女王の城
宿で一夜を明かした私たちは、朝一番に女王の城に向かって出発した。
その時、シレンと交わした言葉は無いに等しい。
なんだか、妙に・・・言葉に表しにくい違和感を感じるのだ。
昨日のあの言葉といい、行動といい・・・・・・普段のシレンにはない、何か。
その違和感を間にそのまま挟んだように、私はシレンと距離を置いていた。
シレンが怖くなった、という訳じゃない。
これはきっと──・・・・気持ち悪いんだ。
横目でシレンを見ると、なぜか足取りは軽い。髪は下ろしたまま。
この違和感は、どこからくるんだろう・・・。
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だいぶ街から離れて、人通りもまばらになってきて、城門が見えてきた。
荘厳な雰囲気。なんか近寄るだけで息が詰まりそうだ。
鉄製の大きな門と、どこまでも続く城壁。
街の周りにあったものと比べて高くはないけれど、厚くて誰も寄せ付けない空気をまとっているっていう感じ。
門前には、立派な白と赤の鎧の“トランプ兵”が静かに佇んでいた。
背がとても高く軽く見上げられるほどのそのトランプ兵は、自分の鎧と同じような色合いの鞘に収まった剣をすっと抜いて、私達のほうをゆっくり見た。
剣を見てうっかり私は後ずさりしてしまいそうになったけど、シレンが私を制して、
「大丈夫だよ」と囁いた。
彼だか彼女だかわからないトランプ兵は、剣を地面に差して一言、低い声で
「何の用か?」
「女王陛下に謁見したい。“エース”に話は聞いてると思うけど」
シレンが静かな声でそう告げると、トランプ兵はゆっくりとした動きで私を見つめた。
ますます後ずさりしそうになったけど、シレンが私の左腕をがっしり掴んでいたので動けなかった。
「じゃあ、この娘が」「多分、そうなんだと思う」
「・・・お前がそういうのなら、間違いはないんだろう。そうか、この娘が・・・」
全く話の読めない私を置き去りに、2人は会話を続ける。
待って、私を置いてかないで!!
「・・・“エース”に報告は聞いている。彼女を陛下の前に通そう」
す、とトランプ兵が横に退く。シレンが頷いた。
「ありがとう。じゃ、レイ行こ・・・」
「お前は駄目だ」
私の腕を引いて歩き出そうとしたシレンの歩みを、引き抜かれた剣がさっと止める。
「え、なんで・・・」
思わず声に出して呟いた私の方を見ずシレンのほうを向いたままで、トランプ兵は険しい声で言った。
「貴女は心配せずともよい。門をくぐり、陛下に謁見なさるように。だが、シレン・・・お前を通すわけにはいかない」
「そんな・・・なんで・・・」
訳が解らない。
この中に、1人で行けって言うの?!
「・・・わかった」
「シレ、ン」
私の腕を放し、静かに呟くシレン。
私は不安でしょうがなくて、その場から動くことができなかった。
だけど、シレンはそっと私の背中を押す。
「シレン・・・」
振り返ると、あのいつもの困ったような笑顔があった。
「大丈夫。中に入ったらちゃんとヒトがついててくれるから。俺の師匠だから、信用はできるよ」
正直信用の有無とかじゃない。
「さあ早く。陛下がお待ちです」
・・・だけど、これ以上ぐずぐずしているわけにもいかないようだ。
でも・・・・・・
「早急に願います」
トランプ兵が急かす。しょうがない。
早く行って、シレンのところへ帰ってきさえすればいいんだ。
そのときには、違和感なんて消えているはずだから・・・・・・・
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力なく城の中へと消えていったレイの後姿を認めて、トランプ兵─“10番目”はほっとした。
彼女さえ城の中に入ってしまえばいい。それだけで彼女は女王の庇護の元護られる。
そして──・・・今、彼は目の前にいる大きな問題因子にゆっくり目を向けた。
なぜか楽しそうな目で、城の門を見つめるシレン。
女王に任務を任されてここを旅立っていったとき結ばれていた髪と、鈴がなくなっている。
(陛下の嫌な予感は当たっていた)
苦々しい気持ちで、“同僚”を見やる。
こうなってしまっては──・・・
「ねえ、どうして俺は入れないんだろう?」
ぽつり、シレンが洩らす。
・・・答えるべきか?
