第1話 どう見てもクリーチャーじゃん
作者の妄想詰め込み作品です。
異世界転移とか転生とかじゃなくて、たまにはこういうのもいいかなって感じです。
「今日の業務はこれで終わりだっけ?」
目の前の山のように積まれたクリーチャーの死骸を見て、相棒に聞いた。
「そうだな、フラノでのクリーチャー間引き12トンだから、これぐらいだろう」
慣れた手つきでタブレット端末を操作する。2メートルを超えた大男が小さな端末をいじくる様子はいつ見てもなかなか面白いものがある。
「ユウリ、暇だったらクリーチャーの内訳頼む」
「おっとっと…… そうだったな、悪い悪い」
クリーチャーの山から崩れ落ちてきた死骸を踏まないように注意しながら、一体ずつ種類を分けていく。
こっちは梟、それは狐、あそこに巨大化したザリガニ……。というように、いちいち分けなければいけないのがこの種の仕事の面倒なところだ。
とはいえ、クリーチャーごとにキログラム単位の値段が違うから仕方ないのだが。
「そうだイヴァン、狼とか熊とか来たら面倒だから、警戒怠らんといてな」
「わかった」
200年前の大異変から動物が、それも一部の人間も含めて、徐々に生態が変化してきているとはいえ、比較的クリーチャー細胞が活性化しにくい寒冷地でこのようにクリーチャーの間引きをしなきゃいけないのは珍しいことだ。
数年前から寒冷地でクリーチャーの大規模な活性化が始まってきた。
初めはロシア――といっても問題を起こすのは大体ロシアなのだが――で起こった核実験基地の爆発事故だった。その影響で、わずかな量だったが放射線が世界各地に拡がり、北海道でも影響を受けている。
他国のミスのせいで、世界先導国である日本が迷惑こうむっている。おかげで仕事の合間の楽しみすらない。
「折角北海道までやってきたのに、観光もせずに三日間戦い漬けってのはどうなんだよ……」
北海道と言えば、豊かな自然に育まれた作物や広大な土地で育った牛や豚、それに海の幸、特にカニとか、おいしいものがたくさんあるのに、仕事が終われば買い物すらできずに事務所に帰る…… 社会って理不尽すぎる!
「カニ! カニが食べたい!」
「ユウリ、大声出すな」
「だって何時間もかけてわざわざ北海道の業務消化に来てるんだぞ!? それなのにこんなことって!」
「いいから仕分けを進めろ。そうすれば多少は時間ができるかもしれないだろう」
くそったれめ。そもそも三日で終わるって言って飛行機の予約を取ったのは自分のくせに、最終日になって焦って午前中ずっと狩りしてるのは誰のせいだと思ってやがる。
「まあ、何事も無ければもう20分で終わるし、この辺りは確か魔物は出ないんだよな?」
「北海道ではクリーチャーしか観測されていないはずだったが」
「そっか……」
魔物が出ると討伐すれば討伐手当、逃げ帰っただけでも一応危険手当は出るんだが、はっきり言ってどの魔物だろうが割に合わない。その辺の動物が放射線の影響で突然変異を起こしたクリーチャーと比べて、もともと異常な存在の魔物は生物の常識を超えている奴らが多い。
三つ首の大蛇で、しかも首を切り落としても生えてくるやつとかな。お茶の間には放送できないよな。
そうこうしているうちに、クリーチャーの仕分けが終わった。自慢にはなるが、解体に関しては大学で基礎解体学の教授状を持っている。それも東京修身大学、所謂東大で。
「よし、後はこいつらを荷車に乗せて、業者に引き渡せばいいか」
「相変わらず目を見張るほどの手際だな。俺には到底真似ができん」
「ま、冒険者で企業持ち、しかも専門の教授だからな私は。有象無象に真似されるような技術じゃない」
「その言い方だとまるで俺がその辺の有象無象のようだが」
「だってお前、近年稀に見る不器用じゃん。昭和時代の高倉ケンと同レベルだろ」
「それは否定しない」
下手に体が大きすぎるものだから、物を持たせるとなんだって小さく見える。タブレット端末なんてへし折った回数は十じゃきかないだろう。だから今イヴァンが持っているのは特注の耐衝撃素材を用いた、通常の1.6倍サイズの型だ。
「お前がうまく解体できるようになれば私の仕事も楽になるんだけどな」
「練習はしている。あと一か月もすれば並みの腕にはなる」
「あーはいはい」
それ先月も言ってたぞ……、と無難に返して、荷車に手をかけた時、異変に気付いた。
「あれ、向こう側の木、なんか変じゃね?」
川の向こう岸の木々が、不自然に切り倒されていた。
この拠点についた三日前には、そんなことはなかったはず。周りを見回してみるが、その木以外には何も変化はなかった。
「なあイヴァン、あんな風に断面を綺麗に木を切れる奴ってこの辺にいる?」
「いや、いないだろう。いたとしても熊くらいなものだが、それにしたって何本も切れはしまい」
こりゃあ危険手当が出るかもな、と思い、自前の武器を喚び出す。
「仕掛けは無いと分かっていても、不思議だな、その槍は」
「神話生物とかにちょっと頭をぐちゅぐちゅされるだけで、すぐできるようになるぜ? 人間やめることになるけどな」
