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道化と騎士と鈴と


朝になって、私は目を開けた。


目が少し腫れぼったい・・・。昨日泣いて、泣いて・・・そのまま寝ちゃったしなあ。



日は結構まだ低めだけど、それでも周りは明るい。



眩しくないのは―――




「しれん・・・?」

「・・・んえ?」

寝ぼけた声が聞こえた。




どうも私は、シレンに膝枕してもらっていたようだ。

ほとんど真上に逆光で暗く見えるシレンの寝顔がある。


私はつい悲鳴のような声を上げて、思いっ切り上半身を起こした。



結果、私のおでことシレンの無防備な顔が勢いよくぶつかる。



声も無くひっくり返る私とシレン。




い、痛い。落ち着くのよ私・・・たかだかひひひ膝枕じゃない人生初の膝枕ってだけだ落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け―――・・・



「お、おはよレイ」

やっと目が覚めたのか、ぱっちりと目を開けてくらくらと頭を押さえているシレン。


いつ取ったのか、三つ編みはほどけていて、思ったよりかなり長い黒髪がぼさぼさと地面に流れ落ちている。



・・・に、似合ってる・・・



・・・じゃ、ないっ!!


「なんでシレン膝枕なんかしてるのっ!?」

「え、」

シレンがきょとんと首を傾げる。そして困ったような微笑を向けてきた。

「でも、レイ寝にくそうだったから」



・・・なんでそう、簡単に実行しちゃうんだ・・・

やっぱり天然みたいね・・・


しょうがない。


「・・・まあいいわ。あ、ありがとう」

そう言うと、シレンは嬉しそうに笑った。


うぅ、悔しいけどなんか可愛い。



――妙に悶々としたこの気持ちはどうしたらいいんだ。



うー、と呻きながら押さえていた頭を上げると、シレンは器用に自分で三つ編みをしている。


なんかぶつぶつ呟きながら編んでるけど・・・なんでだろ。




そのうち一本の長い三つ編みが完成して、深紅のリボンを結び、鈴をくくりつけ―――



ん?