一瞬迷った末、“10番目”は静かに応える。
「陛下の意向だ。・・・シレン、お前鈴はどうしたんだ」
「鈴?──ああ、あれか」
くすくすと哂うシレン。
「・・・何がおかしいんだ」
「ああ、ごめん。“エース”と同じこと聞くんだね」
・・・・・・“エース”は何を考えているんだ。
上司に対する苛立ちを感じながら、“10番目”はため息をつきそうになる自分を抑えた。
「陛下が下さったものなのに何考えてるんだ。なくしたのか?」
そういうと、シレンは笑みを顔に貼り付けたままで首を横にふるふると振った。
「捨てたんだ。邪魔だから」
「・・・なんだと?」
「邪魔だよ。あんなものは。・・・取れてくれてせいせいした」
さっきと打って変わって、吐き捨てるようなその口調に“10番目”は神経を尖らせた。
やはり、こいつは“シレン”ではない。
少なくとも、自分の知っているシレンでは、ない。
「・・・陛下のおっしゃった通りになった」
剣の柄を握りなおして、“10番目”は重々しく呟いた。
切っ先を、シレンの目の前に突き出す。──それでも、シレンはせせら笑っているだけだったが。
「お前を、女王陛下の命により排除する」
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とんでもなく重そうに見えた門は、まるで普通の扉のように軽々と開いた。
隙間に体をねじ込むと、冷たい香りが鼻をついた。
城の玄関はただただ広く、輝くシャンデリアと染みひとつない真っ赤なカーペット、そしてどこまでも広がる大理石の床が城の豪華さを強調している。
誰もいないのがすごく変な感じだ。
あたりを見回しても、シレンの言った“信用できるヒト”の姿はどこにもない。
「えー・・・・ど、どこにいるんだろ・・・」
すでに不安だ。
誰もいない。それこそメイドだとか執事だとかいそうな雰囲気なのに、この広い城にはそういうのが全然、ない。
というより、人気がないというか、そんな感じ。
だけどそれじゃあここから動けない。よくあるRPGの主人公のように、とにかく自分だけで動き回って片っ端から扉を調べていく度胸は私にはない。
・・・いやいや、どうしよう。
早くしなきゃ駄目なのに・・・
気持ちだけ焦って、私は動けなかった。
うううう、シレンのば「遅れてすみませんお嬢さん」
!!!!!!!!!
私は思いっきり飛び上がると、前方に逃げようとした。
だけどそれは叶うことなく、肩を掴まれて引き戻されてしまう。
「どうして逃げるんですー?」
むちゃくちゃのんきな声が聞こえる。その低さから言って男のヒトなんだろう。
ど、どどどどどこから出てきたのこのヒト・・・
なんとか首を捻って背後のその人物を確認する。
ん?
そのヒトはこれまでに何回か見た“トランプ兵”によく似ていた。ただし、鎧は艶のある黒に、綺麗な細かい金の装飾が施されていて、微妙にだけど他の“トランプ兵”とは鎧のフォルムが違っている。
“兵士”というよりか、“騎士”といった方が正しいかもしれない。
そのヒトは人懐っこそうに首を傾げて、もし顔があったら無邪気な表情をしていそうな仕草で私を見下ろした。
・・・なんか誰かに似てる。誰だろ。
「あ、ごめんなさい。びっくりしちゃいました?」
「そ、そりゃびっくりしますよ・・・!」
だからどっから出てきたのこのヒト・・・
さっき影形もなかったのに。
「やだな、そんな疑わしそうな顔をしないで?私はちゃんと案内人ですよ」
ちゃんと案内人、っていうフレーズはよく解んないんだけど・・・まあ、いいか。
「えと、あなたが、シレンの師匠ていうヒトなんですか・・・?」
そう尋ねると、騎士さんはなんだか嬉しそうに答えた。
「ふふ、あの子が私のことを“師匠”って呼んだのかい?・・・懐かしいなあ、何年ぶりだろう」
いやいや懐かしげにされても私には解らない。
この世界のヒト達はつくづく私を話から置き去りにするのが好きみたいだ。
・・・でも、このヒトがシレンの言った“ついてくれるヒト”っていうことは間違いなさそうだ。
うん、そうに違いない。
「あの、私はどうしたら・・・」
「ん?・・・・ああそっか。君を陛下の前にお連れしなきゃ駄目なんだ。最近忘れっぽくて駄目だなあ」
あはは、と困ったように笑う。
やっぱり誰かに似てるような・・・。
「さてお嬢様、私めにエスコートさせていただけますか?」
いつのまにか騎士さんは私の目の前に来ていた。
手を差し出している。
・・・・・・。
変なヒト。
「は、い」
私は、その手をとった──