あの忌々しい出来事も、今ではこんな笑い話にできる。それぐらいには精神も鍛えられてきた。
「……!! ユウリ、いるぞ!!」
何かに気付いたのか、イヴァンは懐から銃を取り出し、数発の弾丸を放った。弾丸は見事命中したようで、特製の火薬が爆発し、奥からは煙が立ち込めてきている。
すると木々の奥から大きな影が見えてきた。悲鳴のような鳴き声を上げながら、暴れているようだった。残念ながら鳴き声では正体はわからなかった。
「さすが。銃の腕前はピカイチだな。……ところで、何でわかったんだ?」
「恐らく目であろう部分からの光の反射と、葉が風に吹かれているのと違う動きをしていた」
「へえ……」
この部分の機微は、腐っても元少年兵だ。脳筋な冒険者とは違って、頭を使って行動する軍人のそれは、非常に頼もしい。
「見えてきたぞ」
「ほうほう、あれだけの仕事ができる魔物ってのはいったい……」
木の年輪が遠くからでもはっきりと見えるほどの斬撃を繰り出す魔物というものに、実はわくわくしていた。バトルジャンキーというわけではないが、たまに命を賭けた戦いをするのも、悪くはない。
「って何だあれ、カマキリか?」
煙が晴れて見えてきたのは軽く3メートルは越すであろうカマキリだった。いかにも鋭そうな刃を両腕にこさえ、まだ弾丸を受けたところが痛いのか、足を落ち着かない様子でじたばたと動かしている。
「カマキリ型の魔物か…… 鎌が厄介だが、案外すぐに終わりそうだな」
「え? あれ魔物じゃないだろ、どう見てもクリーチャーじゃん」
「何を言っている。こんな寒いところでカマキリがいるか?」
「ああなるほど! そりゃそうだ、そうだよな!」
自分の無知さをさらけ出してしまった。恥ずかしさを隠すために、いつもより多少声を大きくして返事をした。
(でも、なんかそうじゃないっていうか、違和感があるんだよなぁ……)
見たところあのカマキリはぎょろぎょろとあたりを見回している。銃弾を受けたせいか、体には赤い血が飛び散っていた。大きさも相まって、なかなかに不気味なものだった。
そういった見た目の不気味さではなく、なんとなくだが、あのカマキリに忌避感を抱いた。すぐに退治できるとは思うが、何とも言えない気持ち悪さを感じた。
しかし、その違和感の正体には、後に気がつくこととなった。
「ギギィーーーーーッッ!!!」
カマキリはこちらが銃撃した存在だと悟ったのか、羽をばたつかせてこちらへ飛び掛かってきた。
「うわっ! カマキリって顔キモいんだな!!」
降り下ろしてきた腕を、槍の柄で受け止める。昆虫風情とは言っても魔物。いや魔物だから昆虫とは違うのかもしれないが、それでもやはり力が強い。
「こんなところで転身するのはエネルギーの無駄だし、チッ!」
槍を支えつつ相手の左脚側に滑り込み、思いっきり腹部を蹴り上げ、後退する。
態勢が崩れたところを逃さず、イヴァンが胴体に二発撃ち込んだ。緑色の血飛沫をまき散らし、もだえ苦しんでいる。
「ギギッ……」
「いやあ、あいつの腕力半端じゃねーなぁ! 結構腕が痺れ「ユウリ」……はい?」
「あいつの血は緑色だが……」
「身体についているあの赤い血はなんだ?」
(……ッ!!!)
やっと違和感の正体に気が付いた。あいつについていたのは赤い血だったが、あいつ自身の血は緑。ということは、あれは他の生き物の血だろう。恐らくは動物を捕食した時の返り血か何かだろうが、その対象については、万一のこともあり得る。
(まさかとは思うが)
「イヴァン、もしかしてあれって」
「ああ。だが、それは最悪の場合だ。こんな山に観光で入ってくるようなバカはいないだろうが、一応後で遭難者表をチェックするぞ」
クリーチャー狩りの時には常に悪い状況のことを想定しておく。イヴァンの言っていることは至極正しく、クリーチャーが出没する地域に丸腰でやってくるような人間がいるはずもないというのもごく当たり前のことだ。
それでも私は不安を感じずにはいられなかった。第六感か何かが訴えかけているような気がしているのだ。
「ギギィッ!!」
考え事をしているうちに、カマキリがこちらに向かってきていた。
互いの距離はおよそ2メートルほどだった。こんなに接近を許しては、流石に避けきるのは難しいだろう。
(避けるのは無理、なら受け流すか!?)
「 блин(くそったれ)!」
「ギッ……」
鎌が私の首をあわや切断するかというところで、イヴァンがとどめを決めてくれた。
頭を貫通したらしく、首から上がなくなっていた。体液がどくどくと溢れてきている様子はまるで売れないホラー映画の演出のようだった。
「ユウリ、よそ見や考え事はするな」
「まあまあ、こいつも倒せたし、結果オーライじゃん?」
いつもこうしてピンチの時には助けてもらってばかりでいる。付き合いが長いとはいえ、ここまでお互いの息が合うのは、イヴァン以外にはいないだろう。
「ま、ありがとな。相棒」
「どういたしまして。相棒」
話を作るのが下手なのは目をつぶってほしいです。