「シレン、なんで鈴なんか付けてるの?」


気になって質問してみた。


シレンはえ?と首を傾げた。同時に、ちりんと軽い澄んだ音がする。





・・・い、今まで気がつかなかった・・・



シレンは鈴をいじりながら、

「これのこと?」

と聞いてきた。


うん、と私は頷く。

すると、シレンはしばらく鈴を見つめて、

「これはねー・・・魔除けっていうか、お守りっていうか」


「魔除け・・・?」

「うーん・・・なんか俺もよくわかんないんだけどね」

「わかんないの?」



ますますつけてる意味がわかんない・・・。



・・・まあ、シレンにわかんないのに私にわかるわけないか。




「じゃ、また今日も歩こうか」







今日もまた、不思議の国での1日が始まる。






+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-





「多分もうすぐに城下町に着くよ」



急な坂を登りながら、シレンが満足そうに言った。


「・・・はぁっはあっ、・・・え?」

私は息切れしながら返事した。



もともと基礎体力の違いに決定的な差があるのはわかってたけど、・・・シレンは息切れどころか汗もかいてないみたい・・・。



「この坂を登りきったら見えると思うんだけど」


シレンがそう呟いた。でもなんかさっきも同じようなこと言ってた気がする。



「あーもうっ!!早く終われこんな坂っ!!」

しんどさが極まって、私は誰に言うでもなく叫んだ。




だけど神さまはお願いを聞いてくれたらしい。




「あ、てっぺんだよ、レイ!」

「ほ、ほんと・・・?」

シレンに手を貸してもらいながらゆっくりと頂上に上がる。



登ると、そこはかなり切り立った峠のようにもなっていて、かなり遠くも見渡すことができた。

はるか下からずっと鬱蒼した森が続き、その先に・・・








「あれが女王様がお住まいの城」




途方もなく大きな城。

周りに広がる城壁、街が小さく見えるほどの大きさだ。




・・・江戸城なんか比じゃないな。

地球で一番大きい高層ビルとどっちが大きいだろう。



ぼんやり考えていると、シレンが軽く肩を叩いてきた。


「今日中には着きたいし、行こうか」

そうやって、脇のかなり急な坂道を指差す。




また、これかー・・・







+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-







私達が城壁にたどり着いたのは夕方になってだった。



峠の上からだと小さく見えた白い堅固な門は見上げると首が痛くなるくらい大きい。



シレンは門の脇にいる門番らしき・・・ひ、人?に近づき、何事か話し出した。



その人、は西洋の騎士のイメージにほんとにぴったりなんだけど・・・。

なんか、中に誰も入ってない、ような。




しげしげその鎧みたいなヒトを観察していると、シレンが話を終えて戻ってきた。


同時に鎧みたいなヒトが門を開く。




門をくぐり抜けながら、私はシレンに聞いてみた。


「ねぇ、あの門番さんて中に誰も入ってなかった気がするんだけど」

するとシレンはきょとんとした。

「“トランプ兵”には中身なんて無いよ?」


トランプ兵。


「あ、あれトランプなの?」

私の知ってるトランプはもっと薄っぺらいんだけど・・・。

「うん。あのトランプは“4番”だから結構下っ端」

「ふ、ふーん・・・。」

「トランプ兵は全員で52人いて、13人ずつ4つの隊になって、それぞれの国に忠誠を誓ってるんだ。で、“13のキング”と“12のクイーン”が隊の最高位で、“1のエース”と“11のジャック”が斬りこみ隊長みたいな役柄なんだ。あいつら13人集まるとすごい強いんだよ」

「へえ・・・。・・・でも、足りなくない?」



門を抜けると、そこはとてもにぎやかな城下町だった。

たくさんのヒトがわらわらと通り過ぎ、喧騒の声が夕焼けでオレンジに染まる街に柔らかく木霊する。




「え、何が?」


私は大きく背伸びしながら、答える。



「ジョーカー。トランプにはジョーカーが2枚あるはずでしょ?」


「・・・ああ、うん」



妙に歯切れの悪いシレン。

でも、あまり気にせず、深く聞いたりもしなかった。




目の前の景色に、私はすっかり目を奪われていたからだ。






+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-






「今日はもう疲れてるし、謁見は明日にしよう」というシレンの意見で、私たちは宿をとることにした。

私もその意見には賛成させていただいた。

あの峠はちょっと足にきた・・・。


まだ外は明るく、宿の部屋の窓から街路を見下ろすとたくさんの出店から聞こえる客寄せの声や、世間話に花を咲かせる住人達の声が途切れることなく聞こえてくる。



・・・あー、気になる。外、ちょっとうろちょろしてきたいなあ。



そんなとき。

「レイ、ちょっと用事があるから出かけてくるね」



振り向くと、シレンがドアに手をかけていた。


「え、」

「暗くなる前にはちゃんと帰ってくるから、大丈夫だよ?」

「・・・そういうことじゃなくてー・・・」



私も行きたいよー・・・


「んー、ごめんね。俺やらなきゃいけないことがあって。・・・ね?」

私の気持ちはお見通しみたいで、シレンはやんわりと、諭すように微笑んだ。



「・・・わかった」

この場はしょうがない、引き下がっとこう。



この場は、ね。



「あ、外に出ちゃ駄目。絶対、俺がいないときにここから出ないで」


げっ


「で、出ないよ!・・・でも、なんで出ちゃ駄目なの」

迷子なんてならないけどなあ。バカみたいに思われてんのかな。


と思ったら、シレンはにこっと笑って、



「レイ可愛いから、悪い奴にさらわれちゃうかもしれないでしょ?」


そんな台詞を残して、シレンは扉を閉めて去っていった。




「・・・・・・」



ぽつんと、部屋に残される私。




ぼふん、とベッドに沈み込む。







・・・うっぎゃあああああこんの天然タラシがああああ!!!




