりも無いのだよ。ただ、困っているようだったのでね」

「…すみません、結構です。 これは自分の問題ですので」

 太一はそう言うと自分のショルダーバックをひったくるように持ち、足早にその場を去る。入学早々変な人に絡まれ、麻雀や新興宗教、その他学生運動の様な自治体にハマり学業を疎かにする。そんな学生もこの大学には多いと入学する前に聞いていた太一は知らぬ存じぬと決め込んでいた。

「あ、おい君。 待ちたまえ…って聞いてないな」

そう言った男は広場に残された。

太一は男に対して振り返らず、ただ走り続けた。

そしてようやく止まったのは大学のはずれについてからだった。

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