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とある作家の短編集  作者: 毎日居留守
19/27

宿屋


 宿屋というのは、良くも悪くも様々な人が来る。うちの宿は安いので特にだ。


 一番多いのは行脚の商人、まだ年若く夢がある彼らはよくウチを利用してくれる。もちろんお金がないと理由が大きい。幼かった頃は彼らによく旅の話をせがんだものだ。彼らの見てきた土地の風景、特産物、そこの人々の特徴などは、幼心を刺激するには充分すぎる物だった。まあ、物腰が柔らかい人が多かったのもよく話しかけていた理由の1つだろう。


 商人というのは腹の中に一物を抱えているとはよく聞くが、流石に世話になっている宿泊先で、しかもそこの子ども相手に馬鹿をやらかす人はいなかった。



 次に多いのは傭兵たちだ。粗暴が悪いで有名な彼らだが、傭兵団のほとんどはキッチリと縦社会が出来ているため頭さえ押さえることが出来るなら余計な騒ぎを起こすことはない。そしてこの宿の主人たるお父さんは(なぜか知らないが無駄に)腕っぷしが強かったため面倒ごとを起こす傭兵団とは話し合い(物理)をして和解をしていき、とうとうウチの宿で騒ぎを起こす人は(ごく一部を除いて)いなくなった。


 また、意外なことだが傭兵たちはウチのお母さん目当てで泊まるのも多いらしい。ウチのお母さんは子どもからの贔屓目で見てもそこまで美人とは思えない。せいぜい、平均よりは少し可愛いかなと思うぐらいのレベルである。しかし、とある人曰く。



「あの人はたまらねぇ色気があるんだよ。それになによりいい女だ、中身がな。まったく、お前の父ちゃんより先に見つけておけばよかったと後悔しまくりだ。今からでも遅くないから俺の方になびいてくれねぇかなー…ったあ!!」


「てめえ!人の子どもに何てこと話してやがるこの馬鹿が!」


「っせえな!つうか酒瓶で殴るなよ死ぬだろうが!!」


「このぐらいで死ぬタマじゃねーだろうが!つーか死ね!!」


「んだとこの野郎!!」



 と、言うことらしい。


 …でもさっきの話をしてくれた人って女の人なんだよなー…。



 人の出入りが激しいのが宿屋だが、常連と呼べるような人もいたりする。その一人がシャイターン爺である。この人は物心ついた時からすでに宿の常連だった。どうやら両親と昔からの知り合いらしい。


 仕事は後継者に譲り、のんびり隠居生活を楽しんでいるとのこと。三ヵ月に一回ぐらいの頻度でウチを利用してくれている。元は何の仕事をしていたのかはわからないが、魔法が使えるのでそれなりに高位な仕事についていた可能性もある。


 …ウチの親はそんな人とどこで知り合ったのだろうか?そう考えると二人のことがますます分からなくなってきた。



 他にも訳アリのお客さんも来たりするが、そんな中でも変わり種だったのは自称「勇者様」だろうか。



 宿の台帳に堂々と『勇者参上!!』と書き殴った黒髪の彼は「家宅捜索は勇者の義務である!」などと意味不明なことを叫びながら宿中のありとあらゆる部屋を荒らし始めたのである。もちろん他のお客さんが泊まっている部屋や、家族のプライベートエリアも。


 しかもこの自称勇者様、質が悪いことに強かったのだ。屈強な傭兵たちを赤子の手をひねるように次々倒していった。さらにその時間がたまたま街の会合に被ってしまい、我が宿屋の最終兵器のお父さんは外出中。自称勇者様を止める存在が居なかったのだ。


もうダメかと思ったその時、救ってくれたのはシャイターン爺だった。いつも通りに泊まりに来たシャイターン爺は宿屋の惨状を見た瞬間に、魔法を使って自称勇者様を拘束してくれたのだ。そしてその後に話し合い(これまた物理だった)が行われ、知らせを聞いて飛んできたお父さんが駆けつける頃には、真っ白に燃え尽きた自称勇者様と生き生きとしたシャイターン爺がいた。


 あの話し合い(物理)をしていたシャイターン爺の笑顔は本当に怖かった。まるで伝説の魔王が降臨したかと思うほどだった。



 このように宿屋にはたくさんのいろいろな人が来る。私はこの宿屋に来る人たちを観察するのが好きだ。それぞれにそれぞれの物語があって、それぞれの道を力強く歩いていっている。そんな一人一人の物語を聞かせてもらえるこの宿屋が大好きだ。


 しかし、何事にも例外という物が存在することを、私は最近学んだ。


 扉のベルが鳴る、新しいお客さんが来たと振り返ろうとした私に甘ったるい声が降りかかる。



「また来たよマイハニーよ!!」


「お帰りは回れ右をしてすぐですよ?」


「ああ、相変わらず冷たい!だがそれすらも私の恋心を燃え上がらせる燃料にしかならないのだよ!」



 扉に居たのはハニーブロンドの髪をなびかせた貴族の男の子である。とあることにきっかけに私に言い寄ってきたのである。しかし、貴族が平民の私に言い寄って来るなんて、どうせちょっとした火遊びのつもりなのだろう。というかそれしかありえないので私は完全に無視している。



「あ、ヴィオッチじゃん。ヤッホー、また口説きに来たの?」


「お久しぶりですお義母さん。その通りですよ、今日こそは良い返事をもらおうと思い参上しました。」


「うんうん、やっぱり若いっていいねー。でもシーラってば性格の方はあいつに似ちゃったからねー、長期戦は覚悟しときなよー。私の時も三年かかったんだから。マジありえないと思わない?」


「なんと!?今はこんなに仲がいいのに三年もかかったのですか!?」


「うん、しかも付き合うまでだかんね?」



 お父さんがこの場にいないのをいいことに、お母さんは当時のことを話し始める。なんというか、ご愁傷様である。


 そしてこの会話から分かる通り、お母さんは完全にあちら側である。お父さんも私が頷けば嫁に出す用意と覚悟があるらしい。そう、このお貴族様は既に両親という砦を騙しきっているのだ。実に強敵である。



「ということでマイハニーシータよ!」


「誰がマイハニーですか!」


「付き合うことを前提に婚約してくれ!!」


「だ・か・ら!お貴族様の火遊びにはつき合わないって言ってるじゃないですか!後、そのセリフなんかおかしい!」



 ああ、シャイターン爺が来てくれないかな…シャイターン爺だけはいつでも私の味方なのに。






そんなこんなで、私の大好きな宿屋の日常は続いていく。


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