+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-







ドアを閉めると、シレンは自分の髪から鈴つきのリボンを抜き去り、ドアノブにくくりつけて、“(じゅ)”をかけた。




こうしておけば、絶対に開かない。




ここに来るまで、レイは沢山のヒトびとの目にさらされた。




少し迂闊だったかもしれない。・・・そんな風に、自分の行動を反省しながら、シレンは宿から出た。






未だ賑やかな通りを抜け薄暗く、狭い裏路地に入る。




そこで、シレンは何もない薄がりに向かって話しかけた。


「“エース”、いらっしゃいますか?」


「いるとも」



シレンが振り向くと、そこには夕焼けに照らされてなお黒く光る黒銀の鎧に身を包んだ騎士が立っていた。


豪華な金の装飾が、その騎士の高貴さを表している。



シレンは体を騎士に向け、胸に手を当てて会釈した。


「久しぶりだね、シレン。長旅ご苦労様」

やんわりと、そしてゆったりとした口調。

「いえ、これが使命ですから・・・」

頭は、上げないまま。

騎士はため息をついた。

「そんな堅くなくたっていいのに。君のことだから、使命は果たせたんだろう?」



それを聞くと、シレンはかなり複雑そうな表情で顔を上げた。

「仮にも上司に砕いてしゃべれないでしょ?・・・まあ、任務はもうすぐ完遂なんですけど」


仮にもって酷いなー、と騎士は拗ねた声を出した。

だがすぐにまじめな口調に戻る。


「・・・じゃあ、“彼女”は見つかったんだ」


シレンは一瞬答えに迷ったようだが、すぐにこくりと頷いた。

「ええ、・・・きっと、“彼女”だと思います。まだ“白兎”の確認はしてませんが」

「“彼女”は、今どこに?」

「宿を取って、休ませてます」

「目を離さないようにね。君には“猫”がいるとは言え───・・・って」


急に言葉を切り、黒い騎士はシレンをまじまじと観察する。

今更、シレンの髪が解けているのに気づいたようだ。


「・・・シレン、君あの鈴どうしたの」

「え?ーーああ、宿に結界を張るのに使ってますけど。──・・・何か?」


騎士は言葉に詰まったようだったが、・・・すぐに頭を振り、

「なんでもない。でも、せっかく女王様からいただいた魔除けの鈴なんだから、身につけてないと意味ないじゃない?」

「しょうがないじゃないですか。足りない分の魔力は補わなきゃいけないし。それに街に到着したらすぐに報告するようにおっしゃったのはあなたじゃないですか」

「・・・そうだったっけ」

とぼけたように騎士が首を傾げると、シレンは目を細めて、

「そうですよ」

と、少しむくれた声を出した。

ごめんごめん、となだめる騎士。


彼はぽん、と鈍く光るガントレットをシレンの頭に乗せ、やんわりとした口調を変えることなく言った。

「あとは“彼女”を無事に女王様のところへ送り届けるだけだね。油断はしないように。ほら、“遠足は家に帰るまで”っていうでしょ?」

「なんですかそれ。──わかってますよ」


その答えに満足したのか、騎士はうんうんと頷いた。

すっ、とシレンから離れて、距離をとる。

「じゃあ帰るとするか」

「ええ。・・・忙しい中、時間を取らせて申し訳ありませんでした」

シレンがそう言って会釈すると、騎士はころころと笑った。


「可愛い教え子のためだったら、くだらない会議なんていくらさぼったところでどうもならないよ」

「・・・・・・」


その言葉を聞いたシレンの表情が、ふっとやわらかいものになる。


困ったような微笑で、

「会議はちゃんと出てくださいよ」

と騎士に言った。

「はいはい。じゃあ、またね。










──“ジョーカー”」












騎士が消えて、一人朱色の路地に立ち尽くすシレン。







その表情は、苦悩に歪んでいた──・・・

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